町への旅
「……さん、センドウさん!」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
目を開けるとそこには逆さまの富士山があった。
「……そうか富士山は2つあったのか」
俺は今こそ世界の真理を知った。
……適当なこと言ってごめんなさい。
「……センドウさん?何をおっしゃってるか分かりませんが……?」
そういえば俺は異世界に来てるんだったな。
朝からこんな美少女が起こしてくれるなんて感動だ。
これだけでもう満足しちゃうほどに。
「なんでもありません。出発の時間ですか?」
「ええ、朝食は道中に済ますのですぐに出発です」
ギリギリまで寝かせてくれたんだな。
俺の分の準備までしてもらって申し訳ない気持ちで一杯だ。
せめて自分の分は自分でやらなきゃいけなかったのに。
アルマに連れられて村の入口まで行くと、
リムナさんと見知らぬ銀髪の男が待っていた。
「お前が町に行きたいって客人か?」
「はい、千堂と申します」
なかなかのイケメンだ。
服に隠れていて分からないが鍛えてあるように見える。
「千堂か。東方の民だな?俺はウィルだ。この村で商売をさせてもらってる。それから、これから1週間も一緒に旅をするんだ。敬語だと疲れるぞ?」
「分かった、よろしく頼むウィル」
隣ではリムナさんがアルマに金銭の入った袋を渡していた。
「さあ出発だ。馬車に乗り込んでくれ」
馬が一頭ついて馬車をひかせるらしい。
馬車って異世界っぽくていいな。
いかにも科学が進んでいないって感じがする。
出発して間もなく村は見えなくなった。
「朝食です」
アルマに白いパンを渡される。
まだ温かい。
パンはどの世界でも共通なのか。
皆が朝食を始めたせいで馬車に沈黙が降りる。気まずい。
ただでさえ俺だけアウェーなのに。
なんか話すか。
「アルマさんは村長の娘なのにどうして商売について歩いてるんですか?」
「敬語じゃなくていいですよ?呼ぶときもアルマで構いません」
敬語じゃなくていいのは楽だな。
言っておいてアルマが敬語なのが気になるけど。
「じゃあアルマはなんで村長の娘なのに商売についていくんだ?」
「私はウィルさんに魔法を教えてもらってるんです。それでこうやって旅のときには魔物との実戦訓練を兼ねてついていってるんです」
……魔法!?
この世界は魔法あるのか!
「魔法があるのか!?」
「魔法を知らないんですか?」
やばいボロを出しちまった……。
「東方の民は優れた身体能力を生かした近接戦闘を好む。魔法も無くはないだろうが、あまり民衆には浸透していないらしい」
ウィルの説明が入る。
なるほど。
偶然だろうけど助かった。
「商人って魔法が使えるのが当たり前なのか?」
普通RPGにおいて、
商人には魔法のスキルってそんなに無いと思ったんだが。
「ん、俺は昔は冒険者だったんだ。3年ぐらい前から商人になって村においてもらってる」
「ちなみに商人でも簡単な魔法を使える人は多いですよ。魔法でなくてもいいんですが、魔物や盗賊に襲われたときには自分の身を守る何かが必要になりますから。でも師匠ほど強い商人は普通いませんけどね」
言われてみりゃそれもそうだな。
商人も襲われるたびに逃げてばかりじゃ商売あがったりだろう。
馬車の上では話す以外にすることがないおかげで、
随分と色んな話を聞けた。
話していると時間が経つのが早い。
……もう夕方だろうか。
日がくれかかっている。
時計が無いって案外不便だ。
「今日はここら辺でキャンプしよう」
ウィルの一言で馬車が止まった。
テントなどがあるわけでもなく、
普通に布を敷いて、毛布をかけるだけの寝床らしい。
焚き火を起こして一段落したところでウィルとアルマが立ち上がった。
「さて、今日は無属性波動の術式だったな?」
魔法の修行ってやつか。
馬車で魔法については色々聞いた。
魔法の発動に必要なのは術式と魔力。
魔力は個人が持っているもので、
体力同様に鍛えれば上がるそうだ。
術式は言うなればソフトウェアのプログラミングみたいなものらしい。
発動する場所、対象、属性、形状をインプットしたデータを言う。
術式を展開してから魔力を注ぎ込めば魔法が発動するらしいが、
言われただけじゃ分かるわけがない。
基本属性は火、水、風、土、雷、光、闇。
属性をつけなければ無属性。
魔法は大きく分けて3種類で、
さっきの説明のように組み立てて発動させるのが基本魔法。
基本魔法を2つ以上組み合わせて発動する高位魔法。
高位魔法は科学変化みたいなもので、
単純に組み合わさるのではなく、
ちょっと違う術式になるらしい。
組合わせ次第では全然違うものも作れるとか……。
最後が系統外魔法。
基本魔法や高位魔法とは違うメカニズムで発動するため、
一概には説明できないと言われた。
最も高位の魔法で使い手は1つの国に1人もいるかどうかってレベルなんだそうだ。
視線を戻してみると、
アルマの掌からアニメで見るような魔法陣が現れていた。
そこから白い光線が放たれる。
……カッコいいな。
修行したら俺も魔法使えるようになるだろうか?
練習はアルマの疲労が激しいのか、
30分程度で終わってしまったが俺は知らず知らずのうちに見とれていた。
ウィルが視線に気づいたのか、こちらを見る。
「魔法に興味があるのか?」
「あるっちゃあるけど、簡単に会得できるもんなのか?」
力量を測るような視線でジロジロと見てくる。
「……才能はありそうだ。が、数日では無理だ。魔法は難しいからな。戦い方を教えて欲しいなら武器系なら少しだが何とかできる」
武器か。武器といえばやっぱり剣だろう。
安直な発想だがやっぱりカッコいい。
こんな世界で旅をする以上は身を守る方法を身につけて置くべきかもしれないな。
「剣でも大丈夫か?」
「俺はもともとは剣一本で冒険者やってたんだぞ?任せておけ。だけど今日はもう遅い。明日からアルマの訓練の後に時間を作ろう」
それからは疲れたアルマがすぐに寝つき、
俺たちも後を追うように眠りについた。
次の日も同じように馬車での移動が続き、
雑談を交わしていると瞬く間に日が沈み始める。
キャンプの用意をして間もなくアルマの訓練が始まり、
俺の番が来た。
「これを使え」
差し出されたのは馬車に積んであった木の棒だった。
「まずは自由に打ち込んでこい。基礎体力が見たい」
そう言うとウィルは丸腰で正面に立った。
距離は5mってトコだろうか。
戦闘の経験の無い俺にさえ分かる強さ。
隙が無いっていうのはこういうのを言うんだろう。
だけど、攻めないことには始まらないよな!
右手に棒を持って切っ先を下ろしたまま一気に近づく。
体が軽い……?
不思議と体がいつもより動けている気がする。
だがウィルは動かない。
俺は右から勢いをつけて振り抜く!
僅かに下がられただけでかわされた。
――ちぃっ!
こちらも更に一歩踏み込んで左から切り上げる!
また僅かに体をずらされただけで避けられた。
完全に見切られてるな。
そのまま何度も打ち込むがかすることすら出来なかった。
「もういい、大体分かった」
止められたときには肩が上下していた。
そのまま地面に倒れこむ。
「運足が大雑把で、動きに無駄が多いな。間合いの見切りも甘い。まあ未経験ならこんなもんだろう。明日から細かく指示を出すから今日は休んでいい」
全く当たらなかったけど、
体が軽かった気がしたな。
日本にいた頃、運動部に入っていたのもあって
俺の体力は平均よりは高かったと思うけど、
ここまで動けてはいなかった気がする。
もしかして、こっちに来てから体力が上がってるのか?
自分ではよく分からないけど、異世界に飛ぶぐらいなんだからあり得なくはない、か?
実際に上がってるにしろ、
気分だけにしろ、
マイナスにはならないハズだ。
ちょっとやる気が出てきたぞ。
-----ウィル-----
ウィルもまた、
横になりながら先程の練習を思い返していた。
(……速かった)
最初の飛び込み。
振るう棒の速さ。
東方の民を見たことは何回かある。
俺の記憶違いでなければ普通はあそこまでではなかったハズだ。
動きこそ素人だったが、
身体能力はそこらのものとは比べものにならない。
(こんな辺境の地でこれほどの才能を見るとは思わなかった)
もしもしっかりとした体捌きを身につけたなら。
(……先が楽しみだな)
-----ジン-----
次の日もその次の日も剣を教えてもらったが、
相変わらずかすりもしない。
でもちゃんと着実に強くなってるという実感はある。
それが俺のやる気を支えていた。
今日も馬車の上では雑談が繰り広げられる。
そういえば明日で村を出て1週間だ。
そろそろ町も近づいてきてるのだろうか。
「お前も大分動きはマシになってきたな。まだまだ一般の戦士にも劣るレベルではあるが」
ウィルが笑いながら言う。
「普通そういうこと言うかよ!?もう少し褒めてもいいんじゃねぇの?」
「いえ、すごい上達ぶりだと思いますよ?目に見える早さで動きがよくなってるのが分かります」
アルマは良い娘だ、本当に。
流石に毎日話しているおかげか、
随分と馴染めてきた気もする。
「そうだ、明日アルマと模擬戦をしてみろ。今回魔物と全然遭遇しないし、ちょうどいい実戦訓練になる」
ちょっと待て、なんで模擬戦をアルマとやるんだ。
「分かりました」
そしてなんで君はやる気満々なの?
戦闘民族なの?
「女の子相手に木の棒で殴りかかれって言うのか!?いくらなんでもそれは……」
「誰もそんなもんで殴りかかれとは言ってないだろ」
流石に危ないのは分かっているらしい。
「これがある」
渡されたのは……鉄パイプ。
鉄パイプ!?
「ウィルの頭は空っぽなのか!?」
「なんだとコノヤロウ」
「どこに女の子を鉄パイプで襲う輩がいるんだよ!」
絵面的にもアウトだろ!
日本なら捕まってるぞ!?
……キーン!
突如金属のぶつかった音がした。
見るとウィルが剣を抜いている。
下には真っ二つになった矢。
「敵襲だ。盗賊だろう」
馬車の進行を阻むように正面から4人の汚い身なりをした人間が現れる。
「思わぬところで実戦訓練ができそうだな。お前たちだけで戦ってみろ」
「……な!?本気か!?」
「大丈夫、俺の見立てでは十分戦える相手だ」
その言葉には確かな自信があるように見える。
「この剣を使え。棒や鉄パイプじゃキツいだろう」
本物の剣だ。
命を奪うために作られた武器。
……正直、怖いな。
人を殺さなきゃいけない日が来るとは思ってなかった。
でも、
「やりましょう、センドウさん」
女の子に守られたんじゃ、カッコがつかないからな。
――ここは異世界なんだ。覚悟を決めるしかない。
「私が後衛をやります。前衛をお願いできますか?」
緊張を抑えながら無言で頷く。
俺は盗賊に向かって走り出した。
30m、20m、10m。
そして先頭の盗賊と俺が剣を振るう!
ガーン!
剣同士が当たったが力で勝ったのか相手がのけぞる。
命を奪うことを躊躇っている余裕は無かった。
夢中で剣を降り下ろす。
あまり抵抗もなく首が落ちた。
「《ライトニングボルト》!」
後ろから雷が一直線に飛んできた。
振り返る余裕は無いがおそらくアルマだろう。
2番目に来ていた盗賊が貫かれて崩れ落ちる。
3人目は驚いたのか一瞬足が止まった。
そこに向かって走る。
――挟まれたらお仕舞いだ。
1VS1の状況を作る!
向こうも慌てて武器を構えるがもう遅い。
思いっきり腕を降り下ろすと不安定なガードごと凪ぎ払う。
深く入った感触があった。
そのとき4人目に横を駆け抜けられる。
マズイ!後ろには詠唱中で無防備なアルマが!
慌てて後を追うが追いつくには距離が足りない。
ウィルの位置からでも間に合わないだろう。
だが、アルマの目はまだ余裕を見せていた。
「《エアロジャベリン》!」
風の槍が盗賊に向けて放たれる。
当たる。そう思ったときだった。
「《アイスウォール》!」
……敵も魔法使い!?
風の槍が氷の壁に当たった。
槍のほうが威力が高かったのか、
僅かに突き抜けるが力も速さも無くなった魔法はあっさりとかわされてしまった。
万事休すだ。まだ追いつける距離じゃない。
しかもアルマは武器を持っていない。
もしも接近戦に入ったら……。
瞬間、一筋の光が最後の盗賊を貫いた。
信じられないといった顔で盗賊が沈む。
何が起こったのかすぐには理解できなかったが、
なんとか勝ったことだけは分かる。。
安心からか腰が抜けてしまった。
……情けない。
「……まあ悪くはなかった」
ウィルが馬車から降りてくる。
さっきのを放ったのはやはりウィルだったのか。
そういえばアルマに魔法を教えるぐらいなのだから、
使えて当然か。
「アルマは悪くない出来だったが、敵の反撃を予想していなかったな?」
「はい。相手も魔法が使える可能性を失念していました」
「壁に当たったときに火力では勝っていたが、相手を止められるほどではなかったのが惜しかったな。戦場では何があるか分からないんだ。あらゆる可能性を考えておけ。……で、お前は前衛でありながら敵を通すってのはどういうことだ?」
うっ……。
カッコつけた割に役目果たせなかったな……。
「そもそもお前が逃がさなければ、最初から後衛が接近戦に持ち込まれることもなかったんだぞ?」
これ以上ない正論だ……。
ウィルがいなかったら危なかったかもしれない。
「……だが、初めての実戦よくやったな。想像以上の動きではあった。どうせ俺が手を出さなくてもアルマは何とかしただろうしな」
あそこからまだ打つ手があったのかよ。
アルマの外見でか弱いイメージがあったが、
そうでもないらしい。
このウィルが遠距離戦闘しか教えてないわけはないか。
なんらかの緊急回避的なものがあったんだろう。
元冒険者なら色んな経験積んでるだろうし。
……人間は見た目で判断できませんよね。
それはそうとしても。
(……次こそはこんな失態をするわけにはいかないな)
今日の戦いの後だからか、
いつもよりも練習に身が入っているのが自分でも分かる。
剣を降りながらふと考える。
(夢中だったから気にしてる余裕は無かったけど、俺は人の命を奪ったんだな)
思っていたより呆気なかった。
思っていたほど罪悪感もなかった。
いつの間にか殺らなければ殺られるという、
この世界の常識に馴染んでいたのかもしれない。
ここは日本じゃない。
警察がいるわけでもなければ、
どこにでも人の目があるわけじゃない。
自分の身は自分で守らなければいけない。
1週間剣を学び、
それを知らず知らず理解していたんだろう。
今回の盗賊も躊躇していたら自分が殺されていたのかと思うと、
今更ながら冷や汗が流れる。
そういえば……。
「なあウィル。なんで俺が盗賊と勝てるって思ったんだ?」
戦いの前に大丈夫だと言った言葉には確かな根拠を感じた。
盗賊の強さは未知数だったハズだ。
俺の練習を見ていたウィルから返事が来る。
「お前にはまだ無理だろうが、レベル測定って言ってな、ある程度以上の経験を積めば大体の強さが測れるようになるんだよ」
レベル!?
まるっきりRPGじゃないか!
そんなことが可能なのか!
俺もウィルが強いことはなんとなく分かるが、
あの言い方から察するにもっと細かく分かるのだろう。
「戦士には必須の能力だな。彼我の戦力差を見極めるのは重要だ」
「ほうほう。で、俺のレベルはどれぐらいなんだ?」
「80ってトコだろう」
「じゃあ盗賊は?」
「平均50前後だったな。最後の一人だけは100ちょいあったけど」
死の危機だった!?
最後の盗賊にもし俺が追いついてたら返り討ちだったんじゃないか!!
「ちなみにアルマは150ぐらいだ」
アルマ強ぇ!俺の2倍近く強ぇ!
「だけど近接戦闘のスキルがほぼ皆無だから、近づかれると30も出ない」
「テヘヘヘ……」
なんでこの娘は照れてんの?
可愛いから許すけど。
ちなみに一般村人は20程度、
旅人はピンキリだけど弱ければ40ぐらいからいるらしい。