クズ野郎とギルドと若娘
どうも、不快になる方もいるでしょう。しかしこれだけは一言。ゲスとクズは違います。
「あーだりぃ、今日は何もしたくねぇー」
ギルドにある酒場の一席でやる気なくうなだれているのはこの俺、ジンである。苗字はない。この世界で苗字があるのは貴族様だけだ。農民の子供である俺にはそんな大層なものは無い。
「おいおい、ジンさんよぉ〜朝っぱらだってぇーのに今日もしけたツラして酒場にいるだけかぁ?前に依頼受けたのはもう一週間前だろ?」
同じギルドに所属する…名前も知らない奴が俺の事を煽ってくるが知った事では無い。俺は相当追い込まれなければ仕事はしない主義だ。
「うるせぇーなぁ。やりたくねぇーモンはやりたくねぇーんだよ。さっさと仕事行けよ名もなきギルド員」
「ひっでぇーな!お前いつか友達なくすぞ!」
「無くなる友達なら最初からいらねぇーよ」
ジンがそう言うと話しかけていたギルド員は肩をすくめてギルドから出て行った。仕事の為に外に出たのだろう、偉いこってぇと思いながらテーブルに顔を埋める。
まだ飯を抜いて3日しかたってない。明日、いや明後日くらいにならないと依頼を受ける気が起きないだろう思いながらいつものと同じように仕事に出るギルド員達を尻目に俺は指定席で惰眠をむさぼる。
「はぁ、俺はクズだなぁ」
ギルドにいる全員がまた始まったよという顔をする。
ジンの口癖であり、このギルドに所属してるギルド員でこの言葉を知らないものはいない。ひどい時には1日に何十回とこの言葉を口にするのだ。
知らない奴はここのギルド員では無いとギルドマスターが言うくらいである。最早ここ、ギルド『孤高の戦士』で彼を知らないものはいない。
このギルドで彼はこう呼ばれている
『最強のクズ野郎』と
ジンの目が覚めたのは太陽が西に傾き赤く染まる頃だった。ギルドに隣接する酒場の一番隅にあるテーブルが彼の指定席だ。例え席が空いていてもここに座るギルド員はいない。
「ふぁーーよく寝たなぁ。今何時だ?」
気の抜けた声を出しながら目を擦り、周りを見渡すと仕事終わりのむさ苦しいおっさん達がエールを煽りながらどんちゃん騒ぎをしていた。
「こりゃあ起きるわけだよ。うるさすぎだ。毎度のことだがよぉ」
ジンが忌々しそうにそう呟くと近くに座っている名もなきギルド員が声をかける
「おっ!お目覚めかいジンさんよぉ〜。全くこんな時間まで寝てるたぁいいご身分じゃねぇーか!」
「はいはい、何時もと一言一句同じセリフをかましてくれるなぁ名もなきギルド員Aよ。」
適当にいつもの相槌を打ちながら席を立つ。ジン席を立った瞬間周りにいたギルド員達が一斉にして静まり返る。
いつもの事なので無視しつつ朝の時より幾分か気分が上がってきたのでギルドの入り口付近にある依頼板へ向かう。
その道中(とは言ってもたかだか20メートルも無いが)の間、ギルド内はざわりとする。よく聞くとおいおいまさかとか、嘘だろとか言ってるのが聞こえてくる。
これも毎度のことなので無視。そして依頼板の前に止まり適当に依頼書を引っぺがした途端、ギルド内が騒然とする。そして一人のギルド員が大声で宣言するのである。
「クズ野郎が仕事をするぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うるせぇー!!毎度の毎度同じ事言いやがって!クズが仕事しちゃいけねーのかよ!腹減ったんだよ俺は!」
ここまでテンプレである。
ギルド『孤高の戦士』では最早伝統行事でありここのギルド員の間ではこの儀式の事をこう呼んでいる。
「週一回!クズ野郎を送り出す会だぁぁぁぁぁぁ!!!野郎ども!うるさくしてこいつをギルドから追いだせよぉぉぉ!!じゃねぇーとこいつを仕事しねぇからなぁ!」
「ヒャッハァー!!宴じゃ宴じゃ!!騒ぎまくれぇ!!」
「おい!この騒ぎに乗じて麗しの受付嬢のカレンさんに猛アタックだ!」
「おいおい辞めとけ!どうせ振られるのがオチだぞ!お前みたいなブ男はよ!」
「ブッ!アッハッハッハ!ちげぇねぇ!」
毎回こんな感じだ。俺が仕事をしようとするたびにこれだ。たまったもんじゃ無い。もう慣れたが初めてやられた時はこのギルドを潰そうかと本気で考えたほどだ。
寄ってたかって俺をダシにして騒ぎやがって!仕事したくなくなるだろうが!酒飲んで俺も騒ぎたくなるわ!
「はぁ、まぁ良いや。カレン、コレ頼む。」
いつもの事だと割り切ってこの街一番と言われる麗しき受付嬢、カレンに依頼書を渡す。ウェーブがかった金髪に碧眼、整った顔立ちを持つ完璧美女のカレン嬢は本当は貴族なのではと疑いたくなる。
その内貴族様からお声がかかるのではと、街では言われているが、そんな時が来たらここのギルド員はきっと血眼になってそいつを殺しにかかるだろう。
「はい。えーっとBランク依頼シルバーハウンドウルフ10頭の討伐ですね!場所は漆黒の森ですが今から依頼をしに行きますか?」
完璧な対応、そして眩しい笑顔。なんでこんなギルドにいるのか本当に謎だ。ギルドマスターに弱みでも握られているのでは無いかと心配になる。
「ああ、今から行く。帰りは多分明日の朝方かな。それまでに戻らなかったら多分なんかあったって事だからギルドマスターに助けに来るように言っといて。」
「はい、わかりました!お気を付けて行ってらっしゃいませ!」
カレン嬢の満面の笑みが俺に向けられる。くぅー!この為に仕事するのもやぶさかでは無いと思えてしまうのがカレン嬢の罪深きところだ。
「おい!クズ野郎!ニヤニヤしてんじゃねぇー!ぶっ飛ばすぞ!」
「いやらしい目でカレンさんを見てんじゃねーぞ!ぶっ殺されてぇのかテメェ!!!」
「いくらBランク冒険者だからって調子こいてんじゃねーぞ!!クズはクズらしくクズクズしてろ!」
「キヒ、キヒヒ!こ、殺す!」
「おい!誰だこんなところにサイコ野郎入れたの!とっとと追いだせ!」
「がぁーー!うるせぇ、うるせぇ!依頼しに行くんだから黙って見送れよクズ共!っとあぶねぇ!誰だグラス投げてきたやつ!あぁもう!行くよ!いけば良いんだろ!畜生!」
罵倒を浴び、グラスを投げられながら追い出されるようにギルドを後にする。いつもこうである。ギルドの奴らは嫌いでは無いが絶対好きにはなれないだろう。そう一生好きになれない。絶対。
そんな事を思いながらも依頼をしなければ食っていけないのでギルドを背に赤色に染まる町並みを進む。
依頼場所である漆黒の森へはここから5ブロック先にある東門を抜け、ベルク街道という街道をしばらく進むと漆黒の森だ。
途中に幾つか村があるが用が無いのでよりはしない。本当なら歩いて7時間かかる道のりだが、この世界は剣と魔法と少しばかりの奇跡が存在する世界。
魔力操作による身体強化を使えば3時間程で到着する。街道を休憩なしに一気に駆け抜け、予定通りの3時間程で漆黒の森に着く。
「あぁー久しぶりに動くと疲れるなぁ。腹も減るし。あっ、魔力もねぇーじゃん!飯食ってないとやっぱダメか。どうしようかなぁこれ?」
ジンがクズだと言われる由縁。それは仕事をしないからでは無い。ジンは考えて行動するという事をしない。やらなければならない事はギリギリまでやら無い。ましてや命が危うくならなければ自ら進んで行動しようとも思わない。考える事を放棄しているのだ。
それは動物に等しい。やりたい事をやり、やりたく無い事はやらない。故にクズ野郎なのである。
ジンをクズ野郎たらしめているのはそれだけでは無い。本来ならこんなクズ野郎が冒険者をして生き残れるはずが無い。計画性もなく魔力を使い魔力切れになっているような男が何故《Bランク冒険者》までのぼりつめているのか。
それは何を血迷ったか神はこのクズに剣の才能を授けたためである。ジンは誰に教わった訳でもなく、自分で鍛錬を積んできた訳でも無いのに剣の腕だけは一流なのである。
他はからっきしではあるが剣術だけは達人の域に達していると言っても過言では無い。そんな才能がこのクズをランクの高いクズたらしめているのである。
「あぁ、面倒いわ。取り敢えずちゃっちゃと依頼終わらして帰るか。」
クズは森を行く。空には無数の星々がみえ、その1つ1つがこのジンを嘲笑うかのように煌々と輝く空の下シルバーハウンドウルフを探す。
探すと言ってもただ森の中を歩き回るだけだ。このクズに技術も知識も無い。あっても忘れているのがこのクズだ。
ただただ森を進み、獲物がジンを襲うのを待つ。それがジンの魔物を狩る唯一の方法だった。
その為よく依頼対象では無い魔物が襲ってくるが、
「っとこいつはシルバーハウンドじゃねーな。お呼びじゃねーよ。はいお休み!」
片っ端から切り捨てていく。首を一太刀で切り落とし、他に傷は一切つけずに魔物を狩る。そして狩った魔物はジンが背負っているマジックバックと呼ばれる魔法アイテムが自動で回収していくのだ。
これがクズの魔物の狩り方だ。余りに異次元すぎて同業者はジンが依頼をしているときは近づかない。
そんなクズ野郎式狩りを続けて5時間ほどたった時だったろうか。魔物を切り捨てた数が3桁を超えた頃、いつもの狩りには無い、いやいつものクズには無い事が起きた。
「ーーーけて!」
微かに声が聞こえたのである。それも助けを呼ぶような声が聞こえた…ような気がした。
「助けて!誰か助けて!!」
それははっきりと聞こえた。明らかに助けを求める声。それはクズにもはっきりと聞こえる程で近くで。しかしこのクズは正真正銘のクズだった。
「気のせいか。いや気のせいだ。気のせいだという事にしよう。」
今ここにキングオブクズが誕生した。
神がいるのならば真っ先にこのクズを世界から抹消するべきだろう。このクズはあろう事か助けを求める声を気づかなかった事にしやがったのだ。
「さぁ、狩りの続きをするか。」
何の悪びれもなくクズ式狩りをつづけようとするジンであったが、
「声!助けて!誰かいるんでしょう!助けて!」
これは何の因果か、運命か。それとも神の悪戯だろうか。いや、ただ単に偶然。クズの気まぐれとでも言おうか、ジンが思考停止人間であるが故の奇跡。
ジンの声を頼りにその助けを求めていた娘は、茂みから飛び出し、ジンの胸に飛び込んできたのである。
「おいおい、勘弁してくれよ。俺は騎士でもなければ勇者や白馬の王子でも無いんだぞ。厄介ごとは……」
娘はジンが言葉を紡ぐのを遮り、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をジンに向け、
「た、助けてください!お願いします!助けて!」
それがクズととある娘が初めて出会った瞬間であった。ここからジンの人生は大きく変わる。今まで何もせず生きてきた彼はその流れに飲まれていく。
これはありふれた冒険者が世界をどう生きたかを描いた物語である。
明日、あげたいです。そう、書くことに悩まなければ。最低でも明後日までには…