挑戦
攻略を続行すると決めた以上、
俺たちの切り替えは早かった。
少しでも安全性を高めるために話し合いを始めたのだが、
たった4人という数にも関わらず、意見が止まることは無かった。
中には実行不可能な案もあったものの、
その活気はこれまでの不安をかき消すのに十分なものだったといえる。
深夜まで続く討論の末に決まった案は実にシンプルだった。
高レベルの接近を気づいたら遭遇前に即逃走。
敵のスピードがこちらを上回った場合は現時点で扱えるアルマの最大魔法を放つことで足止めするというものだ。
常にアルマが魔法を放てる状態を作るため、
戦闘には一切参加させず、
術式を完成させた状態で待機させておく必要がある。
代償としてアルマの援護が得られなくなるわけだが、
背に腹は変えられない。
ちなみにアルマの扱える魔法は以下のようになっている。
(火・水・風・土の属性)+(矢・槍・壁の形状)
の基本魔法。
及び、
炎属性広範囲拡散魔法
雷属性収束光線型魔法
この中で最も上位の魔法は《フレイムウェーブ》だが、
対多数用の術式であるため、
単体ならば《ライトニングボルト》のほうが威力は上なのだそうだ。
ちなみにこれらは全て基本魔法であり、
高位魔法は未だ扱えていないのだとか。
これまでも凄まじい火力を見てきた俺からすると、
まだ上があることに驚きだ。
大体の方向性はこれで決まりだが、
ハッキリ言って穴だらけな作戦だ。
何か1つイレギュラーが入っただけで失敗しかねない。
しかし、高いテンションからか、
根拠の無い自信が俺には満ちていた。
なんとかなるだろう、と。
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明朝の目覚めは完璧だった。
昨日の話し合いの影響もあり、
いつもより睡眠時間が足りていないが、
それでも目がパッチリと覚めているのは気力の成せる技だろう。
パーティの顔を見渡すが、
誰の顔にも不安は見受けられなかった。
「よし、今日あたりで攻略完了させるぞ!」
「うんっ!行こう!」
もう踏破したこともあり、いつも以上の勢いで1層を抜ける。
途中何回か魔物との交戦になったが、
1層の時点ではアルマの援護がまだ得られるのと、
士気の高さが大きく影響し、苦戦することもなかった。
そして転移の魔法陣へとたどり着くのと同時にアルマが詠唱を始める。
本当に化物がいるかどうかは分からないし、
いたとしても遭遇せずに済むかもしれないが、
備えあれば憂いなしってやつだ。
とりあえず今のうちに何か見落としが無いか確認しておく。
とはいえ、俺にはこれといった役目は与えられていないので、
気持ちを落ち着ける程度のものだ。
「どうかしたか?」
セラがチラチラこっちを見ていたので声をかけてみる。
「ううん、なんでもない。ちょっと考え事をしてただけだよ」
「感謝なら後で添い寝してくれるだけで良いぞ?」
「ぶっ!」
「な、何言ってるの!?そんなことしないからね!」
軽くからかったつもりだったのに、
詠唱中だったアルマまで吹き出す音が聞こえた。
どうやら途中で止まったせいで術式もキャンセルされてしまったようだ。
「ジン!!」
「いや、悪い。本当ごめん」
まさかアルマまで反応するとは思っていなかった。
「こんなんで時間とらせんなや……」
シュウにまで呆れられている。
セラが変に気負わないようにほぐしてやるつもりだったが、
必要以上の効果を上げてしまったようだな。
失敗失敗。
「でも、ありがとうね」
セラに優しく微笑まれる。
こんなとき、とても大人びて見えてドキっとしてしまう。
「だから添い「いや、それはもういいから」
うむ、同じ冗談を2回はダメなようだ。
間もなくアルマの声が途切れた。
詠唱が完了したんだな。
「こっからが勝負どころやな」
「うん!」
「よし行こう!」
返事すると詠唱待機状態がキャンセルされるアルマだけは頷いただけだ。
4人で白く光る魔法陣に乗ると、
また眩い光に包まれて俺たちは転移した。
今度は転移したのか、なんて確認は必要ない。
そんなことをしている時間が勿体ないからな。
少しでも多くを探索したい。
見つかるまでが勝負なのだ。
ここから先は一層念を入れて索敵を行う。
シュウのほうが広範囲を探知できるので、いつもは任せていたが、
万に1つが無いように今日は全員が気を張り巡らせている。
「次は右に先に行こう」
いつ敵が来てもいいように出来るだけ袋小路にならなそうな道から調べる。
結局は全部見て回ることになるが、
逃げ道のある通路を探索している間に化物と遭遇できれば、
袋小路を調べるときにはより詳しい対策を立てて動けるという考えだ。
「敵が来たで」
緊張感が走ったが、
アレが来たときには「逃げろ」という指示が出ることになっていたのを思い出す。
敵襲を告げたということは普通の魔物だ。
予想通り現れたのはそれほどの強さを感じさせない魔物だった。
ただし、初めて見る種類だ。
「リザードマンだね。鱗の固さと俊敏な動きが特徴だけど、素手な分リーチは短いから、間合いにさえ気をつければ大したことはないよ」
トカゲ人間なその姿はラノベで予習済みだ。
それでも初めての相手に魔法援護無しはちょっと心細いものがある。
が、いつまでも頼っているわけにはいかないからな。
敵は2体。前衛二人でタイマンといこうじゃないか。
シュウの後を追うように駆け出す。
向こうも向こうでタイマンを張るつもりらしい。
まずは先制攻撃だ!
間合いに入るのと同時の攻撃を目論んだが……かわされた!?
バックステップで下がったようだな。
俊敏と言っていたが予想以上だ。
少し距離をとった位置でリザードマンは品定めをするようにこちらを眺めている。
ナメられているようで気に食わない!
イライラと共に踏み込もうとした時を見計らったように
魔物のほうが飛び込んできた。
タイミングを狂わされた俺は僅かに反応が遅れてパンチを食らってしまった。
「ってぇな!」
反撃のつもりで振った剣はまた避けられる。
……なんつーか、ウザい。
逆に頭が冷えてきた。
そっちがその気なら、こっちにだってやり方があんだよ!
俺がまた体重を前に入れた瞬間に飛び込んでくる。
が、今度は俺の重心は崩れない。
それを見越したフェイントだったからだ。
繰り出される拳を下に逃れた俺は敵の足を刈るように蹴った。
いつぞやシュウがしたような足払い。
同じように俺によって足を払われたリザードマンはバランスを崩して転倒する。
「これで避けらんねぇだろ?」
剣を逆手に持って振り下ろす。
力一杯に下ろされた一撃はかわされることなく頭を貫いた。
「魔物に避けられたのは初めてだな。疲れたわ……」
振り向くと、皆が「やっと終わったか」と俺を見ていた。
「手ぇ空いたなら手伝ってくれよな……」
「この程度のやつを1人でやれないでどうするんや」
厳しいよな、やれやれ……。
確かに経験積んどかなきゃいけないのは分かっているけどさ。
その後もサクサクと探索は進んだ。
宝箱も2つほど見つかったが、
中身は弓矢の矢だけの単品と、
怪しげな金属塊だった。
罠が仕掛けられていなかっただけでも良かったとは思う。
そして大方の部分を踏破し終わり、
次の階層に向かうか、一度戻るかを相談している最中に遂にそれはやって来た。
「…………!?」
「!!」
シュウの顔が驚きに歪む。
俺も同時に異変を感じ取った。
とてもじゃないが計りきれない大きさのレベル。
……感じたのは死、だった。
「逃げるぞ!!」
その余りの圧力にパニックになりかけていた頭がシュウの叫び声で我に帰る。
「こっちだよ!早く!」
どっちが退路だったのか思い出せないまま、
ただひたすらに先を走るセラへとついていく。
迫り来る恐怖によって逃げようとする意思さえも挫かれそうになる。
まだ姿は見えないが、向こうのほうが俺たちより速い……っ!!
一秒一秒がとても長く感じられる。
徐々に近づいてくるそれが、
いよいよ見える距離まで追いついてきた。
……それは影。
通路全体を埋め尽くすほどに大きく、
獰猛な獣の頭を思わせる。
見た瞬間に理解した。
……勝てない。
戦うとかそういう次元じゃない。
追い付かれたなら、抵抗する間もなく喰われるだろう。
剣なんて役に立たない。
もしも剣の間合いに入ったなら、
それは俺が喰われるときだ。
もう彼我の距離は10mまで狭まっている。
「魔法陣だ!早く乗って!」
何も考えられない俺はセラの声のままにただ魔法陣に向かって走る。
残り20mほどの距離がいつまで経っても辿り着けない。
ダメだ、追いつかれる……。
「《ライトニングボルト》!!」
アルマの声が聞こえる。
そして俺は、俺は走って走って、
光の中へと飛び込んだ……。




