クロさんの見せ場
クロさんの不快指数を上げたくないので、出来るだけ穏便に事を進めたい。
しかし、ニナさんは困った様子で頬をかいているし、クロさんは下を向いている。
僕はどうすればよいのかわからず、とりあえず応対だけする。
「すいません、急いでるので失礼します」
「お嬢ちゃん、俺達は心配してるんだよ。お前らみたいなのは、奴隷商に売られても不思議じゃないんだ。俺達といれば安心だぜ」
どうしたって、あんたらといるほうが安心出来ない。なんと言えば、納得してもらえるのか。
そう考えると、男の一人がニナさんに手を伸ばした。
「ほら、あんたも顔出せ」
男はずっとニナさんが被っていたフードに手を掛ける。ニナさんが抵抗する間もなく、それがとれた。
「あ?なんだよ、尻尾つきか」
ニナさんの猫耳をみて、男がいった。
その言葉を聞いた瞬間に、猛烈な寒気がする。
轟音。
男達の目の前。
僕らとの間の地面が抉れた。
「え?が、ひあ!!」
良くみるとニナさんに手を伸ばしていた男の手の先から血が出ていた。指は落ちていないようなので、皮でも切れたのだろう。
男二人には何が起きたのかわからないようだが、僕の目には見えていた。
クロさんの髪が集まり、まるで刃のように地面を裂いたのだ。その証拠に彼女の髪の先に土がついている。
混乱する男達にクロさんがいう。
「どけ、殺すぞ」
「ひぃ!」
青い顔で男達が去っていく。
やり返す気力もなくなるほど、クロさんは殺気に満ちていたので仕方がない。
それにしても、なんともみっともない光景だ。
僕は凄くかっこよかったクロさんの髪先を持って、土を払ってあげた。
「………あれも見えたの?」
「はい、かっこよかったです」
「…………イライラしてただけ」
今度はフードをかぶり直したニナさんがクロさんの頭を撫でた。
「ありがとねー。クロちゃんは優しい子」
本当に、優しい笑顔でニナさんはクロさんの頭を撫で続けた。流石のクロさんも顔が真っ赤だ。
これはとんでもなく可愛い。
この世界にカメラはないのか。
そう思いながら、思い出す。
この国は獣人に対する差別があると。
おそらく『尻尾つき』とは獣人に対する差別用語なのだろう。ウィーグさんとの会話で彼女が不機嫌になった理由もわかった。
クロさんはきっと、この言葉が嫌いなのだ。
なによりもニナさんの前でそれを言われるのが。
なんだかんだ言って、凄くこの人は優しい。
「さっさと、素材を売りにいくよ」
顔が赤いままクロさんが歩き出す。
僕たちもそれに続いた。