閑話~ドロテア事件2~
「竜を?ディルゴよ。殴られ過ぎて、記憶が錯乱してるわけではあるまいな?」
アルゴの反応は至極真っ当だ。
帝国に翼竜を操る部隊があるのは、知っているがそれは苛烈な訓練を潜り抜けた精鋭が集う舞台として有名で。まして、子供が竜を連れることなどありえない。
そもそもがプライドの高い種であるので、人間と行動する竜など聞いたことが無かった。
せいぜい、傷ついた竜を剥製にして飾る貴族がいるくらいだ。
「俺も信じられなかったが、本当だ。あまり、あいつらは有名になりたいって感じじゃなかったがな。まあ、信じる信じないより、今はドロテアだ」
「むう……」
「確かにその通りだ。アルゴ、ディルゴ。街に戻りましょう」
納得していないアルゴを置き去りにして、勇んでカルディナが立ち上がる。ディルゴもそれに続こうとしたので、急いでアルゴが止めた。
「待て、お前の話は信じたい。しかし、街では暴れた証拠として血のついた剣がある。お前が無罪を証明出来なければ、そのまま咎人だぞ」
言葉を聞き、カルディナが立ち止まる。
普段の彼女であれば、考えられない行動だった。
それだけ彼女は混乱している。それもアルゴは承知して止めたのだが、当のディルゴは気にせずに言った。
「だからなんだ。俺は騎士としての隊長の元へ行き、ドロテアの闇を暴く。信じられないなら斬ればいい。お誂えむきに、今の俺はリコにやられて斬りやすくなってるからな」
その目には強い光があった。
「それは、ウィーグが聞いたら喜ぶな」
「あれは別だ。ぶち殺す」
アルゴが、重い腰を上げる。
何らかの違和感があれば、彼は即対応出来るようにしていたが、あまりにもいつも通りだったディルゴに毒を抜かれた。もはや、疑う気持ちもなくなっていた。
「俺の馬は狭くて乗れんぞ。カルディナのに乗せて貰え」
「え!?私か!?」
「嫌なら歩くぞ?」
「待て、嫌じゃない!ああ、くそ!」
カルディナが赤い顔になるのをアルゴは笑った。
知らぬはディルゴのみだ。
すぐに馬に跨がり、三人はドロテアへ向かった。
道すがらで互いの情報を擦り合わせる。
ディルゴの話が本当なら、軍にも賊が入り込んでいることになるのだ。緊張は否応なしに高まった。そして、街に辿り着くと騎士が一人、待ち受けていた。
「なんでいんだよ…………」
すぐに唸ったのはディルゴだ。
「黙れ、尻尾つき。騎士団の恥去らしめ」
端正な顔立ちを厳しい表情で歪め、吐き捨てるように言ったのは騎士、ウィーグ・ジェルマンだった。
アルゴとカルディナの緊張が高まる。
二人の睨み合いは、今に始まったことではない。
出会ったその日に、殺し合いに近い喧嘩をして以来、延々といがみ合いを続けているのだ。
隙をついて殺そうとしあったことも一度や二度ではない。
今回の件に至っては、ウィーグにとって吉報であったはずだ。だからこそ、冤罪であればアルゴもカルディナも全力で止めるつもりでいた。
「ウィーグ、待て、事情を聞け」
「聞くとも、街に入り、ゆっくりな」
「待ちなさい、ウィーグ。勘違いをせずに、中立の立場で聞く用意はありますか!?」
「中立も何も、悪はわかりきっている」
聞く耳を持つ様子のないウィーグの発言に、二人は警戒を強める。
そんな中で、ディルゴは淡々と馬から降りてウィーグの前に進んでいった。
「ディルゴ……!」
「大丈夫だ。こんなんに殺されねぇしな」
ディルゴはカルディナに手を振って答える。
「犬ごときが、粋がるなよ」
「ああ?小猿が、キャンキャンと犬の真似か?」
額が擦りあう距離で睨み合う。
アルゴが間に入ろうと動く。
すると意外なことに、ウィーグもディルゴもすんなりと退いた。
「今日はてめぇの言い分も一理ある……。話ならする、隊長も同席させろ」
「身の程を弁えろ……と、言いたいところだが。事情が事情だ。今回は見逃してやろう」
その様子を見て、アルゴがようやく事情を察することが出来た。
「ウィーグ、何かあったな?」
「何かあった。と言えば、そうだな。この街の賊を炙り出したが、トドメが欲しいといったところだ」
「まじかよ?」
「本当ですか、ウィーグ!?」
「そうだ。まったく、罪を擦り付けるなら上手にやってもらいたい。リコの花に、王国とのやりとりを記した書状。市民の目撃情報も抑えきれていない。ザルだ、残念だがな」
憂いを含んだ顔で頭を抱える姿は、堂に入ったものだ。端々の毒もそうだが、騎士団の仲間に向けているとは思えない話し方だ。
しかし、彼らに気にした様子はない。
「まあ、俺に喧嘩売った理由は中でゆっくり聞こうかね」
「ふん、まあ、隊長にしっかり絞られろ」
「まずは、説教かぁ」
「受け入れてくださいディルゴ。私も心配したのですよ」
カルディナがディルゴの隣に並ぶ。
「俺よか、お前は姉ちゃんの心配しとけ」
「……姉の話は、やめませんか?」
目に見えて落ち込み始めたカルディナの頭を、ディルゴは撫でてやる。どことなく嬉しそうにするカルディナ。
その会話を怨めしそうに聞いているウィーグに二人は気がつかない。
知らぬは二人ばかりだ。
ディルゴ達が街に入る。
そこで思い出したようにウィーグが言った。
「そういえば、街中で貴様と暴れまわった白い少女がいたらしいな。何者だ?」
「さあ?俺が世話になったのは男だ。連れに黒い髪の嬢ちゃんならいたがな」
そうか。と、それ以降、ウィーグは興味を失ったようだった。
ディルゴも、止められなかった少年の影を振り返り、これからの忙しさに頭を切り替える。
メッセージには、気づいただろうか?
切り替えきれずに、溢れた感情に蓋をしながら。
騎士は悪を討つために歩を進める。




