黒髪のお願い
さて、夜というのはこんなにも深く闇に呑まれるものだったか。
明かりに火を使うのはオッサン達に制限されているそうで、僕もすぐに眠りについていた。
オッサン達は火から魔道具まで使って酒盛りをしてるのに不公平だと思っている。
さて、今日もニナさんに計算を教えて、固い床の上で横になったのは覚えてる。
いつも以上に寝づらいので目を覚ましたら、身体に黒いのが巻き付いていた。きつめに。なにこれ、怖い。
この体は夜目がきく。
見てみれば、これは髪の毛だ。
とすれば犯人は一人しか思い付かない。
「…………クロさん、これはいったい?」
「驚かないね」
驚いてるよ。馬鹿じゃねえのか。
僕の表情をどう捉えたのか知らないが、話が進まなそうなので反応を待った。
僕の横に座っていたクロさんは、いつものように前髪のカーテンを明けながら話を始めた。
「悪いけど、魔力を少し貰う。もう私のは空っぽ寸前だから」
「わけるのはいいですけど、どういうことです?なんで髪に巻かれてるんでしょうか?」
「魔法の触媒になる黒髪は魔力が通りやすいの。魔力を分けて貰うにはこうするしかない。魔力が無くなったら動けなくなるし、それは困るの」
「なるほど。ですが、なぜ魔力がなくなりそうなんです?魔法とかいつのまに使ってたんですか?」
「あなたは薬を飲んでないの?私は薬を飲まされていて、それは人の魔力回路の出力を滅茶苦茶にするの。一月はぐちゃぐちゃにされて、まともに魔法なんて使えない。おまけに身体に魔力が貯まりにくくなるから魔法使いじゃなくても身体が動かなくなる」
そういえば森で飲まされた苦い薬があった。
あれがそうだったのかも知れない。
だとすると僕の魔力回路とやらも滅茶苦茶のはずなのだが、大丈夫なのだろうか。
「しかし、あなたなんて綺麗な魔力回路してるの。子供でこんなに整ってるなんてありえない。魔力庫も、なんて大きさ。あなた、人間?」
大丈夫のようだ。
飲んだのは別な薬なんだろう。
あと人間です。たぶん。よく知らないけど。
クロさんが、ぶつぶつと呟いてから息を吐いた。
「助かった、おかげで満タン。」
少しとか言っていたはずだが、満タンまで吸ったらしい。特に身体に影響が無さそうなのでいいけれど。
髪の毛がゆっくりとほどけていく。
手を使っていないのに自然とだ。
おそらく、これが魔法なのだろう。
初めてみた魔法にしては地味な気もするが色々と応用が利くようだ。
僕が体を起こすと、クロさんの身体がよろめいた。手を背中にまわしてクロさんの身体を支える。
「大丈夫ですか?」
「…………ちょっと魔力に酔っただけよ」
そんなこともあるのか。
見ていて辛そう、熱でも出ていたら大変だ。
彼女の額に手を置く、そのために前髪のカーテンを開けたのだが。
「なに?」
どえらい美少女がいた。
まだ幼女か?とにかく、とんでもなく可愛かった。そういえば、はじめて顔をまともに見た。
なんでこんな場所にいるんだろう。
「…………もう大丈夫」
「あっ、はい」
子供に見惚れるとは、恥ずかしい。
僕の手から逃れるといつものポジションで彼女はいつものように髪にくるまった。
とりあえず、彼女の助けにはなれたようなので僕も寝るとしよう。
横になる。
「シロ」
「はい」
「ありがとう」
彼女の顔は見えない。
クロさんとも、これを気に打ち解けられれば良いなと思った。