王子様の愛した人
白雪姫のイメージを著しく害する場合がございます。予めご了承ください。なんでも許せる方向け。
鏡よ鏡。
この世で一番、美しいのは誰?
それは、白雪姫……でした。
「やっぱり、そう思う?」
『申し訳ございません、私は嘘がつけませんもので』
「いいのよ。あなたは、それが仕事だものね」
はぁ、とひとつ、大きなため息をついて、鏡に映った自分の姿を再確認する。……これじゃあ、仕方ないわよねえ。
そもそもの原因は、王子様と結ばれたことかもしれない。白雪姫こと私は、例の継母に虐げられてからというもの、一番〝若い〟時代を、栄養不足気味に育った。だから、美味しい食べ物なんて与えられなかったし、そのせいで一時期は、病的なまでにやせ細っていた。その後、小人さんたちに拾われて、ギリギリ健康的までにはなったのだけれど。問題は、結婚してから。新しい王となった夫は、やっぱりイイトコの出身で、美味しいものをたくさん知っていた。そして、それらを勧められるまま口にしていた私は、……どうなったか、想像に難くないと思うの。仕事も、する必要がなかったしね。
丸々、とまでは、いかないけれど。これはちょっと、その、女の子としては、いただけないレベルだと思うの。
『し、しかしですね。一番とまではいかなくても、充分に魅力的な範囲に入るかと、』
「それはだめっ」
『……なぜそこまで、頑なになるのです』
鏡は、ほんとうに不思議な様子で、私にたずねた。答えはたったひとつしかない私は、迷わず即答する。
「当然でしょ。あの人、……王子様に、いちばんかわいい、って思われたいもの」
相変わらず乙女ですねえ。鏡は、呆れたような、笑いを含んだような、そんな声でそう言った。
「でも、ねえ。困ったわ」
『どうかしたのですか?』
鏡は心配そうな声で言う。
「ダイエット、するのはいいのよ。けれど……断れないのよ」
「断れない?」
「あの方との、お食事」
どんなにダイエットするのも、私は構わない。……けれどそれでは、根本が解決しない。基本の食事制限はできないし、もちろん仕事だってさせてもらえない。
『そういえば白雪姫は、何か用事があったとしても、王との食事だけは欠かしませんよね。何故です?』
「……私は、王子様ひとすじなのよ」
そう。私が誰よりも、あの人と一緒に過ごす時間を優先させるのは当然のこと。そこは、惚れた弱みというものだから。
「いっそのこと、あの人の職務中だけでも、小人さんたちにお世話になろうかしら」
『それは無理でしょう。お出かけするなら、お付き人とセットですよ。そのお付き人が、姫に労働なんてさせるはずがないでしょう?』
「ぬ、抜け出すぐらいなら、きっとできるわよ!」
そう意気込んでみたけれど、鏡は突然、真面目な声になって、『白雪姫、それは、それだけはやめてください』と言った。
『あなたは、あの方の溺愛ぶりを知らないから、そんなことが言えるのですよ。もし城に白雪姫がいないということが王にバレたら、』
「早急に犯人をあぶり出し、極刑に処せ。手段は問わない、妃の安全が第一だ。……と、僕なら迷わず言うだろうね」
「え、」
声の方向に目を向けると、あの人――王子様が、腕を組んでドアにもたれかかっていた。
「やあ、姫。鏡に向かって何をしているかと思えば」
「やっ、みっ、見られてたんですか!?」
「たまたま通りかかってね。ダイエット、という言葉が聞こえたみたいだけど」
恥ずかしさに頬が染まるのが、自分でもわかる。王子、いや、王は、ゆっくりと私のもとへと近づいてくる。
「だっ、だって。……あなただって、妃がふとっていたらイヤでしょう?」
「そんなことを気にしていたのか。僕は君に、むしろふっくらしていてほしいのに。出会った頃の君はとても細かったから、心配で。僕は、今ぐらいのほうが良いと思っているよ。……それに」
そこで王は言葉を切った。少し恥ずかしそうに言いよどむ。何か言いづらいことなのかしら、と思って、続きを促してみる。
「それに?」
「……母親、に、なるには、体力が必要だから、ね」
***
その後のお話は、私、鏡がいたしましょう。ふっくらとなった白雪姫はその後しばしして、かわいい男の子を授かりました。お美しい二人の子供ですからもちろん、社交界でも噂の王子となります。しかし、その頃には二人目の子供、こちらは女の子ですが、これまた整ったお顔立ちに、母親譲りの心の清さ。やはりあちらこちらから縁談が来ます。兄であるシスコ……おほん。とても妹思いでいらっしゃる王子は、かわいい妹に手出しをさせてたまるものか、せめて自分より強い者を旦那にと、自身の縁談そっちのけで、妹君のガードマンをしておりました。おかげで、ご自分の結婚は三十代も半ばに。それも、持ち前の美貌で相手には困らないはずですのに、わざわざ隣国の、花屋の町娘と結婚なさいました。なんでも随分前、お忍びで一般人として働いていらっしゃった時分に、一目惚れなさったとか。まあまあ、何があるか分かったものではありませんねえ。
さて、話がそれましたが。白雪姫はそれからも、ふくよかなままでいらっしゃいました。ずいぶんと悩んでおられましたが、王がそのたびにうまく言いくるめて、そのうち白雪姫も気にしないことにしました。……ああ、姫はきっとご存知ないまま一生を終えられることでしょう。王が、実はぽっちゃり好きに目覚めてしまったということを。
「鏡よ鏡。
この世で一番、王子に愛されたのは誰?」
それはもちろん、白雪姫でございます。
北派文学クリスマス号掲載予定。




