歌
過去ブログ掲載歴あり
日が暮れてどのくらい経ったろうか。
そこは空爆後の廃墟のようだった。完膚なきまでに破壊し尽くされた建物は、砂に埋もれた遺跡にも見える。足元に注意しながら先に進む。ふと前を見ると赤い光がチラチラと輝いている。誰かが火を焚いているのだろうか。
--ああ、どうか人がいますように……。
僕は祈りながら光に向かって歩いていった。
苦労して残骸を乗り越え、目前までたどり着くと、少し警戒しながら壁の向こうから洩れる光を覗き込んだ。
人だ。生きている人だ。
僕は息を呑んだ。光はやはり焚き火だった。周りには5、6人の男が火を囲んで座り込んでいた。皆、毛布のようなものを頭から被っている。
どうしよう、やっと見つけた人たちだけど、近づいても平気だろうか。
身じろぎすると、足元の小石がカラカラと音を立てて落下した。それに気づいた一人が、顔を上げて僕の方を見た。顔立ちはわからなかったけれど、若い男だった。
彼は僕の姿を見止めると、ゆっくりと手招きをした。
大丈夫だ、きっと悪い人たちじゃない。
僕は決心して彼らに近づいていった。
「よく無事だったな」
別の一人が声をかけてきた。
僕はぎこちなく頷くのがやっとだった。
見知らぬ存在にこれほど安堵したことはなかった。もうくたくたで何も出来ない。考えることさえ億劫なほど、自分は疲れていたのだとぼんやり思った。
ちらっと横を見ると、彼の足元に古びたギターが置いてある。
僕の視線に気づいた彼が皮肉な口調で言った。
「残ったのはこれだけだ」
「そう」
特にどうとは思わない。皆似たり寄ったりだからだ。
「歌える?」
「ああ」
彼を見上げると、どこかで見たことがある顔だった。
そうだ、彼はたしか歌を生業にしている人じゃなかっただろうか。こんなことがないかぎり、言葉を交わすことさえ考えられないくらい彼は有名な歌手だった。
僕は小さく笑った。
こんな事態に陥ったのも悪夢のようだけど、こんな人と普通に出会って話しをするのも夢みたいだ。
「歌ってくれる?」
無意識に言った言葉に自分で驚いた。大胆で突拍子のないことを言ってしまった。
彼は一瞬、目を見開いて小さく苦笑すると、静かにギターに手を伸ばした。
オチなし