出発準備は早急に
ちょっと不思議な話になります。少しホラーやグロい表現もありますので苦手な人は注意してください。
とは言え次の話までは上の表現は薄いです。
さて、あの若者が来てから今日で三日。殿下も義務である仕事をこなしつつ、若者から色々な話を聞いている。が、村の人々からしたら「何をちんたらしてるんだ!」と怒りの声も聞こえそうだ。
「なあ、その白杉ってのはどんな植物なんだ?俺聞いたことないけど?」
「それはそうだよ。最高級品で、王宮にもあるか怪しいもの。」
「……国外専門に売ってるのか?」
朝御飯の里芋の煮っころがしを頬張りながら嫁さんは疑問を口にした。食べ物飲み込んでから話そうね?
「私も知識としては知ってるけど、現物は見たことはないね。元々神聖な木だから伐採も制限があって……だから白の国では少ないけど一番の貿易の要だったりするんだよ。」
「……ふーん…パンダ外交みたいなもんか?」
まぁ、近からずも遠からず。
「魔物が嫌がる性質があるから他国でも重宝される……勿論他にもそんな植物はあるけれど、貴重性と柔らかな色合いの木目も人気の秘密かもね」
「――で、何でその白杉問題にレンが借り出されるんだよ……」
何故ってそれは殿下が自分の目で見たいってご意向だからだよ。王も「百聞は一見に如かず」って乗り気だし。下っ端には拒否権なぞ無いのさ。
「俺も行きたい……」
「護衛として?」
「ギルドでも護衛依頼が来ていた……レンが行くなら受ける」
「何もそこまで……」
「レンの手料理が食べられないなら、例え忙しくて料理できなくても一緒にいた方が幸せだからだ!」
あえて嫁さんの顔を顔文字で表すなら
(`・ω・´)☆キリッ
である。腹が立つほどどや顔である。
「何だろう……何かイラッとする」
「えっ!何で!?Σ(゜Д゜)」
「うん、何でだろうねぇ~」
ま、それはおいといて、
若者の話から推測される事柄を国の重鎮達と話し合い色々と決めてから殿下は出発するようだ。
それに加えて周りも「お供にはウチの息子を!」とか、「我が娘は回復術に長けていましてなぁ」と、あからさまに王妃に推薦したい貴族達や息子共々出世街道に上りたい奴らの所為で更に出発は遅れている。殿下も殿下で仕事最低でも二週間分は終わらせなければ行けないので疲労が溜まっている……この調子でいつになったら出発出来るのやら。その前に殿下が疲労で倒れそうだ。
「護衛依頼って規模は?」
「殿下の部下なのに知らないのか?」
「あの調子ででは手紙で聞くのも憚られるだろ。徹夜明けで仕事をするサラリーマンも真っ青な程やつれているのに…」
「何だろう……急に親近感がわいてくるな…」
ま、催促しなくても殿下の方が途中経過を手紙で報告してくれるのでいいのだ。家臣としては失格だが、余計な荒波を立てるよりはマシだろうね。
私は敵が多いから。
「依頼を受けられる位は上級から。前衛職と後衛職各2名ずつ。他に回復職も2名。後は推薦枠で3名かな……レン、俺を推薦してくれ。支部長権限で」
「―――珍しい。私にお願いするなんて明日は雨かな?」
日頃何故か私にお願いする事に抵抗がある嫁さんが真剣な顔で頼むなんて……余程何かあるのだろうか?
それともさっきの(`・ω・´)キリッは本気だったのだろうか?
「まぁ、そこまで言うなら……久々に支部長権限を使おうかな」
「頼んだぞ!」
必死に頼んでから口に目一杯ご飯を入れてモグモグ……味噌汁で飲み込んでご馳走さまと言って早々に行ってきますと言って出ていった。
―――あぁ、藍苺……
………お弁当をすっかり忘れているよ?
私は忘れられたお弁当をもって行くついでに嫁さんを支部長権限で推薦する手続きをしに行きたくもないギルド本部へと向かうのだった。
正直行きたくない……
********
いつ来ても賑やかな酒場兼カウンター前は、いつもより騒がしかった。
「だから!何で王太子の護衛依頼は中級には回ってこないんだよ!」
「ですから、これは依頼主からの要望でして……」
「依頼主からの要望はある程度反映しなければ…」
「だからお前らで説得しろよ!」
「何であたしらは受けられないんだよ!」
「俺だって腕に覚えはあるんだ。たかが位で受けられないなんざ……」
うわぁ……話しかけたくない雰囲気。絶対あの人たち私に突っ掛かって来るよ…
案の定というかお約束というか…文句を受付嬢に訴えていた人たちは私が来たことを知るや否や私を取り囲んだ。おおよそ20人……皆実力は中級は確かにあるギルドの稼ぎ頭達だった。
うちのギルドに依頼される殆どが中級位の依頼ばかりだ。上級から上も勿論毎日舞い込んでくるが、数は圧倒的に少ない。定期的に自分の位の依頼をするくらいで日頃上級から上の位の者はのんびり過ごしたり、嫁さんの様に小さな仕事をこなしているかのどちらかだ。
ま、嫁さんの様な者は稀だけど。
そんな訳で日々討伐やら何やらで働いている中級の彼らにとっては上級から上の者達は日頃ゴロゴロしている父親並みにウザいと思っている存在なのだ。
まぁ、有事の際は誰よりも命を賭けて闘うのだから面と向かっては抗議はしない。
が、彼らにとっては腹立たしい事に変わりはなくて……ちょっと複雑なのだ。
で、今回一応支部長として来たので装いもそれらしくしていたのが不味かった……
「おい、支部長さんからもあのお嬢さん達に言ってくれよ…」
「一番闘いに出てるあたしらがどうしてハブられるのさ。説明しな」
「たった一階級違うからってこんなのってないだろ!」
「俺らだって腕っぷしはあるんだ」
「こんな護衛依頼くらい楽勝だろ」
戦果を上げたいのか、報酬の金額に目が眩んだのか……それとも己がプライドか……どちらにしても私や受付嬢を大勢で囲んで抗議する時点で及第点はとてもあげられない。
「今より上の位の依頼を受けたければ自分の位を上げなさい。それが出来ないなら嫌味も不満も言わずに自分の力量を認めなさい。これでは月を欲しがる駄々っ子だ」
「な、」
「なん、だとぉ……」
「ガキがいい気になんじゃないよ!」
「親の七光りが偉そうに…」
「ガキに何がわかるんだよ!」
この面と向かって喋っている5人以外は汚い野次を飛ばし殆ど何を誰が言っているのかもわからない状態だ。言いたいことがあるなら一人一人この5人見たいに堂々と啖呵切ってみなよ。
「親の七光り、大いに結構。言いたいならどうぞご勝手に……どちらにしてもあなた達はこの依頼は無理です。身の程を弁えなさいな」
完全に油に火を注ぐ。何を言われても決まりは決まり。ギルドに所属する前にきちんと説明を受けたことも忘れているのか?
「それにこの依頼は少数精鋭が依頼主の要望ならどうしたって覆りませんよ。それに、あなた達に王太子殿下の命を守る責任も重圧を背負いきれますか?」
こう言うとすっかり野次は止まり煩かった酒場は水を打った様に静かになった。
「王太子殿下に何かあればそれは護衛のあなた達に全責任がのし掛かるんですよ。勿論そんなあなた達を推薦したギルドも存続が危ぶまれます……ここに所属する全ての人々を敵に回したいのならどうぞ。勿論失敗した者は……命がどうなるかは言及しませんが」
安易に首が飛ぶとは言えないが、推薦したものもその命が脅かされる結果になるだろうね。だから今回の依頼は上級者も受けたがらないようだ。
母さんと父さんが選りすぐりを選抜するだろう。
諦めたのか怖気づいたのかは知らないが苦虫噛み締めた顔で囲っていた人々は散らばっていった。
上級から上の位はギルドの顔だ。
度胸と根性もそして腕っぷしも必要だが、それよりも自分の力量を見誤らない事も必要なんだ。
だから必然的に上級から上は人数が少ない。
さて、邪魔が入ったが漸くと受付嬢に話し掛けられる。全く、アイドル並みに回りに群がってたな。
「どうも、お口が軽くなってきた受付嬢さん。この前はどうも、」
「あ、」
狐火のランプの件、忘れたわけではないからね?
君たちの仕事は守秘義務ってものがあるのをお忘れなく……
「あれがどんな物か知ってて教えただろ……この事は上に報告しておくから」
「ご免なさい」
「それでは済まなかったらどうするんだか……」
「私もつい口が滑って……」
「今後はこんなことがないように。それと、さっきも騒ぎになってたけど、あの護衛の件で推薦状を持ってきた。ギルド長に取り次ぎを」
「畏まりました…」
「ご自分の父親でしょ?どうして普通に会いに行かないの?」
「今日は支部長として来た。だからギルドの規定に従う」
「……はい。分かりました。」
もう一人と話していると通信機で父さんに取り次ぎをしているもう一人も終わった様子。便利だな内線通信。ウチにも貴族街の館と雑貨屋の直通の通信機欲しいわ。
「紅蓮支部長、ギルド長から許可が降りました。ギルド長室にお越しくださいとのことです」
「分かった。」
前にも一騒動あって来たギルド本部の階段。この広い建物には上の階に行くのにはこの階段しか存在しない。だからあの時も忍び足でこの階段を上ったのだ。防犯のためとか行っていたが、逆に誰でも上がれるので逆効果な気がしてならない。
向かうは2階の奥にあるギルド長室。長い廊下を進むと大きな扉がこれぞ偉い人の部屋感を醸し出している。
ノックしてもしもーし……
「失礼します、紅蓮です。」
「入れ」
「失礼します。」
前に来たときよりも多少部屋が散らかっているが、父さんは家に帰っているのだろうか?
この部屋の荒れようから父さんの帰宅頻度が分かってしまう……多分今回のことで缶詰めになってるもよう。南無南無…
「推薦状を持ってくるなんて珍しい」
「藍苺がどうしても…と」
「それはもっと珍しいな」
「ええ、負けず嫌いがどうしたのか…」
羊皮紙に書いた推薦状を父さんに渡し推薦するという用事は一応終わった。
父さんも仰々しく受け取りサラッと見て佇まいを普通に戻す。
ここからは普通に親子に戻る。息苦しいの二人とも嫌いだから。
「さぁーてと……殿下の護衛依頼のせいで俺はここ三日ほど缶詰め何だが…」
「私はこの事が解決するまで離れることになりますけど……今休みたいなら代わりに私が決めましょうか? 代わりにいつ終わるかも分からない旅に出ますけど」
「いや、すまなかった紅蓮……お前も大変だな」
「8年前の黄の国に置き去りにされた父さん程ではないです」
「さりげに傷を抉るなよ……」
あの時の悲壮感はスゴかったと後に皆が語ってました。ドンマイ、父さん!
「まあどうせ誰も受けたがらないからな~。本気でどうしようか迷ってたんだ。先ずは一人決定だな。」
「依頼人数に私は入ってないからね」
「なぬ!? ……やっぱりダメか?」
「ダメだね。ギルドとして行くわけじゃないし」
「ぬぬぬぬ……」
これは困ったとばかりに悩み始めた父さん。そんなに決めるの難航してるのか……苦労が絶えないねぇ。ガンバ。
「仕方無いか、こちらが指名して強制的に決めてしまうか」
「なるべく穏便にね」
「あぁ、彼らも比較的穏やかな性格だが、気に入らないことに関しては容赦ないからな~はぁ……」
難航している父さんには悪いけど私はこれから嫁さんに弁当を届けるという重大な使命があるのでさっさと部屋を出る。後ろで「薄情者ぉぉぉ」と叫ぶ声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだ、そうに違いないうん。
受付嬢に嫁さんの行っている依頼場所を聞き出し――渋ったのでランプの件を無しにするのと引き換えに聞き出し(言い忘れていたのが役立った)――目的地までまた歩いていく……。
依頼場所が貴族の家って事に一抹の不安があったが、仕方無い。お腹減らした嫁さんは泣き出すんじゃないかと思うほど涙目で帰ってくることになるし……前世はこんなことなかった……よね?
――いやぁ…あったかも。ここまで酷くはなかったけど、悔しそうに帰ってきてたね。
女に生まれ変わってから性格って変わったもんね……前よりも増して泣き虫にたったし。
ま、泣き虫なのは昔っからだけどさ
依頼場所の貴族の家は貴族街でも結構奥まった場所にあった。貴族街の大通から外れたその場所は陽当たりも良くないジメッとして……何だがキノコが生えても不思議ではないと思った程。
門の前で少し入るのを躊躇った……が、入るしかない。少し腹をくくり入ろうとすると不意にクラウドが止めた。
《マスター。この館は少々…いえ、かなり厄介な状況ですよ》
(詳しく話して)
《はい、マスター。この館から大量の湿気が出ています。妖気は感じられませんが……何か結界のようなもので覆われています
(そう……確かにここらの湿度は異常なほどあるけど……妖気は全く感じな……ん?)
《どうしましたマスター?》
全く妖気を感じないだって?
貴族の館で?
庶民じゃなくて貴族の館で?
あり得ない……
妖気とは人間で言えば魔力。魔力が全くない人間はあのイガグリこと大雅の母親・舞子しか存在しない。
貴族でも微々たる魔力しか持たない者も確かに居る……が、全く無いなんておかしな話だ。
魔力0=魔素に対する抗体0で生きていることなんて出来ない。ただ一人舞子を除いては。彼女は一応腐っても神の黄童子の加護があるので平気だ。
で、もしもそんな存在が居たとして、一人くらいなら分かる……が、貴族の家には使用人や他にも家族は居るだろう。妖気が存在しないなら無人……だが、ここに来た藍苺は?
藍苺も妖怪の血を引く人間だ。しかも祖母はこの世界でも屈指の妖怪の一族。例え藍苺自身が力を使うことができなくても妖力はその身に存在している。それもかなり強く
なら、どうして全く妖気を感じないか?
(答えは簡単)
《……何かで蓋をすれば臭いを感じないのと一緒ですね!》
(外側に妖気を漏らさない程の密閉……かなりの手練れかな?
あ~あ。私も色々と面倒後とが付きまとう体質だけど、藍苺も大概だよね~。夫婦してこれってかなり大変だわ~。
(もうすぐお昼だし、さっさと潜入して届けないと…)
《マスター…私思うのですが、論点はそこではない気がします》
(この館の問題を解決するのはあくまでついで。それ以外に異論は認めない)
だってこの厄介事を認めたら癪なんだもの。
「(謀ったように藍苺を出汁に使った感が否めない……この黒幕簀巻きにして目抜通りに吊るしてやる!)」
変なところで意気込んでいた私であった。




