転生者、弟子を取る
――ヴァン――
「ふぅ……まぁざっとこんなもんかな?」
俺は狼の最後一体が地に倒れ、完全に倒したのを見届けると、一息つく。
一体一体は正直大したことはなかったが、やはりこれだけいると流石に骨が折れる。
総数としては20はいただろうか?
いや、もしかするとそれ以上いたかもしれない。
「でもまぁ普段の味気ないゴブリン狩りよりかはいい訓練になったから良しとしよう。
それよりも今はあの子達を村まで送り届ける方が先だろうな」
俺はそう思い、後方で俺の戦いを見ていた三人の元へと歩いて行く。
三人とも、少し呆然とした顔で俺の事を見ていた。
……なんか照れるな。
「三人とも怪我はない?」
一応先程緊急性のある怪我が無いことは確認したが、一応本人たちの口から確認しようと思い、俺はそう声をかけた。
「あ、えっと……私は大丈夫です」
「俺も特に問題ないよ」
「私も大丈夫、問題ないわ」
すると、三人とも、若干の警戒心を持っていたものの、こちらに害する気はないとわかったのか返事をしてくれる。
すると今度はノアと呼ばれていた少女が質問を返してきた。
「あの、私達を助けてくれてありがとう、助かったわ。
でも、あなたは一体何者なの?」
「何もって言われてもな……俺はただの五歳児だぞ?
紫髪のお姉ちゃん」
この世界に生まれてからって前提条件は付くがな。
まぁ俺は五歳だ。嘘は言ってない。
「……ブラックヴォルフ数十体を難なく屠るあなたがただの五歳児なわけないでしょう?
そんな五歳児がいてたまるもんですか」
「そんなこと言われても……事実いるんだからしょうがないだろ?」
「いや、でも―――」
「ノアちゃん!! その辺にしとこうよ!
それよりまずは自己紹介しなきゃでしょ?」
……この娘は……確かエリスと呼ばれていたか?
いや、正直止めてくれて助かったな。
あれ以上聞かれても多分あの娘が納得できるような説明なんてできそうになかったし……ここはこの娘の話に便乗させてもらおう。
あの魔物……ブラックヴォルフって言うのか、覚えたぞ。
「確かにそうだったね。僕の名前はヴァン。
この森の麓にある村にお母さんと二人で住んでるただの五歳児だよ」
「ヴァン君……ね?
よろしく、それで私の名前はエリス。
それでこの紫髪の娘がノア。
その隣に居る獣耳の男の子がレオ」
「レオだ。よろしくな!!」
「……ノアよ。腑に落ちないところは多いけどでも、本当に親友を助けてくれてありがとう」
「ああ、こちらこそよろしく。
助けた事なら気にしないでくれ、こちらもいい授業になったし、困ってる人を助けるのは当然だろ?
命がかかってるならなおさらだよ」
「……あなた、もしかして相当のお人好し?」
「ははは……よく言われる」
ふぅ、とりあえずこの場はエリスのおかげで何とか話しを逸らせそうだな。
いや、本当に助か……
「でさでさ!! なんでヴァンはあんなに強いんだ!?
あの魔法もすごかったし、いったいどんな修行をしたらあんな風になれるんだ!?」
―――ってはいなかったか……。
どうやら現実はそう甘くは無かったようだ。
というか、あれは魔法ではなくて魔術だし、強い理由も前世で培ったもののおかげだし、さてどうしたものか?
「どんな修行って言われてもな……。
別に毎日走りこんだり、剣を振ったり、魔力量を増やす訓練をしたりしていただけだぞ?」
「それだけであんなに強くなれるのか!?
よし、俺も早速明日から……でも毎日どのくらいやるんだ?」
「はぁ……レオ、そんなのを鵜呑みにするんじゃないの。
それだけであそこまで強くなれるんなら世の中強い人だらけよ?」
「あ、そっか……」
くっさっきから思ってたがこのノアって娘、頭がきれるな……。
迂闊なことを言えば墓穴を掘りそうだ。まずい、これはいよいよ困ったことになってきたぞ?
「でもさでもさ!!
それにしても、ヴァン君って私達と同じ村の出身だったんだね!!
びっくりだよ!」
ナイスフォローだエリス。
早速その流れに便乗させてもらうとしよう。
「そうか?
そう不思議なことでもないんじゃないかな?
この辺に村はあそこくらいしかないんだし」
「でも、私村でヴァン君の事見かけたことないよ?」
「まあ、毎日修業に明け暮れていたからな、村でそんなに見かけなくても不自然じゃないと思う」
実際、俺が村を歩いていたのだって散歩の許可が下りてから数回程度だ。
何しろ散歩に行くと言って家を出ても、その内の殆どは山に籠ってたからな。
俺を見たことがなくたって何ら不思議ではない。
それに小さいころから母さんが過保護だったせいでなかなか敷地の外にも出してもらえなかったしな……。
そのせいでこの外出権を得るのにも少し魔術を使わなきゃいけなかったわけで……。
改めて考えると母さんどんだけ過保護だったんだろうか、まぁ俺が無属性だってことも関係してるんだろうからしょうがないと言えばしょうがないのかも知れないが。
そうして俺が改めて母さんの過保護具合を再確認していると、ノアから声がかかった。
「ところでヴァン君。話が最初に戻っちゃうんだけど、あなた本当は一体普段からどんな修行をしてたの?
たぶん普通の修業ではないって言うのは想像できるのだけど」
「あ、それ、俺も聞きたいぞ!!」
ノアの理知的な眼差しと、レオのキラキラとしていて、かつ真剣な眼差しが俺へ向けられる。
まぁ普段の修業の内容くらいなら話してもそこまで問題ないか……。
「そうだな、本当に特別なことはしてないよ。
物心ついた頃から自分に出来る事、筋トレとか、走り込みとか、魔力枯渇とかを繰り返しやって行って、外を歩けるようになってからは走り込みとか戦闘訓練を森の中で行うようにしたっていうただそれだけだよ?
流石に魔力枯渇は家で危ないから家で寝る前とかにしてるけどさ」
うん、嘘は言っていない。
まぁ彼らもまさか俺が生まれた時から物心ついていたとは思わないだろうがな。
俺はそう思って満足げに三人を見ると……何故か三人は驚きと困惑の混じった表情で固まっていた。
あれ、なんで……?
そんなにおかしなこと言ったかな?
「……ヴァン君、筋トレとかの訓練を森で行ってたって言うけど……まさかここで?」
「うん、そうだよ。
"この森の中"を全力で駆け抜けて、"この森の中"で実戦経験を積んで、"この森の中"でも動きの中でいろいろなことを学習するんだ。
そうして少しずつ自分の動きの無駄を削っていくんだよ。
今日ノア達を助けられたのもそのおかげ……あっ……」
しまった、やってしまった。
自分の体がまだ五歳児だということを失念していた。
今の俺の話を総合すると、俺は外を出歩けるようになってすぐにこの森に修業しに来ていたことになる。
この森の中に入るということはすなわち、ゴブリンなどの魔物を相手にするということだ。
今の俺の外見通りの年でそんなことをしているものなど、はっきり言って異常だろう。
これではなおさら不信感を持たれてしまうかもしれない。
そう危惧した俺だったが、結論から言えばそれは不要だった。
それどころか、三人はそれなら納得と言った表情で頷いていた。
「ふむ、なるほどね……それならこの強さも少しは納得いくかな?」
「この森で……そんな小さいころから、しかも一人で……。
う~ん、ヴァンはすごいな!!」
「いや、もうヴァン君それは明らかに凄いってレベルを超えてるよ……は、あはは……」
「え、え~と、俺の事はもういいだろ?
それよりもそろそろ村に戻ったほうが良いと思うけど……」
俺は三人の反応に苦笑いを浮かべながら話の方向を転換を図る。
これ以上ぼろを出すわけにはいかないのだ。
「そうね、私もレオももう魔力も体力もほぼすっからかんだし、ここはヴァン君に護衛しながら送ってもらえる今の内に森を出るのが賢明かもしれないわね」
「そうだね、ヴァン君がいれば帰り道も安心だね!!
だってあれだけ強いんだもん!」
「うー悔しいけどヴァンは強いしな、そうしてもらおう」
あ~俺が送るのは決定事項なのか……。
まぁ、俺としてもここでこいつら見捨てていくわけにもいかないし、どっちにしろ送っていくつもりだったが……。
でもその前に、これだけは了承してもらわなきゃな。
「三人とも、俺が送っていくの構わないんだけども、一つお願いがあるんだ」
「お願い……?」
「そう、お願いだ。
これを聞いてくれるんなら三人とも俺が責任を持って村まで送ろう」
「……わかったわ、聞かせて」
「ああ、お願いって言うのは、今日見たことを誰にも話さないで欲しいってことなんだ」
これだけは約束してもらわねば困る。
もしも三人が村に戻ってから今日のことを話しでもしたら、下手をすればそれが母さんの耳に入ってしまう可能性もある。
そうなったら最後、俺は当分家からは出してもらえなくなってしまうだろう。
それだけはどうしても避けたい。
「誰にもって言うのは家族もってことなのか、ヴァン?」
「ああ、そうなる」
「ヴァン君、どうして今日の事村に戻ってから話したらダメなのかな?」
「ああ、それは――――」
俺はひとまず、母さんに黙ってここで訓練していることを伝えた。
そもそもな話、この森は一応立ち入り禁止区域なのだ。
ここに居る俺達がおかしいだけであって、本来こんなところは子供のくる場所ではないだろう。
そんなところに子供が一人で行くことを許可する母親なんているはずもない。
「なるほど、そう言うこと……つまり、あなたは森で修業していることを隠したい。
私達はここから無事に帰りたい。
ちょっとした取引ね、了解したわ」
「私も問題ないよ!
レオも問題ないよね?」
「…………う~ん」
しかし、レオはそれに答えず、俯いてうんうん唸っている。
どうやら何か考えごとをしているらしい。
あまりそういうことをする性格にはみえなかったけど……なにを考えてるんだ?
しかし、少しすると、レオはヨシッ! とでも言うかのよう元気よく体を起こすと、俺に真剣な目で向き直った。
な、何だ……?
何を言われんだ、これ?
「ヴァン、俺からも一つ頼みがあるんだ。
これから送ってもらう身のくせにおこがましいとは思うけど……聞いてくれないか?
それを聞いてくれるんなら、俺は絶対にこのことを口外しないと誓うよ」
「わかった、聞こう」
「……ヴァン、俺に修業をつけてくれないかな?」
「……え、修業を? また、どうして?」
「俺は今日、ノアとエリスを誘って森に連れて来ておきながら、二人をを守りきることができなかった……。
もしヴァンが来なければ、きっと俺達は今頃揃ってあいつらの餌になってたと思う」
……確かに、もしも俺の探索魔術に彼らが引っかからず、俺があそこに現れなければ、恐らく彼らは今頃あいつらの餌食になっていただろう。
だが、それはもしもの話だ。結果として俺は駆けつけ、三人はここで無事息をしている。
何の問題も無いとは言えないかもしれない。
だが、レオは二人を助けようと一人で必死に闘っていたのだ。
そして、彼が時間を稼いだからこそ、俺も間に合った。
結果的に彼は二人を救っているのだから、そこまで自分を責める必要は無いと俺は思うのだが、どうやらレオはそうは思っていないらしい。
「俺は……もっと強くなりたい。
もっと強くなって、今日のヴァンみたいに目の前の人を救えるようになりたいんだ。
だから、頼むっ!!」
……目の前の人を救えるようになりたい……か、俺の今の目標にそっくりだな。
まぁ俺も訓練相手が欲しかったところだ。
丁度いいかもしれない。
「……俺の修業はだいぶ厳しいぞ?
それでもいいか?」
「ああ、問題ないさ、それじゃあ改めて、これからよろしくな! ヴァン!! いや、師匠!!」
え、師匠ってなんだよ。ちょっと恥ずかしいんだが。いや、嫌ではないんだけどさ……なんかむずむずする……。
「いや、師匠はやめてくれると助かる。
……なんかむず痒い」
「そうか? じゃあヴァンの兄貴とか?」
「……もう師匠でいいや」
なんだヴァンの兄貴って、お前はどこのやの付く家業の舎弟さんだよ。
「そうか、じゃあ師匠! よろしくな」
「「ちょっと待ってよ(ちなさい)っ!!」」
……どうしたんだろう二人とも、そんなに息を合わせて。
なんかちょっと怖いんだが……。
「どうしたんだよ、二人とも、そんな血相を変えて?」
「いや、私達そっちのけで話を勝手に進めないでほしいわ。
レオがヴァン君に稽古をつけてもらうって言うなら、是非私も参加させてほしいのよ」
「私も、私もお願いしたいですっ!!」
「え、ノア達も? 何で?」
なんでこいつらは自ら地獄に飛び込みたがるんだろうか?
皆さんあれでしょ、ちょっと修行なめてるでしょ?
俺は責任持たないからな?
「何でもなにもないわよ。
今日のことで無力感を感じてるのはあなただけじゃないってこと、そうよねエリス?」
「うん、いつもいつも助けられてばっかりだったけど、今日のことで実感した。
やっぱり私もう助けられてばかりなんて嫌だよ。
これからは私も皆を助けられるようになりたい!!」
「そう言うわけで、ヴァン君。
是非私達も訓練に参加させてほしいのだけれども、だめかしら?」
……はぁ、こりゃレオの訓練を許可しちゃった手前、断れないか……しょうがない、こうなりゃまとめて面倒みるかね?
「……わかったよ。ただし、何度も言うが俺の修業は厳しいからな?
覚悟しろよ?」
「ああ、望むところだ、師匠!!」
「……よろしくお願いするわ、ヴァン君」
「う……お、お手柔らかにお願いします……ヴァン先生……」
ああ、どうしてこうなっちまったんだか、なんかレオとエリスに関しては呼び方もおかしいし……。
ま、いいや、こうなったら徹底的にやってやるとするかね?
俺は半分やけになりつつも、三人を無事、村まで送り届けるのだった。