進退
帰ってきてなお、俺たちの口は重い。
敵の正体が分からないというのが
これほど恐ろしいことだとは思っていなかった。
セラを除いて、俺たちはダンジョンに固執する理由は無い。
興味本位だったのだから当たり前だが、
それはすなわち攻略を放棄するという選択肢があることを示していた。
それでもここを離れるか決めかねているのは
ひとえにセラへの義理ゆえだ。
お互いに持ちつ持たれつの関係だったのだから、
借りがあるわけではない。
しかし、少しの間であっても共に行動したことに変わりはないのだ。
情が移っているのも仕方がないことだろう。
「セラ……」
「……引き留めるつもりは無いよ。危険を冒してまで一緒にいてなんて言えない」
言葉では気にしていない風を装っていたが、
引き留めたいと思っていることは伝わってくる。
一番の解決策はセラを連れて、元の旅に戻ることだろう。
しかし旅費が無くてここに留まっているという背景上、
連れていくとなれば負担は俺たちが負うことになる。
いくらかの余裕は保っているが、
一人分を丸々払うのは無理だ。
つまり選択肢は2つ。
セラと共にダンジョン攻略をするか、
セラを見捨てて旅に戻るか。
セラを見捨てたくはない。
それは他2人も同じだろう。
だが、綺麗事だけで、善意だけでやっていけるほど甘い世界ではないのだ。
だからこそ、軽々しく連れていこうなんて言い出せない。
そもそも脅威となっているのはなんなのだ?
「シュウ、お前はアレを何だと思っている?」
「強力な魔物、それ以外に無いわ」
だろうな。
狂った冒険者が見境なく襲いかかっている、
みたいなことがあれば別だが、
そんな人間が生きていけるほどダンジョンは甘くない。
つまり、ただの魔物なのだ。
……冒険者を打ち負かす化物ではあるが。
そう考えたら大したことないように思えるのは俺が強い魔物を見たことがないからだろうか。
「個人的な意見として、俺はセラを助けたいと思ってる」
「本気で言っとんのか?どんだけ強力なやつかも分からんのやぞ?」
相手の力が分からないのだから、
戦うのは良い方法とは言えない。
実際に何人も屠られたようでもあるし。
だが、俺にも対策が無いわけではない。
「いや、戦わないつもりで行く」
「戦わない、とは……?」
話の流れを聞いていたアルマが不思議そうに訊ねる。
「会ったら即逃げる」
ふざけてるように聞こえるが、これが正答だと思う。
俺がRPGでどうにも倒せないザコ敵と遭遇したときのやりかただ。
ボスじゃない以上は倒す必要が無い。
遭遇したときは逃げて、いないときを見計らってすり抜ける。
これまでの敵と同じなら、
魔物は特定の位置に留まっているわけじゃない。
常に移動を続けているのだから、
タイミングさえ合わせられれば
戦闘をせずに抜けられる。
「それだけの強さを持つ魔物なら、移動速度がボクたちより速い可能性もあるんだよ?遭遇したら逃げられないかもしれない……」
「その可能性は勿論ある。だからこれはあくまで俺一人の意見だ。2人を付き合わなくても構わない」
今のことは俺も考えていたことだったが、
セラ的には説明しなければ俺たちが気づかずに残る決断をするかもしれないと考えたはずだ。
だけど教えてくれた。
そんなセラを置いていくことはやっぱり俺には出来ない。
そしてアルマも言う。
「私は残ります。ジンについてきただけですから、ジンを置いていくつもりはありません」
茶化すつもりはないけど、なんともカッコいいものだ。
勝算なんか考えずについてきてくれる。
俺には勿体ないぐらいに良い仲間だ。
これで3人。
期待しすぎだとは思いつつもシュウを見てしまう。
しかし、もうシュウは決めていたようだった。
「なら、俺も残るしかないなぁ。これで一人で行ってしもたら、わざわざ道連れを探した意味も無くなってしまうし。……決して空気に流されたのとはちゃうからな?」
「分かってるよ」
ニヤっとしながら返事するとプイと顔を背けられた。
なんだかんだでツンデレなやつだ。
傭兵なんて職業をしてるのに情に厚いんだからな。
「ごめんね、ありがとう……」
そんな感謝の言葉を貰うのは筋違いだ。
ダンジョン探索をするのは俺らにとっても利益のあることで、
善意がゼロとは言わないが、善意だけで残っているわけでもないんだから。
「まだまだこれからやで?気ぃ抜くには早いわ」
「……うん。ありがとうシュウ!」
苦手っぽかったのに、
最近、急激にシュウになついてる気がする……。
一人だけ名前で呼ばれてるのも気になるところだ。
まだまだ恋愛感情とは違うものだとは分かっているんだけどさ。
……お前に娘はやらん!やらんぞぉ!!
なんてね。




