赤兎
なぜ、彼女がいるのか。
待っているようにいったはずなのに。
クロさんが虫へと向かっていく。
その光景はあまりにも無謀だ。虫が声に反応する様子はない。だが、その先にはニナさんがいる
。
その光景の中で、彼女が手をかざし叫んだ。
「赤の門!疾駆、追走、噛み千切れ!赤兎!」
炎が生まれる。それは兎の形をとって、虫へと走った。膨張していた虫の尾へと噛み付く。
その瞬間、虫はさらに膨張し、炎とともに爆散した。
爆風が周囲を包む。砂塵と瓦礫が舞う。肌がチリチリと痛んだ。
「クロさん!」
その中でようやく僕の身体が動く。
クロさんのもとへと向かう。
爆風で吹き飛ばされたようで、仰向けになって倒れていた。見た様子では大きな傷は無さそうだ。
「う、あんた、こんな中で、よく動けるね…………」
意識もあった。無事で何よりだ。
しかし、彼女の体は動かない。どこかダルそうな印象だ。
「無理して魔法使ったから、魔力回路が潰れたみたい…………。最悪………、体が動かない…………」
やはりあれは魔法だったようだ。
「大丈夫なんですか?」
「しばらくすれば、治る。けど、今は無理、動かない…………。それより、ニナは?」
「今は見えないです。孤児院に行ってみましょう」
指一本動かせないといった様子のクロさんを抱える。彼女は一瞬、驚いたようだったが体のダルさが勝ったようで何もいわない。
彼女の体は軽い。羽なんかより、ずっとだ。
問題なく走れる。
瓦礫に注意しながら、孤児院跡に向かった。
「ニナさん、いますか?」
「はにゃ?シロちゃん?」
瓦礫の下から声がする。
にゃって言ったな、この人。
クロさんをおろして、瓦礫をどかす。
軽いもので助かる。
地下室への階段が見えるとニナさんが顔を出した。爆発とともに避難したようだ。虫には気がついていなかったように見えたが、野生の勘が働いたのか、うまく逃げられたようだ。
「にゃんにゃのー?これー?」
「ニナ、砲弾虫がきたの。何があったのか知らない?」
「わかんにゃいよー。部屋に戻ろうとしたら、孤児院が崩れて。逃げ込んだら、でられなくにゃったのー。抜けるの大変だったのー」
だから、あんなタイミングで外に出てきたのか。
とにかく、無事で何よりだ。
「ひとまず、花畑にいきましょう。そこに行けば、いったん安全」
クロさんの言葉に、二人で頷いた。
そして、何かを忘れている。
そんなことに気がつく。
ひどく楽観的に考えすぎていたのかも知れない。
また、寒気がする。
砂埃の中に、巨大な影が見える。
そうだ。
あれは、一匹じゃなかったのだ。