騎士さんと揉める
騎士団はこちらに向かってきている。
馬車を止め、行き当たらないように道から外す。
見つからないようにするには距離が近すぎた。
悪いことをしているわけではないが、なんとなくかかわるのも嫌な予感がした。
大名行列のように頭を下げる必要があるのかと思ったのだが、別に必要がないと言われたので、そのまま立ちながら騎士団を見送ることにする。
銀色の甲冑に身を包んだ集団は、やはり圧巻だ。
目の前を通る姿に溜め息が出た。
隊列は乱れず、歩く音すらも乱れてはいない。
凄いものをみた。そんな感覚が肌を抜けていく。
目の前を集団のほとんどが通りすぎ、感動の余韻にひたっていたのだが、ゆっくりと隊列から離れた騎士が二人。こちらに向かってきた。
「馬上から失礼する。君たちはどこから来た?」
馬、にしては目の数が多いように見える6足の生物の上から、長い薄茶色の髪を伸ばした男性が声をかけてきた。
どうやら、これがこの世界の馬のようだ。
力強そうだ。早く欲しい。
「竜の湖の近く、マハの村から参りました」
答えたのはクロさんだった。
普段の淡々とした口調ではなく、しっかりした敬語だったので、一瞬誰かと思った。この言葉使いの彼女は美少女感が増したように見える。普段からこうならいいのに。
しかし、騎士さんはそんなことよりも気になることがあるようだった。
「…………マハだと?聞いたことがないな」
「竜の湖から森を挟み、サリーに守られた小さな村でした。しかし、最近になり魔物に襲われ残ったのは我々だけです」
「なんと、砲弾虫か?」
「左様です。私達は運良く冒険者の方に助けられましたが、他のものは…………」
言葉を区切り、僅かに目元には光るものが見える。なんだ、凄く役者してるぞ。
普段の彼女を知らなければ、僕はすっかりと信じただろう。
「そうか、すまなかったな。して、君を助けた冒険者だが。男女二人組に。…………尻尾つきをいれた三人組ではなかったか?」
「いえ」
なぜか、一瞬。クロさんがイラッとしたような。鈍器で殴られる時の感覚がした。
「そうか。しかし、この馬車。馬がいないようだが、どうやってここまで進めてきた?」
「冒険者の御一人が魔法使いでいらっしゃいまして、このように魔方陣を書いてくださいました。こちらの小さな子供でも魔力を通せば、ひいていくことが可能です。押してみますか?」
いつのまにか馬車の荷台にデカデカと魔方陣が書かれていた。なるほど、軽いわけだ。
しかし、騎士さんは納得いかない様子で食いついてくる。
「そうか、荷物も多いようだ。いったん改めても良いかもしれん。冒険者とやらの気前も良いようだしな」
何を探っているのか、騎士さんは馬から降りる勢いだ。クロさんは敬う態度を見せてはいるが、鈍器でも探しているのか、手が腰あたりをフラフラとしている。
騎士の頭は僕よりも頑丈だろうか。
ひやひやとしていると今まで静かだった、もうひとりが声をかけた。
「ウィーグ、もういいだろう。隊列に戻るぞ」
「アルゴ、私は憂いを払おうとしているんだ」
大柄な鎧のうえからでもわかる筋肉に包まれた騎士は、アルゴというらしい。
しかし、ウィーグと呼ばれた騎士さんはまだ食いついてきた。それに被せるようにアルゴさんは続けた。
「子供達を憂うのはいいが、隊長達のもとに向かわねばならんのだろう?お前が始めた行軍だ。しっかり仕切らんか」
「そうだが、アルゴ。私は―」
「すまなかったな、お嬢さん達。色々、細かい男でな、悪気はない。許して欲しい。では、我々は先を急ぐゆえ、失礼する」
「おい、アルゴ!引っ張っるな」
そういって、強引にアルゴさんがウィーグさんを連れていった。
後ろ姿が小さくなっていく。
緊迫していた空気が緩む。
まだウィーグさんがアルゴさんに何かをいってるのが聞こえてきたが、こちらへ来るつもりはないようだ。
思わず溜め息をついて、後ろを振り返るとクロさんが爪を噛んで地面を何度も蹴っていた。
まだ後ろ姿が見えているのでやめて欲しい。
そういえば、ずっとニナさんが静かだったが大丈夫だろうか?
ニナさんをみるとフード付きの長いマントを着込んでいた。
「いやー、毛嫌いウィーグとか。最悪ですにゃー」
「え、有名人ですか?」
「あの人きらーい」
ニナさんはわざとらしいくらい嫌そうなリアクションだ。クロさんの機嫌が悪くなったのもそれが原因かも知れない。
もうこの話はやめておこう。
「しかし、いつのまに魔方陣なんて書いてくれたんですか?楽だなとは思ってたんですけど」
クロさんの気遣いに感謝した。
「こんなもん、ハッタリ。使うわけないでしょうが」
なにそれ、怖い。
騎士が降りてこなかったことを神に感謝した。
「さっさと行くよ」
「にゃー」
女子二人を刺激しないように馬車を進めた。