恐怖と膨らむ
線と丸で書いたような簡単なつくりをしたなにかがいた。小さな足が何本か見える。どうやって動いてるんだ。
しかも、どこから現れたのか、とにかくデカイ。
建物くらいはあるように見える。
なぜ、気がつかなかった。
あちらは食事中らしく、こちらに気がついていない。トンボの食事に似ている。あれも結構グロいのだが、デカイのの食事はあまり見ないようにする。自分と似た形のものが食材になっているのは、エグ過ぎる光景だ。
ゆっくりと距離をとる。見つからないように。まだ、倒れていない建物の影に隠れて移動する。あんなものと戦うだなんて、この世界の人間は頭がおかしいんじゃないだろうか。
そこでまた寒気がする。
地面に何かがいる気がする。
この先に進んではいけないような感覚。
だが、僕が進むより先にそれは来た。
前世界にダイオウグソクムシとかいう虫がいた。
それを少しへらべったくしたようなものが、地面を這っていた。ただ、サイズがえげつない。先程の線と丸くらいの長さにみえる。
考える間もなく、丸い眼に僕の姿が映る。
その瞬間に、虫が膨張する。一瞬で風船が膨らんだようだ。
先程まで平たいワラジのようだったものが、線と丸で書いたような身体に変わり、凄まじい速度で僕へと向かってきた。
「―ひっ!?」
避けようとして、避けられたのは偶然か。
全力で横に飛ぶと、虫が建物を薙ぎ倒した。
目の端に入った虫は少し縮んだように見える。
ガスでも噴出して、速度を出しているんだろうか。いや、答えはどうでもいい。逃げなくては。
サリー。
花の名前が浮かぶ。
魔物が嫌うという花。
その花がある花畑に向かえば、あれも追ってこないかも知れない。
だが、逃げられるのか?
足が動かない。さっきはあんなに速く走れたのに。太ももを叩いて、気合いを入れる。
顔をあげ、脚に力を込める。
だが、その先に見覚えのある耳が見えた。
孤児院の方向。地下室があった、僕らの寝床。
そこから、誰かが這い出してきたのだ。
この体は目が良すぎる。
見つけてしまった、ニナさんだ。
虫が体をよじっている。
ニナさんは、今の状況を理解していないのかも知れない。でなければ、外に出たりしないだろう。
もう一度、地下室に戻ってくれれば。
その願いも虚しく、虫はニナさんのほうを向いた。また、身体が膨張していく。
声をかけるか?
だが、音に反応されたら、こちらに来るかも知れない。
「ニナ!」
迷う僕よりも先に、誰かの声がした。
黒髪の少女の姿が見えた。