エスニア
町に着いたのは次の日の昼頃だった。
あまり期待していなかったのもあるが、
思っていたより随分と大きい。
大通りは石畳となっているし、
建物もそこそこしっかりしている。
「ここがスターク領最大の町であるエスニアです。領主のグランツ・コンスタン・スターク男爵も住んでいますから男爵直属の騎士団が常駐していて治安も良いんです」
何も言わなくてもアルマが説明してくれる。
「で、お前はこれからどうするんだ?」
ウィルが尋ねる。
町に来るのが目的だったものの、
それからどうするかってのを全く考えてなかったんだよな。
特に知り合いがいるわけでもない以上、
できることはそれほどない。
「もう少し一緒にいさせてもらっていいかな?数日は滞在するんだろ?」
「分かった。仕入れもあるし、市場の調査もしたいからな。4日前後は泊まる予定だ。ただ、宿賃は貸しだぞ?帰る日までに返せよ?」
うっ……。
そうだ金を持ってないんだよな。
せめて宿賃だけでも稼がないといけないな。
「今日は私と町を見て回りませんか?もしかしたら何か良い仕事も見つかるかもしれませんし」
ここはアルマの提案に乗るのがベストか。
1人だと分からないことのほうが多いし。
「アルマはやらなきゃいけないこととか無いのか?」
「私の目的はあくまで往復の旅路での訓練ですからね。町に来たときはいつもブラブラしてるだけなんです」
なら一緒に行くっきゃないな。
俺の目の保養的にも。
「じゃあ夕方にここで落ち合おう」
時間が惜しいのかウィルも行ってしまった。
「まずは商店街に行ってみましょう!」
ん、アルマの目が何かに燃えてる?
「お、おう……?」
商店街もイメージと全然違う。
色んな専門店が並んでいるだけだが、
全く寂れている感じはない。
むしろ一番人の行き交いが激しいようだ。
ま、こっちにはスーパーとかデパートみたいなのが無いからだろうな。
足を止めたのは酒場の前だった。
「これが掲示板です。お金が必要なときにはここで仕事を受けるのも1つの手ですね」
おー、王道だな。
この世界はとことんRPGだ。
「勿論魔物を倒して素材を売るのもありです。その場合は効率の良いところを探す必要があるんですけどね」
その後も色んな店を一緒に見て回った。
「この服どうですか、センドウさん!」
この服屋にはもう40分ほども留まっているけど、
アルマは楽しそうだ。
やっぱり女の子の買い物好きはどこでも同じか。
「アルマなら何を着ても可愛いと思うよ」
「せ、センドウさん!からかっちゃ嫌です!」
慌てて向こうへ行ってしまった。
素直で本当に可愛い娘だ。
「あれ、これってデートっぽくね?」
服を見ていたアルマの背中がビクッとした気がしたけど、
気のせいだろう。
「も、も、もう行きましょう!」
「声が震えてるぞ?大丈夫か?」
「大丈夫です!」
……なんか怒られてしまった。
おかしいな、心配したりすると
好感度って上がると思ってたんだが。
現実は上手くいかないもんだな。
「おい、ミカジメが払えないってのか、あぁ?」
怒鳴り声が聞こえてくる。
慌てて声の方へ向かってみた。
「ミカジメが払えねぇってんなら、ここ立ち退いてもらわんとなぁ!?」
なんかいかにもヤバそうなおっさんがいるんだが。
怒鳴られてるのは果物屋?の女の子だ。
俺たちとそんなに変わらない年齢に見える。
「まだお金の用意ができないんです!もう少し待ってもらえませんか!?」
「もう3日も待っただろーが!そろそろこっちも限界なんだよ!っと」
男が拳をふるい女の子の腹に入る。
おいおい、見てられないぞ……!
「おい!女の子殴ることはねぇだろ!」
「あん?なんだテメェは?関係ないやつはすっこんでろ!」
思わず飛び出しちゃったけど、
ちょっと冷や汗出てきたわ。
マンガとかではよく見る光景だけど、
当事者になると結構怖ぇ……。
「関係はないけどよ、女の子が殴られてるのを黙って見てられねーだろ」
「あまり品位ある行為には見えませんね」
アルマも来てくれたようだ。
「口出すってんなら、それなりの覚悟はできてんだろうな?」
やっぱりこうなるか。
いけるか……?
(こいつのレベルはどれぐらいだ?)
小声でアルマに尋ねる。
(100過ぎです。でも街中で魔法を使えないとなると……)
そうか、街中で魔法を使えないのか。
下手に使うと周りを巻き込みかねない。
とすると、アルマの協力は期待できないわけだ。
俺のレベルが80って言ってたから、
そこまで歴然とした力の差があるわけではないけど、
やはり勝率は高くない……。
だとしても、もう引けないよな。
「や…「俺もちょいとこれは見過ごせないなぁ?」
俺の言葉に被せるように更に1人の男が現れる。
背中には俺の身長と同じくらいの槍。
背が高い。180後半もありそうだ
ちょっと年上で体格もガッチリしている。
とりあえず味方って認識でいいのだろうか。
「テメェら……っ!ちっ。あと3日だ。それ以上は無いと思えよ」
流石に形勢が悪いと見たのか、
強面のおっさんが立ち去る。
なんとか助かった……。
こちらを見ていた人たちも居なくなり始めた。
「君大丈夫かぁ?勝てそうにないのに威勢よく口出すとはなぁ」
槍男がこっちを見る。
「ありがとう。俺一人じゃ戦っても勝てなかったかもしれない」
絶対に勝てないってレベルではなかっただろう。
だけどやっぱり勝率は低かったし、
助かったってのが本音だ。
ちなみに勝てなかったかもって言ったのは見栄です。
「男には勝てないと分かってても戦わなきゃいけないときがあるってか?カッコいいやないか。面白かったわ少年」
ハッハッハと笑いながら、
槍男も去っていった。
「少年って呼ぶほど年齢違わねぇと思うんだが……。しかも少年って呼ばれる歳じゃねぇし……」
「あの人、私と同じくらいの強さでした」
150ぐらいってことか。
ヤクザよりは強かったようだし、
どおりで自信満々だったわけだ。
ヤクザもレベル測定とやらで勝てないと思ったから退いたんだな。強いと牽制にもなるのか。
「今日はもう帰ろう」
これ以上出歩くような体力はない。
まだ時間はあるし、
明日また来てみよう。
「そうですね。私もちょっと疲れました」
で、だ。
「なんで俺とアルマが同じ部屋なんですかねぇ?」
ウィルと合流して宿屋に来たのだが、
ウィルが一人部屋なのに対し、
何故か俺とアルマが同じ部屋だそうだ。
「俺とアルマが一部屋ずつの予定だったのに、お前が増えたんだから仕方ないだろ。借りを大きくしたいなら別だが」
うっ、確かにもう一部屋とるとなったら、
ますます借金が多くなってしまう……。
「俺とウィルが同じ部屋になればいいだろ!」
「なんで俺に借金してるのに偉そうなんだ……?」
そりゃそうだが俺も間違ってはいないハズだ!
「年頃の男女を相部屋にするのはおかしいだろ!?」
「楽しい夜になりそうだな」
「厳しい夜になりそうだよ!」
なんだコレ。
なんで部屋割りで昼間以上に体力使わなきゃならんのだ。
「おいアルマ、こいつはお前と同じ部屋が嫌だそうだ」
「センドウさん、私と一緒じゃ嫌なんですか……?」
涙目で上目遣いとかマジ可愛すぎて、
マジ罪悪感ですよ!
「いや、どっちかというとむしろ嬉しいけど!でも、これはそういう問題じゃなくてだな」
「おいアルマ、こいつ何かいやらしいこと考えてるぞ」
「センドウさん最低です……」
どーすりゃいいんだ!?
「じゃ、俺は先に部屋行ってるから」
逃げられた。
まさか本当に相部屋にされるなんて……。
「……行くか」
「はいっ!」
こうなった以上は仕方ない。
さっさと寝てしまうしかないだろう。
部屋は案外キレイで家具も趣味がいい。
ベッドに倒れこむと柔らかくてそのまま寝てしまいそうだ。
こっちの世界に来てからマトモな寝床に一回も寝てなかったから、
ベッドなんて期待できないと思ってたわ。
「今日は変なことに巻き込んじゃってごめんな」
「気にしないで下さい。割って入ったセンドウさんカッコ良かったです」
…………。
「そういや、もしかして俺って千堂としか名乗ってないっけ……?」
「はい?」
そっかー。
まさかこんなに話すことになると思ってなかったから、
千堂としか名乗ってなかったんだな。
「俺の名前は千堂 仁って言うんだ。千堂ってのは苗字なんだよ」
「ええっ!?名前じゃなかったんですか!?というか苗字持ってるんですね……」
「ん、悪い。そっか、こっちは苗字持ってるのは偉い人たちだけなんだったな。俺の故郷じゃ皆持ってるもんなんだけど」
懐かしいな。
まだこっちに来て1週間ちょいなのに、
すっかり昔のことみたいだ。
「じゃあ明日からはジンさんって呼んでもいいですか?」
「仁でいいよ。俺もアルマって呼んでるんだからさ」
「…………ジン」
「ん?」
「な、なんでもないです!もう寝ましょう!」
そうだ、実際に働く時間を考えると
明日には金の供給先を見つけなきゃならないな。
本当にアルマには世話になってるな……。
なんかの形で恩返ししなきゃな。