恐怖のセントピード
おぅふ!
いつの間にか寝ちゃってたのか。ちゃんとテントまで運んでくれたのはありがたい。
背中と後頭部に土がついてるのと、
テントの前まで何かを引きずった後があるのが気になるが。
「起きたんか。なら、はよ準備せい」
「おう。ところで昨日俺をテントに運んでくれたのは誰だ?」
「俺やが?」
「俺の後頭部に土がついてる理由知ってるか?」
沈黙。
「……寝相が悪かったんとちゃう?」
「ちゃうわアホ!!どこに引きずっていくやつがいるんだ!!」
「大丈夫や。お前の後頭部は実に滑らかやった。まるで絹のようやったぞ」
誉め言葉のようだが全然誉められてない。
「お前は絹を地面を拭く雑巾代わりに使うのか!?」
「……自然を大切にしてるんや」
規模の大きな優しさだった。
議論してたら勝てなそうなので、
とりあえずビンタしようとしたら逃げられてしまった。
くそ、後で覚えておけよ……!
上体を起こす。
ベッドで寝る楽しさを思い出した後では
地面に寝るのは辛いな。
体がちょっと痛い。
寝起きのストレッチは欠かせないものとなっている。
「アルマー!」
向こうからトテテテとアルマが歩いてくる。
すっかり荷造りも終わっているようだ。
早起きだし、支度も速いし丁寧だし、
いいお嫁さんになるんだろうな。
「呼びましたか?」
「今日はどのぐらいを目安にするんだ?」
「そうですね……。森を超えるあたりまで行きたいと思います」
「了解、サンキュ」
今目指しているのは、
フランデール領の西端の町、フローリア。
フランデール領はスターク領より王都側にある。
つまり、俺たちはゼムナント王国の内側に向けて
進み続けているわけだ。
人の少ないところよりは多いところの方が何かしら得られるものもあるだろうと思い、
一応、最終的な目的地を王都としているわけだが、
ゼムナント王国は横に長い形をしているため
いくつかの町を経由しながらかなりの距離を移動しなければ辿り着けない。
「待たせて悪い。もう準備終わったから行けるぞ」
夜は早めに休んで、朝は早めに起きる。
準備ができたらすぐに発つ。
こうしないと移動時間が大きく減ってしまう。
15時頃になると、短草草原だった風景が次第に木に変わり始めた。
森に入ったのだ。
かなり鬱蒼としていて、
日がほとんど入ってこない。
空気も潤っていると言えば聞こえは良いが、
明らかにジメジメしている。
アマゾンのように高温じゃないだけマシと思うべきか。
道も道かどうか分からないレベルで木の根が張り出している。
足場が悪いため、
少し歩いただけで足にくるな。
………………ん?
なんか違和感が……。
「……気づいたか?」
変わらぬ様子で歩き続けながら、
口元だけを動かして話しかけられる。
「なんか違和感があるような……」
「おそらく魔物です。殺気が無かったので気づくのが遅れましたが囲まれてますね」
周りに気を配るとあちらこちらから視線を感じる。
「コワードドッグじゃないよな?ヤバい奴なのか?」
「統制がとれた行動です。ここに生息している中でそんな性質を持っているのは……」
「アーミーセントピードや。相手にできる量じゃないなぁ」
アーミーセントピード……。
セントピードって何なんだ?
何故かは分からないが、
魔法や魔物の名前は英語発音のものが多い。
セントピードも英語なんだろうけど、
なんなのかサッパリだ。
「どうしますか?下手に逃げると逆に刺激してしまいそうです」
「普通は囲まれる前に逃げるもんや。囲まれてからじゃどうにもならん。それに……」
「それに……?」
「手遅れや」
一斉にガサガサと茂みが動き出した。
出てきたのは……でかいムカデ!?
セントピードってムカデか!
「はよ走れ!捕まったら巣まで連れていかれて終いや!」
全速力で走る。
後ろからは数も分からないほどのムカデが追ってきた。
「《ファイアアロー》!」
シュウに続いて2番目を走るアルマが後ろに魔法を放つが、
まったく減ってる気がしない。
「魔法撃ってる暇があったら走れ!無駄に体力使うんやない!」
最後尾を走る俺の目の前にムカデが横っ飛びに飛んできた。
反射的に剣で切ると、
切った傷口から体液が弾け飛ぶ。
「目が……っ!」
くそ、目に入った。
痛みは無いが目を開けない。
それでも走ろうとしたが、
何かに躓いて転んでしまった。
「シュウ!ジンが!」
アルマの叫び声が聞こえる。
「なっ!?ちっ、乗りや!」
シュウが俺を背にのせて駆け出す。
だが、そのスピードは明らかに遅い。
いくらシュウでも俺を乗せたままじゃ全速力が出せないのだ。
「先にいって下さいっ!!《フレイムウェーブ》!!」
立ち止まったアルマが後ろに向けて炎の波を飛ばす。
焦げた臭いと共に若干の空白地帯が生まれた。
「はよ目ぇ開け!このままじゃ外までもたん!」
俺だって急いでる!
懸命に袖で目を擦るが、
意地でも目を開かせないかのようにこびりついて取れない。
「シュウ!前にも!」
どうやら前にもムカデが出てきたらしい。
しかし俺を背負っているシュウは槍が振れない。
狼狽えているのが背中越しに伝わってくる。
それと同時に俺の目が辛うじて開くようになった。
「駆け抜けろ!俺が斬る!」
まだ視界はおぼろだが距離感ぐらいは掴める。
飛びかかってきたムカデを剣で叩き落とした。
「もうすぐ川です!」
幅が10mほどの川が見えてくる。
「降ろせ!もう大丈夫だ!」
どれぐらい深いのか分からない川を俺を乗せたまま渡るのは無理だ。
視界はいまだに不鮮明だが、
なんとかなるまでには回復した。
シュウ、俺、アルマの順に勢いよく飛び込む。
足はつかない。
服が水を吸い込んで重くなるが、
死ぬ気で腕と足を動かす。
幸いにも流れは速くない。
少し水を飲んでしまったが、
なんとか向こう岸にたどり着いた。
重たい体を腕で引き上げる。
水を滴らせながら、転がるように岸に上がった。
続いて2人も上がってきた。
反対の岸には未だにムカデがたまっている。
川を渡れないようだ。
勢い余って飛び込んだのもいたようだが、
下流に流されていったのが見える。
「助かった……」
グッタリとシュウが倒れこむ。
アルマも倒れこみはしないが、
肩を上下させている。
「手間、かけさせて、悪い」
礼を言おうとしたが、
呼吸が荒いせいで絶え絶えになってしまった。
「皆無事で良かったです……」
「……本当にすまなかった」
「助、かったから、許したるわ……」
全員の呼吸が整うまで休憩をとることにした。
最初はじっとこちらを窺っていた向こう岸のムカデも諦めて木の影へと消えていった。
一番疲労の激しかったシュウが落ち着くまでには10分ほどの時間を要した。
川岸からすぐのところで森は途切れていた。
走ったおかげで予定より早い時間で目標まで辿り着けたのはラッキーっちゃラッキーだろう。
せっかくだからもう少し進んでも良かったが、
誰一人としてそれを提案するものはいなかった。
いつも通りにキャンプの用意をすると、
初めて本当に落ち着くことができた。
「さっきは本当にすまん」
「もうええって。そろそろウザいわ」
ちょっと怒られた。
本来ならそろそろ鍛練の時間だが、
今日はもういいよね的な空気が流れていた。
鍛練の分も体力使ったから許されるだろう。
無駄に遅くまで起きている理由も気力も無かったので、
さっさと毛布に潜り込んだ。
泥のように寝るってこういうことなんだろうな……。




