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*2*

 あの駆け出し冒険者の客が帰ってからまた暇になってしまった。



 今日の売り上げはあの灯火の呪文書だけか。まぁ、昨日の売り上げが今日と合わせて……ま、黒字だけど。元手がタダ同然だから滅多なことでは赤字にはならないだろうけど。


 だからこそこの下町で破格の安さで商売していれる。王の手助けもあったにはあったけどね。




「それでも暇なことは……いや、逆に考えろ。暇だからこそ趣味に没頭できる時間があると!」


《逆の発送ですね?》


「いや、何をお届けするのさ。発想ね。ま、無理な発想の転換だよ」



 転換されてるかも怪しいけどさ。要は違う考えに変えようって……話?



「それにしても、クラウド久しぶり…?だよね。ここ二日ほど見てなかったけど…散歩にしては長かったね」


《今の自分の故郷を見てきたんです……》




 クラウドは猫又という妖怪だ。何年も生きると猫は尾が二又に別れ化け猫に転じるらしい。


 が、クラウドは普通の猫から妖怪になったわけではない。死んだ母猫から生まれた珍しい生まれながらの猫又だったりする。確かに猫又という妖怪は珍しくもない。猫又が親なら子供も猫又……妖怪として生まれてくる。しかしクラウドの母猫はごく普通の猫だった。


 それが少し厄介だったりするわけだ。私は気にしてないけど。




「帰郷するなら言ってくれればいいのに…」


《帰郷と言っても何も無い荒れ地ですから……何も無いですし》


「それでも一言いえば秋刀魚の一匹でも持たせたのに……お供えものに」


《母には鯖を持っていきました……充分ですよ。》


「それ一昨々日のおかずだよね? 自分の分を減らすくらいなら言ってよ……二切れにしたのに……それに鯖は悪くなりやすいから危ないよ?


「母の好物でしたので……それにお供えものですから母がお腹を壊す事も無いでしょう? つまみ食いした者までは責任を負えませんが」




 そう言うとクラウドは光の加減で青く見える灰色の毛並みの姿を現して笑っていた。尻尾も笑い声に呼応してゆらゆらと機嫌良さげに揺れていた。



《それにしてもマスターは身内に対して甘すぎますよ》


「いいんだよ、その分皆も優しいから……それに外では冷徹無慈悲で通ってる白龍のトウ子爵の皮被ってるんだし……息抜き息抜き♪」


《半分以上が息抜きですよそれでは…》



 この頃のみんなの私に対する発言が過保護すぎる。私はハイハイも儘ならない赤ん坊かっ!




《所で……マスター?何をしているのです?》


「よくぞ聞いてくれました!」



 いそいそとカウンターの引き出しから取り出したのは色とりどりの正方形にきっちり裁断された色紙。正方形に切る技術なんて進歩していないこの世界ではひと束の価値が金貨一枚分の値があると言われるほど……とっても贅沢品。


 なら一介の下町雑貨屋がどうして持っているか……と言うとですね―――前にちょっと大きな依頼がありまして、白の王が直々に褒美をくれると言ったので思いきって「正方形にキチンと切られた色とりどりの色紙が欲しい」って言ったらポンッとくれましてね……ポケットマネーで出したといってましたね。

 部下の褒美は必要経費じゃなくて自腹って辺り好感が持てましたね。流石稀代の名君。



 さて、何を作ろうかなぁ……母さんも私の我が儘を聞いてくれて折り紙用に正方形の紙を用意してくれたけど――勿論母さんの生産系チートを駆使して作った物――流石王族御用達の和紙……丈夫でなめからな手触りで折るのが勿体無い。


 やはり一重に折り紙と言っても複雑な折方をする物は和紙に限る。どうしても西洋紙は何度も折り目をつけるとボロボロになって切れてしまう事があった……ま、この世界では紙と言えば和紙と羊皮紙位なんだけどね、今のところ……母さんが作り出したら普及しそうだ。洋紙も勿論母さんが作ったものが内にはいっぱいあります。というか、普段使っている紙はこちらです。



 何を折ろう……そうだ、この真っ赤なベルベットの様な手触りの和紙で薔薇を折ろう。一重咲きに八重咲き……折方は今でも覚えている……前世から細々した単純作業は結構好きだった。

 それが今では薬の調合やら工芸品の製作に役立って入るのだが……この折り紙だけは商売に役立ててはいなかった。あるとしても薬をくるむ時に蝋紙を折るくらいかなぁ。



 クラウドに器用だと誉められながら薔薇を折ること30分ほど。できた数は6個。まあまあの出来だった。昔ならもう少し早く折れたけど……ま、ブランクが長すぎたか。


 さて、お次は何を折ろうかな?


 う~ん……あ、ユニット折りでも折ろうかな。



 ユニット折りってのは一枚で1パーツ折り、大体30パーツ以上を組み立てて多面体を作る折り紙のこと。花のくす玉とか結構カラフルで華やかなものもあった。でも、この色紙で折るにしては……勿体無い。



 なら何を折ろうかと悩んでいると、店の外からこちらに向かってくる足音が……そしてカランカランっ…とドアベルが鳴り響いた。


 こんな日にお客が二人も来るなんて……




 きっと今日は厄日だ。



 そう思った。





 入ってきたのはボロボロで色褪せた服を着てボサボサの頭をした若者だった。嵐の中を不眠不休で飛ばしてきたかの様な格好は……厄介な事を運んできたと私は直感した。




「はぁ…はぁ――あの、ここは……燈家所縁の――」



 そう言い切らずに若者はバタリと大層な音をたてて倒れた。起きる気配がないので一先ず店内の一角に設けてある今日は火が灯っていない囲炉裏脇に寝かせておいた。



《マスター……この方腹部と両足に軽度の打ち身があります。それと慢性化した栄養失調も》


「やれやれ……お粥なら食べられるかな?」



 そして粥の匂いに飛び起きた(飛び起きた拍子に落っこちて強かに尻を強打した)ボロボロな風体の若者は粥を喉に詰まらせるハプニングをかましたが、当初の目的を思いだし手紙を差し出した。



 この手紙の差出人……聞いたこともない村の村長からであった。若者に聞くと白杉村と言うらしく昔はその地方に沢山生えていた白杉(頭の天辺から足の爪先まで真っ白、木目も真っ白で高級木材)を切り出し生計をたてていた木こり達の村。

 だが、今では白杉は一本も生えておらず、また、鹿や他の草食動物による田畑の被害が甚大で過疎かも進み滅びを待つだけだとか。



 どうもどこからか聞いたのかそんな村を助けて欲しい……と地方のお役所すっ飛ばして私に来たらしい……ナニガドウシテコウナッタノヤラ…



 このボロボロの若者も日頃の食料不足で疲労困憊の中を何とかここまではたどり着いた……と。



 この人には悪いが、私の仕事はあくまでも殿下方から来る依頼。それも普通では手が出せない様なものだったり、ちょっと厄介なものだったり……厄介なものって辺りはあってるけど


 この依頼はお役所の仕事。管轄がいもいいとこ……なんだが……



 この哀れな青年を見ているとどうみても貧乏くじ引かされたって感じで見捨てられない気がする。

 村の人たちもこれを見越してこの青年に託したのなら……その考えは見事に成功したわけだ。



「私の一存ではどうにもできませんので、しばしお待ちを…」



 依頼を受ける受けないに関係なくこの“下町の雑貨屋店主”の姿では出来ない。私が手紙を上司“燈子爵家当主”に渡すと言って粥のお代わりと沢庵を少し多目に出して裏に引っ込む。


 そして姿を真っ白にしてあたかも今しがたこの店に到着したとひと芝居を打つ。転送陣で来たと言えば納得するこの世界グッジョブ( ̄▽ ̄)b


 思わず絵文字をつけたくなるほどに。





「さて、店主から手紙は預かった……過疎化の進んだ村をどうにかしたければ地方高官に――とはいかないのだろ? だからここに来たと…」


「は、はい! その、お手間をお掛けして申し訳ありません……その、我が村はなんの取り柄もなくなってしまい、唯一の林業も出来ず…動物の被害も尋常ではなく……どうにかお力添えをお願い致したく」


「地方高官に訴えない理由を聞きたい」



 出来るだけ偉そうに、でも、そこまで高圧でなく気だるげにして話を聞く。不思議なことにこんな態度だと相手はさっきまでの店主と同一人物だと気がつかない。

 そして偉そうにしていないと他の貴族になめられるのでいつもこんな感じに振る舞っている。こんなことで気を使うって貴族様も大変だねぇ~。



 地方には決められた役所が設けられていて、その地の管轄の役所にそれぞれ色んな物事が集められる。水害然り疫病然り……そして地方では決められない事柄は中央の王宮に最終的に集められる。


 そして地方はこの村を見捨てることにしたようだ。殿下にも一応王宮に伝えられている村の状況を手紙で聞いているところだ。殿下が暇ならば直ぐに返事が来るだろう……


 いくら地方の判断とはいえ、王の許可なしにひとつの村を放置することは認められない。手が空いてなくても、彼ら地方高官は集められた要望を中央に集める……それが仕事なのだから。

 それを怠っていたのなら……厳しい処罰もあり得る。



 中央から遠く離れると勝手し放題の王様気取りがたまに出てくるので中央も目を光らせている……筈なのだが……もしかすると中央の高官もグルかもしれない。杞憂で終われば良いのだが。






 ボロボロの若者も悪かった血色が少し良くなってきた。そして私は話終え粥をかっ込む若者を横目に腐った貴族たちのしそうな事を考えていた。

 すると店の玄関のガラス窓に何か固いものを叩く様な小さな音がした。見てみると窓の向こうで白に黒の模様が美しい隼が伝書鳩用の止まり木に止まっていた。



「流石王宮の最速伝書鳥……一番速い隼を寄越しましたか…」


「っ!!!」



 ドアを開けて遣いの隼を腕に乗せる。本来なら猛禽類の爪って鋭くて革製の厚手の防具が何か着けるものだけどそこは妖怪。例え服の上だろうと素肌だろうと傷1つつかない鋼の肌ですから無問題。


 あ、それと粥を頬張りながら驚いて喉に詰まらせないように。熱くないからといってかっ込むと痛い目見ますよ。



 白い隼は口に咥えた手紙を私に差し出し「早く受けとれ」と鋭くて可愛らしい目で睨んでくる。キミこの間カラスに追いかけ回されてたよね?誰が助けたのかよーく思い出してみなさい。



「クエッ!?」


「はい、一先ず手紙は受け取った……ほら、褒美だ」



 咥えていた手紙の代わりに兎天用のウサギ肉を渡し戻るように腕を上げる。すると「もう用はない。貰って嬉しくなんかないんだからな!」と目で語りながら振り向き様に私を見ながら飛び去っていった。


 流石王宮のエリート。素直じゃないところも天下一品なのね。あんな態度ながら一姫様の前ではデレデレな癖に……あの隼一応飼い主は一姫様ってことになってるんだよね。


 ただ、優秀だから白の王も伝書に使ってたり……多分今回も嫌々来たんだろうなぁ。



 ご主人様の前では妙に素直な隼が届けた手紙を拝見して一言言いたい……



 ―――あの王さま王太子殿下に全部丸投げしやがった!?!



 王としての責務の一環か?



 手紙にはこう書いてあった。





 ―――――拝啓、我が息子の腹心、白龍の子よ。今回の件についての報告は聞いた。我も過疎化の進む片田舎の村々については日々頭を悩ませておる。我が国にとっても白杉の材木は貴重な資源、何か対策を取りたく思う。だが、私が直々に動けば煩く喚く毒物も居ろう……今回の件について我は手を出せぬ。王宮のタヌキ共も煩くて敵わんからな。


 許せ白龍の子よ。我は動けんのだ。


 だが、そのままにしておくこともできん。なればこの機会に息子である王太子に世間というものを見聞させるのも吉と思う。


 我は直接動くこと叶わんが、王太子を通して出来ることは協力しよう。


 その村について我が聞いている報告は王太子に託しておる。直ちに王宮に参りその若者の話とやらを聞かせるがよい。――――




 一枚目の手紙はそこで終わっている。二枚目を複雑な気持ちで読み始める




 ―――して、藍色の花は今もそなたの家の庭で咲いているだろうか? そなたに預けてから八年の月日が過ぎ去った。朱李らが立ち上げた“ギルド”からの噂は良う耳にする。決して良い父親では無いが、あの花が誇らしく咲き誇って居ることを切に願う。あの花には言わぬことだ、我がこのようなことを宣うなど決して口にするな、よいな。



 白龍の子だけならば王宮の門も容易に開くのだろうが、些か心配故、手紙と共に命令書も同封するとしよう。どうも昨今門番の質が落ちている気がするのだ。我が国は問題が大積よ。


 件の若者はそのままの格好で連れてくるがよい。王宮に籠りがちな者達に外がどの様な状況なのか知る良い機会だ。その者が恥と拒むならば言ってやれ“身を粉にして税を納める姿が恥ではない”とな。


 門番が渋るのならば、命令書を鼻先に叩き付け堂々と入ってこい。



 その者達、そしてそなたに幸多き事を心より願う。

            白の王 



 追伸 敬具と書き忘れたすまん。――――





 締まりの無い手紙であった。



 三枚目の手紙は書いてあった命令書。しかも王だけが触れることを許された判が押されてある。どんなに門番が拒もうとも入ることが出来るだろう。


 実際首が飛ぶのは拒んだ門番の方だ。



 しかし……若者をこのボロボロの姿で連れてこいとは…酷なことをする。彼にだって羞恥心は有るだろうに。



 だが、これも王命……勅令だ。逆らうことはない。勿論王の言葉は彼に伝えよう。だが、端っことは言え王が管理する役所を信用していないのに王の言葉が心に届くだろうか?


 私なら鼻で笑う




「――――っとまぁ、王は貴殿に登城する様にとのことだ。しかもその格好で……」


「構いません。おれのこの格好が……何か役に立つのなら。恥なんて持ってても腹の足しにもなりゃしない」



 少し心がズキリと痛んだが、今その事を考えたところで話は進展しないので足早に最低限の支度をしてお腹一杯粥を食べた若者を引き連れ王宮へと向かったのだった。






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