転生
朦朧とする意識の中、俺は目を覚ました。
ゆっくりとまぶたを上げると、まだ視界がぼんやりとしてはっきりしない。
(なんだ、確かに俺は死んだはず……なのになんで俺は目覚めているんだ?)
だんだん視界がはっきりしてきた。
すると二人の女性が視界に入る。
一人は若い女性だ。
彼女の髪は見たことないほどきれいな青いロングヘアーで、とても整った顔立ちをしている。
もう一人は初老の女性だ。
産婆のような恰好をしている彼女の髪の毛はすでに色が抜け、白髪となっていた。
二人は俺を見ながら嬉しそうに何かを話している。
(そうだ、彼女たちに聞いてみよう。
そうすればこの奇怪な状況について、何かわかるかもしれない!)
俺はそう思い、『ここはどこですか?』と聞こうと声を発した。
だが、俺の口から出たのはあうあうあーというまるで赤ん坊のような声だった。
(…………え?)
俺は赤ん坊になっていた。
俺が誕生してから一か月たった。
どうやら俺は転生というものをしたらしい。
最初は困惑していたが今ではもうだいぶ慣れた、というよりも諦めたといったほうが良いだろう。
ぶっちゃけ考えるだけ無駄だ。
何せ俺はベッドの上から動けないのだ、これではどうしようもない。
状況を確認しようにも俺は歩くことどころか立つことすらもままならないのである。
しかもざっと見まわしたところ、俺の部屋は六畳くらいの小さな木製の部屋で、特に面白いものは何もない。
強いて言えば何やらぎっしりと本がつめられた本棚と花瓶、それに机くらいのものだろう。
正直暇だ。暇すぎる。
いくら諦めているとはいえ早く成長したいものだ。
それに、ちゃんとした食事もしたい。
この年になって流石に母乳は辛い、確かにまだ俺は一歳にもなっていないかもしれないがすでに精神的には五十のおっさんなのだ。
自分の母親とは分かっていてもいろいろ辛いものがある。
なにが辛いのかはまぁ…察してくれ……。
だが、この体になってからわかったこともいくつか。
それは最初に見た青髪の女性はどうやら俺の母親らしいということだ。
どうして気づいたのかと言われれば、ふるまいや雰囲気からなんとなく察したのがまず一つ。
もう一つは……まぁ、何というか食事のせいである。
自分の子供でもないのに母乳を上げる女はなかなかいないだろう。
「―――!! ――――!」
と、そうこうしている家に母親が何を言っているかはわからないがやたらテンション高く部屋に入ってきた。そう……食事の時間だ。
正直、止めてほしいが食べる、というか飲まなければ俺は死んでしまう。
俺は覚悟を決めた。
もう俺が新たな体になってから三か月が経つ。
ここに来て新たな事実が発覚した。というかしてしまった。
恐らくだが……ここは地球ではない。
何でそんなことがわかったのかというと、いくつか理由がある。
その一つが、俺が彼女の言葉を理解できないということだ。
俺は訓練時代にどこの国に行っても最低限は話せるように叩き込まれている。
基本的に、俺が知らない言語というのは存在しないといっても過言ではないレベルだ。
だが、俺は彼女が使っている言語を俺は知らない。
最初はただ耳がまだ未熟で発達してないから聞き取れないのだろうとも思ったが違う。
あれは明らかに違う言語、俺の知らない言語をしゃべっている。
そしてもう一つ、俺の母と思われる人物が先日、魔術を使っていたということである。
彼女は花瓶の水を窓から捨てると、何やらつぶやきいた。
すると突然空中に水が出現し、彼女はそれを花瓶の中にぶち込んだのだ。
これには流石に驚いた。
魔術が普及している国など俺は知らない。
恐らく使ったのは属性元素を利用した魔術だとは思う。
しかし、わかったのはそれだけ。
発動前に何か呟いていたあれが詠唱だったのだろうが、それにしても詠唱の内容やこの世界の言語諸々がわからない以上、その全貌もつかめてこない。
本当にここはどこなのだろうか?
早く成長したいものだ。
さしあたってはまず、この世界の言語を習得しなければならないかな。
気がつけば俺が生まれてから一年が経っていた。
「は~い、ヴァン! お口あ~んしてね、はい、あ~んっ!!」
そう言いながらお母さんが離乳食のようなものを食べさせてくる。
そう、俺は遂に乳離れできたのである!!
歯が生えて来た時は喜びのあまり泣きわめいてお母さんを心配させてしまった。
味はともかくしっかりと何かを食べているということが嬉しくてたまらない。
それともう一つ、遂にこの世界の言葉が理解できるようになった。
これぞ赤子(精神おっさん)の学習能力だ!!
まぁ正直、前世の知識で理解力が高いというのと、幼いが故に呑み込みが早いというのが大きいのだが……まぁそれも俺の能力の一つだ。
とにかくこれは大きい、おかげで彼女の名前を俺は理解し、そしてこの生における俺の名前も判明した。
どうやら俺の名前はヴァンというらしい、それで今俺にご飯を食べさせてくれている俺の母親の名前はエリシアというようだ。
そして、それとは別にもう一つできるようになったことがある。
これが俺にとっては割と重要なのだが、俺は遂にしゃべれるようになったのだ。
恐らく声帯が発達して来たのだと思う。
そして今、食事が終わり、お母さんが部屋を出て行った。
「……よし、行ったな? それじゃあ始めるか」
何を始めるのかと言えばか、それは魔術発動の実験である。
当然の話だが、俺には前世で培った魔術の知識があるのだ。
微量ながら体から魔力の存在も感じる。
それはつまり、すでに魔術を使える可能性があるということ。
もちろん無詠唱による発動もできないことはなかったがあれは少々魔力消費が大きい。
まだ魔力の少ない今の身体では大きな不安があった。
声を出して発動できるようになり、比較的魔力を効率よく使える状態になったからこそ、この実験ができるのだ。
せっかく新たな生を受けたのだ、今回の命では前世よりもさらに強くなって、今度こそ誰かの英雄になりたい。
もし身体強化の術でこの時期からトレーニングを開始できれば、俺はかなり早い段階で強靭な肉体を手に入れられるだろう。
ということで、誰も来ないのを確認すると、早速実験を開始する。
「Magicae circuit, installation. Completur. Magicae circuit, satus-sursum」
《魔術回路、設置。……完了。魔術回路、起動》
俺は集中すると、自分の身体全体に魔術回路を張り巡らせることをイメージしていく―――。
すると同時に段々と自分の体の中に何か異物が混入していくような……そんな不快感が湧き上がってくるが、なんとか我慢する。
やがてそれがある程度おさまり、完成すると、続いて作成した回路に自分の中の魔力をゆっくり流し込んでいった。
直後、体中に焼けるような暑さと共に、小さな傷口を無理やり押し広げるようなそんな痛みが走る。
「―――ッ……やはり何度経験してもこの感覚は慣れないな」
思わず口に出る苦悶の声。
しかしそのおかげで何とか回路に魔力を通すことに成功したようだ。
まだ不安定ながら体中を魔力が血液の如く巡っていく感覚が確かに存在する。
ここに準備は終え、すでに環境は整った。
出来立ての魔術回路に今なおあらゆる神秘の源となる魔力が滾々と流れている事を再確認すると、俺はゆっくりと詠唱を開始、魔術を行使する。
「―――confortans」
《―――強化》
おれが短い鍵言を終えると同時、身体にめぐらした魔術回路を魔力が流動する勢いが増し、激流となりて体中を巡る感覚と共に、赤子となっているこの小さな体に不釣り合いな力が満ちていく。
ふぅ~~、まともな詠唱すら存在しない程度の初歩の初歩、通常よりも魔術回路に魔力を多めに通すだけの簡単な魔術であったが、何とか成功したらしい。
俺は少しの安心と共に、その効果のほどを確かめようとその場に立ち上がろうとするがしかし、身体は意に反してベットへと倒れ伏した。
するとなぜかそのまま意識までも混濁の中に引き込まれていく。
しまった、そう思った時にはすでにもう遅い。
「くっ、意識が……まさか、魔力切れ……か?」
そして、立ち上がろうとしてふらりと倒れた俺はそのまま意識を失い、一時の眠りについた。




