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VSブラックヴォルフ

――ヴァン――



「――――さて、怪我は無いかな?」



 俺はそう言って今しがた助けた少女たちの安否を確認する。


 何とか大事に至る前に助けられたとは思うがもしかするとここまでの戦闘ですでに大怪我を負っている可能性もある楽観はできない。

 もしそうであるのならばもう少しだけ前線の少年に頑張ってもらった上で、そちらの治療を優先しなければならなかった。


 ……しかし、どうやらそれも二人様子を見るに杞憂に終わったらしい。

 二人ともその双眸に涙を浮かべてはいるものの、そこまで緊急性のある怪我を負っているようには見えなかった。

 せいぜい紫髪の子の魔力枯渇くらいのものであろう。

 それくらいならまずは置いておいても大丈夫。

 こちらは全線で奮闘している少年の手助けをするとしよう。

 ……もっとも、そういう俺も今は少年なのだが……。


 

「……まぁ、すぐに終わらせるからそこで待ってるといい」



 俺は突然の出来事に呆然としている二人にそう声をかけると、全線で一人奮闘している少年の手助けに向かう。

 どうやら少年は目の前の相手に手いっぱいで、後ろの二人で何が起こったかわかっていないらしい。

 俺のことにも気づいていないようだ。


 俺は少年の横を後ろから通り抜ける際、安心させるように肩に手を置いて声をかけた。


 ……肩に手をかけるのに自分の身長がまったく足りず、やむを得ず飛び上がったのは内緒である。



「――――少年、一人でよく頑張った。あとは俺に任せるといい」

「え……?」



 困惑する少年をよそに、俺は初年の横を通り過ぎて行くと、漆黒の狼どもに向き合った。



『――――グルルルゥゥゥ……』



 数は多い。

 正直何体いるのかの把握も難しい。

 あの少年はよくあの年でこれだけの狼を食い止めたものだ。

 恐らく極力一対一になるように誘導しながら戦っていたのだろうがそれにしても大したものである。


 相手は未知の敵、未だこの世界で自分が相対したことのない手合いだ。

 前世において似たようなものと戦ったことはあるがしかし、こいつらがそいつと全く同じ動きをするとは限らない。

 何せ世界が違うのだ。

 用心はするに越したことはない。


 であれば――――俺も万全の状態で立ち向かうまでのこと。

 


「―――Overclock,First-Phase」

≪―――過負荷駆動、第一段階≫



 鍵言を唱える。


 それは魔術を発動するための起動の鍵。


 魔術回路を魔力が激しく流動する。

 鍵言は唱えた。

 あとは魔術回路がその内部に記憶された術式を自動(オート)で検索し、発動してくれる。


 直後、全身に力が漲る。

 発動した魔術の名は≪過負荷駆動(オーバークロック)≫。

 脳から全体に送られる生体電気の速度を魔力を用いて強制的に加速させ、一瞬にしてそれらを全身に行き渡らせる魔術。

 その結果、肉体は頭が考えた動きを瞬時に、肉体の限界すら超えて自然と動くようになり、通常以上の反応と動きを可能にする。


 この魔術には段階があり、その中でも第一段階はこの強化を肉体が壊れないギリギリまで引き出す。

 つまり簡単に言ってしまえば安全装置のついた身体強化のようなものだ。

 無属性とされている俺にはぴったりの術であろう。

 これなら見られても後で何とでも言い訳はできる。



「――――行くぞ、駄犬」

『グオォォォッーーー!!』



 俺の挑発に応えるかのように遠吠えを発する狼ども。


 奴らは俺を包囲するように向かってくるが、関係ない。

 あの子達なら包囲されれば一巻の終わりであったろうが、俺にはその程度、脅威ですらない。


 駆ける。その速度はすでに常軌を逸しており、おそらく後ろの子供たちには俺がまるで消えてしまったかのように見えているであろう。俺は奴らの包囲など意にも介さず、ただまっすぐ、直線に走る。


 狙いは俺の眼前の一体。俺は右手に握る剣の感触を確かめると―――跳躍。

 目前にいた狼の頭上を飛び越えつつ、その体躯を上下に両断した。



『――――グオォォォーーーンッ!!』



 仲間がやられて怒ったのか他の狼どもも陣形を崩し俺のもとへと向かってくる。

 どうやらここに来てようやく俺を包囲することの無意味さを悟ったらしい。

 それにしても流石は狼、この速度で動いている俺を視界に捉えられるとは大したものだ。


 直後、俺が地面に着地すると同時、右方から狼が飛びかかって来る―――がしかし、身体はそれを認識した時にはすでに動いている。

 俺はそちらを見ることすらせずに、右手を振るって一刀の元にそいつを切り伏せた。


 

「―――だが、いくら動きが見えているからと言って、その動きに対応できるかどうかは別の話だろう?」



 今度は背後から数体の狼が襲ってくる。

 俺はそれを察知した直後、即座に反転。

 次々に飛びかかってくる狼どもを一刀一殺の勢いで切り裂いていく。


 気が付けば、あれほどいた狼達は、その数を半数ほどまで減らしていた。



『グ、グルルルゥゥゥ……』



 狼どもは自分たちの半数を事も無げに葬った俺を警戒しているのか、不用意に飛びかかってこなくなり、少し距離をとってこちらを睨みながら唸り声をあげている。

 ……どうやらようやく自覚したらしいな。



「おい、どうした駄犬ども、ようやく自分たちが狩る側から狩られる側になったことを自覚したか?」



 ここに獲物と狩人の立場は逆転した。

 ここからはこちらの一方的な狩りの時間だ。

 そのことを奴らはここにきてようやっと悟ったようだ。

 俺の容姿に騙されたな。

 でも敵の実力を測らず向かってきた時点でお前らの負け―――もう手遅れだよ。




「仕方ないな……来ないならこっちから行かせてもらうぞ?」



 俺は逃げ腰になってる狼どもに向き合うと、残り半数となった狼どもを狩るために弾丸のように奴らの元へと駆け出した。




――レオ――




「すげぇ……俺は夢でも見てるのか?」



 レオは自分の目の前で起きているものを観戦しながら、意図せずそんな声を漏らしていた。


 しかし、レオがそんなふうに声を漏らしてしまうのも無理はない。

 何しろ獣人とのハーフである自分ですら捌くのがやっとだった敵を、五歳ほどの幼子が次々とそいつらを斬り伏せているのだ。

 そりゃ自分の目を疑いたくもなるであろう。


 そう、自分はあいつらに、危うく殺されるところだったのだ。

 いや、それだけならまだいい。


 自分だけならまだいい。

 それは自分の危機管理の甘さが原因であるし、その責任は自分一人で完結している。


 問題なのは自分が危うく後ろにいる二人を守り切れず、殺されてしまうところだったこと。

 自分の提案からこうなったのだ。

 なにがあろうとせめてあの二人だけでも俺は無事に返さなければいけなかったのに……自分はそれすらも成し遂げられず、ここで果てるところだったのだ。


 だが、結果として自分は生きており、後ろの二人も無事であった。それも全て……



「あの子のおかげ……か……くそッ! 不甲斐ねぇなッ!!」



 そう、自分が生きているのも、後ろの二人が無事なのも、全ては突如乱入してきたあの子供のおかげだった。

 疾風の如く現れ、自分が後ろに通してしまったブラックヴォルフを処理した後、目の前の群れへ『後は俺に任せろ』と自分に言って、一人で突っ込んで行ったのだ。


 彼は次々と襲い掛かるブラッドヴォルフを信じられない速度で切り刻んでいる。

 ブラックヴォルフたちは一体、また一体とその姿を物言わぬ躯へと変えていた。 



「あいつ……いったい何者だよ?

 あの速さ……やっぱり魔法か?

 でも獣人の俺でも捉えきれないほどの速度で移動できる魔法ってどんな魔法だよ……。

 いや、もしそんな魔法があったとしても、あの年であそこまで使いこなせるものなのか?」



 自分が魔法を使えるようになったのは3歳の時だった。

 それでも、見込みがあるなどと周囲にはもてはやされたものだ。

 だけど、その時出来た魔法も所詮初級の、それも簡単な魔法だった。

 あそこまでの速度を出せるような魔法は8歳となった今でも使える気はしない。


 

「それにあの詠唱……短かった」



 そう、詠唱は短かった。

 それはおかしいのだ。

 あれほどの速度での移動を可能にする魔法がたったあれだけの詠唱で発動できるなど、あり得るはずがない。

 あのレベルの魔法をあの短さは自分より魔法面に優れているノアにも厳しいであろう。


 しかし、彼は事実、あのたった一言二言の詠唱だけで、自分の目からはあたかも消えたかのように見えてしまう程の速度を出している。

 今も彼は一体のブラックヴォルフの頭と胴体を泣き別れさせたかと思うとその場から消え、気がつけば自分の背後に回り込んでいたブラックヴォルフのそのさらに背後に回り込み、そいつを斬り伏せていた。


 そもそも、あの剣技からして異常なのだ。

 自分も剣をある程度使える身だからこそ分かるが、あれは覚えたての子供ががむしゃらに振っている剣ではない。

 恐らくあの一刀一刀にはそのように振るった意味が込められている。

 それほどまでに一振り一振りに無駄がない。


 そう、あれは既に完成された剣。

 もはや一つの流派と言っても過言ではなかった。



「どうやってあの子はあの年であれほどの腕を……?」



 腕力や速度はまだ魔法でなんとか説明がつく。

 しかし、あの剣術だけはそうたやすく身に着けられるものではない。

 優れた師に出会い、長年の経験と研鑽を積んでやっとたどり着ける動きの形、それがあの動きだった。



「強く、なりたいな……」



 思わずそんな言葉が口に出てしまう。

 あそこまでの強さとは言わない。

 いや、欲を言えばあそこまで強くなりたいが、今の自分にまだそこまでは無理だ。

 せめて、せめて……



「周りの人を自分の手で守れるくらい……そのくらいにはなりたい……」



 二度と、二人をこんな目に合わせなくても済むような、そんな強さが欲しい。


 レオはそうして自分の不甲斐なさを噛みしめながら、一つでも彼から動きを盗めないかと、その戦いを目に焼き付け続けた――――。



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