小さな花
灰色の都心のアスファルト
草花を阻害するための防壁の
ほんの僅かな隙間から
その花は咲いていた
小さな花を咲かせていた
真っ赤な花を咲かせていた
有働清一には娘がいた。
妻はいなかった。
病弱だった彼女はもういなかった。
病弱であるとわかっていながら妻にした女はもういなかった。
危険だとわかっていながら産んだ子供と引き換えに、有働の短い甘い幸福な結婚生活は終わりを告げた。
それでも男は幸福だった。
愛するものがいなくなっても、代わりに愛する者がいたから
愛しい娘が生きていたから
体の強さまで母親とそっくりな娘でも、父親にとってはそれだけで生きている価値があったから
トントン
有働花怜の病室のドアをノックする音が聞こえた。
寝そべっていた花怜の小さな手が、読んでいた本のページを閉じた。
続いて
カシャカシャカシャ
ドアを引っ掻く音が聞こえた。
半開きだった花怜の瞼が全開して、たちまち花のような笑顔が咲いた。
少し慌てるように、横たわった体をベッドの上に座らせた。顔がほのかに上気して、白い顔に赤みが差している。ドアを引っ掻く音が『ある特定の人物』の来訪を表していることを、花怜は知っている。
「ばあっ!」
ドアの陰から、清一のおどけた変顔が覗いた。鼻の穴に人差し指と中指を入れて、白目を剥いている。
花怜は爆ぜたように笑った。
父親は変顔がウケたと思っていて、娘の笑いが嬉し笑いであることは理解していない。
「花怜、今日はオミヤゲがあるぞ~」
清一の片手には、小さな鉢植えの花があった。
「おとうさん、これ、何ていう花?」
花怜の質問に、清一は固まった。この専門馬鹿の研究医は、花の知識などからっきしだ。
「…花怜、これはな…『元気な花』だ」




