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命からがら

気がつくと俺は床へと倒れ伏していた。

熱くなっている体にひんやりとした感覚が心地いい。


こんなことを考えていられるということは俺は無事に生き延びれたんだな。

顔を上げると、仲間たちもちゃんと全員揃っていることが確認できた。

息こそ切らしているが、ケガというケガは無さそうだ。


「あれはヤバかったな……」


誰に向けた言葉でもないが、口から勝手に流れ出た。


「本物の化物やったな。戦おうという気にさえならんかったわ」


まだ呼吸が荒いながらもシュウが返事した。

女性陣にはまだ喋る余裕は無さそうだ。


「最後の魔法はアルマだろ?あれが無きゃ死んでた。助かったよ」


「ケホッ、ケホッ……。なんとか怯ませられたのはラッキーでした。もう同じ手は通用しないかもしれませんが……」


「通用しないって?魔法は効いたんだろ?」


ようやく楽になってきたのか、

その声には少しずつ落ち着きが戻ってきている。


「魔法自体は効かなかったんです。強烈な光に驚いたのか、一瞬たじろがせることはできましたが。恐らく二度目はないですね」


……予想より酷いことになってきたな。

アルマの魔法はうちのパーティで最大の火力を誇る。

ましてや待機状態を経たせいかあのライトニングボルトの威力はこれまで見た中でも最高だった。

あれが効かないとなると全く手の打ちようがない。

剣や槍の間合いに近づかせるのは自殺行為だし、

遠隔攻撃が可能なセラの銃もあの大きさの相手では大した効果は期待できない。

人間の体を裁縫針で刺したところで痛みを与えるだけで精一杯なのと同じだ。


それにもう1つ気になっていることがある。


「シュウ、あいつのレベルは測定できたか?」


「全くや。ヤバイってことしか分からんかった」


やっぱりな。

魔物相手でもレベルを測れることはもう分かっている。

索敵はそれを使ってやってるわけだし。

だが、あの影魔物は測定できなかった。

俺の探知能力が未熟なせいかとも思ったが、

シュウも無理だったのならそういうわけでもない。


あいつがレベルを持たない存在なのか、

俺らに認識できる限界を超えていたかのどちらかだ。


本命は後者だろう。

レベルを持たない存在なんてあり得るのか怪しいし、

もしそうなら接近の感知もできなかったろうからな。


だが本当に測りきれないぐらいの化物だったなら、

いよいよどうしようもない。

全員無事に逃げ切れただけでも幸運だったといえる。

「ところでセラ、訊いときたいんやが、ここはもしかして……」


「……3層、だよ」


「やっぱりか……」


えぇ、3層!?

後ろを見てみると魔法陣の色は青。

確かに深部へと進んだことが分かる。


「戻りの魔法陣まで遠かったし、選ぶ余地が無かったんだごめん……」


「セラに非は無いですよ。この距離でさえ追いつかれる寸前だったんです、むしろ模範解答でした」


追いつかれそうだったのは俺だけどね。


「個人的にビックリしたんわ、アルマが一番最初に魔法陣に入ってしまったトコやったな。魔法射撃行わないつもりかと慌てたわ」


え、また俺だけピンチだったのか!?


「逃げるのにイッパイイッパイで忘れてたんです……」

「俺のことを!?」


「……普通に考えて、魔法を放つことじゃないかな?」


セラの呆れ気味なフォローが入る。


「あ、そういうこと?それなら別に良いんだけどさ」


「良いの!?本当に忘れられてたら食べられちゃってたよ!?」


あ、確かに良くない!

俺死ぬ寸前じゃないか!


「……漫才は後回しにせい。それよりこれからどうするか話し合わないかんやろ」


Oh、忘れてたよ。


「どうするって言っても戻るんじゃないのか?」


「賛成しかねます。戻った先にまだあれがいた場合、今度は逃げる時間もありませんよ?」


魔法陣を連続で発動させるとき、

間にどれだけのインターバルがあるか分からない。

一瞬で帰ってこれるならまだ良いが、

たった一秒でも時間がかかってしまえば、

その間に喰われるのは避けられないってことか。


向こう側がどうなっているか分からない以上、

下手なマネはするべきじゃないな。


「なら……」


「うん、時間を無駄にするのは勿体ないし、この層の探索をするのが良いと思う」


特に反論も出ないため、

装備の点検を行ってから探索を再開することにした。


本来はもう脱出している時間帯なため、疲労による判断力低下を懸念したが、

動きが悪くなっているということもない。


それ以前にそもそも3層は魔物の出現数が圧倒的に少ないことに気づいた。

遭遇すること自体が少ない上にほとんどのやつが単独なのだ。


2層の難易度がエクストリームだった分、

ベリーがつくほどイージーな3層はハッキリ言って拍子抜けだった。

代わりに宝箱も無かったのだが。


当初の予定では少し回ったら帰るつもりだったが、

余りの簡単さに調子に乗ってしまい、

結局完全に踏破してしまった。


そして最後に待ち受けていたのは勿論更に奥へと繋がる魔法陣。


だがその色は白ではなかった。

とても濃い赤。

禍々しい気配を放ちながら、煌々と光っている。


「これは……!」


いや、返事は要らない。

ダンジョンの深くまで潜ってきたのだ。

普通に考えるなら、この先にいるのはボスだろう。

予想外のタイミングで終着点へと続く道を見つけてしまったわけだ。


さて、どうするか。

ハッキリ言って、この状態でボスと戦うというのは愚策だろう。

いくら表面上は疲れていないように見えても、

内部には着実に疲労が蓄積している。

雑魚が相手ならともかく、ボスにそんな油断は許されない。


かといって戻るのも良案とは言いがたい。

そこそこの時間を潰すことには成功したが、下にまだ影魔物がいることも十分考えられる。

向こう側を確かめる術を持っていないって本当に痛いな……。


「……ここで休むっていうのはどうかな?」


誰も良い案が出せずに沈黙していた中、おもむろに意見を出したのはセラ。


「この層は魔物が少ないみたいだし、一通り倒した後だから結構安全だと思うんだ」


うーん。意外と名案、か……?

見張りは一人で済むだろうから睡眠もそこそことれる。

進んだり戻ったりするよりは確実に安全だ。


リラックスできないのが唯一の難点だが、

俺以外は気にしなさそうなんだし。

日本が平和な温室だったことをつくづく思い知らされるぜ……。


「反対意見が出ないならそれで行こうや。これ以上の代案は誰も出せんやろ?」


少なくとも俺には出せない。

アルマも……出せなそうだ。


「じゃあ見張りの順番は……」

「ボクがずっとやるから大丈夫だよ?」


「な!?4人もいるんやから交代でええやろ!」


「そうですよ。この先にいるのはボスなんです。疲労が残ったまま勝てる相手ではありませんよ?」


セラvsシュウ&アルマか。

初めて見る構図だな。

いつもは俺vs俺以外なのに。


「大丈夫だって。気にしないで!」


本当に珍しい。いつもはこんなに食い下がることはないのに。


「そこまで言うからには理由でもあるのか?」


「……まあ、ちょっとね。心配要らないよ?」


そう言うセラの瞳を覗きこむと、その綺麗な目には不思議な光が灯っていた。

嘘ではなさそうだが、何か隠しているな。

もう少し問い詰めるべきなのか?

でも悪意を持っているわけでもないのに詰め寄るのは可哀想だよな。


「セラがこれだけ言ってるんだ。任せてみよう。……その代わり明日動けないなんてことは無しにしろよ?」


「うん。何かあったら起こすからね!」


まだ2人は何か言いたげだが、

俺が手で合図すると仕方なくといった表情のままに目を瞑った。

……その直後にもう寝息が聞こえてくる。

やっぱり疲れてたんじゃねぇか。


最後に一応もう1度セラを見ると、ニコっと微笑みを返された。

可愛いな。安心して俺も目を閉じる。


「……っと……ならいいよね……?」


え、なんだって……?

何か呟いてる声が聞こえる。

だが迫り来る睡魔の力にはかなわず、深い眠りへと落ちていった。

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