今夜は魔法のお勉強
宿屋の料金は三人で一泊オルニア銀貨2枚。
安くて、サービスも良いと門番の人に勧められた場所だ。食事もついていて、野菜のスープに黒いパンがついていた。
味付けは塩のみだったようだが、実に美味しかった。パンも歯応えがあり、スープにもあっていた。
こんな食事を毎日したいものだ。
しかし、明後日にはこの街を出る。
話し合いの結果、そういう結論にいたった。
冒険者ギルドで揉めたことで、はやくティラーニへ向かいたいとの気持ちがあった。
明日は馬を含めての買い出しだ。
「その前に勉強」
クロさんが小さな黒板とチョークを取り出して、床に追いた。勉強という言葉に身構える。ニナさんは嬉しそうだ。計算はまだ、僕が教えているが吸収が半端ではない。
次に教えることをまとめておかないと、質問でパンクしそうになる。
教師としては優秀でありがたいやら、大変やらで複雑な状況だ。
とりあえず、今日はクロさんが教える番なので僕も従う。
「二人とも文字が書けるようになってきたから,今日から魔法について教える」
この言葉に僕のテンションが上がった。
待ちに待った魔法の勉強である。
ニナさんの気持ちがよくわかった。
「まず、魔力について。これにはオドとマナがある。自身に眠る魔力をオド。自然にあるものをマナ。私達、魔法使いはオドを起因として、マナに呼び掛け、そして魔法として具現する。稀に例外があるけど、まずはこの二つを覚えて」
漫画やゲームに出てきそうな単語だ。
「そして、すべての人間は体の中で魔力を循環させている。それが魔力回路。これに魔力を通して増強、拡張する。それにより肉体の強化、魔法発動の簡略化に繋がる。逆にそれが失われたり、乱れたりすると体に変調をきたす」
なるほど、クロさんがあの時、動けなくなった理由が少しわかった。
しかし、体内器官の強化がなぜ魔法の発動に関わるのだろう?
「薪を燃やすイメージをして欲しい。火をつけるとき、種火が大きければ、火はつきやすいでしょう?小さすぎれば、火はつかない。種火が大きすぎれば、薪どころか、森や自分自身さえも焼いてしまう。魔力が乱れていれば、その危険も高まる。自身がコントロール出来ない力は身を滅ぼす」
その説明に僕は納得する。
過去にライターで火をつけようとしたとき、ガスのメモリが最大になっていてびっくりした経験がある。感覚としては、それに近いのかも知れない。
「肉体の強化も水の詰まった袋と、空の袋をイメージすればいい。膨らんでいたとして、どちらが破れやすいか。そして、その袋も強度によって入る量が変わる。数が多ければそれだけ水も入れられる。それが、増強であり拡張」
なるほど、クロさんは教師として優秀なのかもしれない。
僕は理解できたが、ニナさんはどうだろうと見てみれば真剣な表情で話を聞いている。
この人はやはり、勉強が好きらしい。
クロさんの話に気持ちを切り替えた。
「そして、燃やす薪を選ぶ作業が詠唱や魔方陣。これで、どんな魔法を使うのかが決まる。そして、魔法使いはそれを『門を開く』と呼ぶ」
僕が砲弾虫をぶん殴った時、這いずりながらクロさんが聞いてきた言葉にそんなのがあったな。
「では、実際に使ってみよう」
「え、こんな場所でですか?」
「なにも火炎を出すわけじゃない。指先に火を灯すだけ」
ニナさんの目がキラキラと輝いている。
彼女も魔法を使うのは初めてのようだ。
「じゃあ、ニナから、私に続いて詠唱して。人差し指をたてて、そこに先に火がつくようにイメージをすること」
「はーい」
「赤の門、開け。種火」
ニナさんが言われた通りに復唱すると、人差し指の先に小さな火が灯った。
「にゃー!すごーい!」
だが、それもすぐに消えてしまう。
少しニナさんが悲しそうな顔をしたが、それでも嬉しそうだ。
「次、シロだけど。…………あなたはちゃんと加減しなさい」
「え?」
「あなたの魔力回路と魔力量だと火柱でも立てかねないから」
やめといたほうがいいんじゃないだろうか。
しかし、好奇心には抗えない。
僕は人差し指を立てて、イメージをする。
ライターの火がつくような、簡単なイメージ。
「赤の門、開け。種火」
指先が暖かくなるような感覚。
だが、しかし。
「あれ?」
僕の指先からは、何も出てくることはなかった。




