ポラリスまで
ポラリスまで行こう、とお前が言ったんだ。だから俺は最低限の荷物とポラリス行きの切符を持って列車に飛び乗ったんだよ。
深い藍色のボックス席に座り、俺は窓の外を見る。お前と違って俺は星座に詳しくないからさ。時折止まる駅の名前も知らない名前ばかりだ。俺が知っているのは行先のポラリス、それだけだった。何でだろう、その名前だけは覚えたんだよ。地球から見て一番北に輝く二等星。お前がその名前を教えてくれた時、瞳がにわかに瞬いたのを覚えている。多分、そのせいだ。きっとお前にとって特別な星なのだろうと思ったんだ。
一定のリズムを刻みながら、列車は走る。車内は静かで、時折他の乗客のひそかな話し声や口ずさむ歌が聞こえた。俺は鞄から苹果を取り出し、ひと口齧る。果実の爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。そういえば、昔こんな話があったな。友人と二人、銀河鉄道に乗り旅をする話。確か、あの話の中でも二人は苹果を齧っていた。行先は違ったが、今の俺はさながらあの主人公のようだ。だとすれば、ほんとうのさいわいとやらについて思いをめぐらす必要があるだろう。あの話の中で二人は答えを見つけたのだろうか。結末を、上手く思い出せない。
俺にとっては、お前にめぐり逢えたことこそがほんとうのさいわいだったよ。馬鹿な俺と違ってお前はたくさんのことを知っていたし、だからといってそれをひけらかすようなこともしなかった。ただ静かにそこにいて、そっと微笑んでいる。お前はそういう奴だ。時々誰よりも遠くを見つめるような目をしていた。その度に俺はお前がいつか本当に遠くへ行ってしまうような気がして気が気じゃなかったよ。笑うなよ。俺は今真面目に話しているのだから。
だから。だからさ。お前がポラリスへ行こうって俺を誘ってくれたのは本当に嬉しかったんだ。馬鹿で物覚えも悪い俺なんかがお前の話し相手になれるとはとても思えなかったけれど、それでもお前と旅ができると思うと、遠足前の子供みたいにはしゃいじまった。当日までを指折り数えてさ。今日が来るのを本当に、本当に楽しみにしていたんだ。
とっさの出来事だったんだってな。車に轢かれそうになった子供を、お前が助けたのは。だけどお前は、――……。
お前は今、どこにいるんだろう。北の果て、ポラリスに着いた時、俺はお前の存在を確かめることができるのだろうか。もう手の届かない場所で、お前はやはり静かに微笑んでいるのだろうか。お前が座るはずだった空席に、持ってきたもうひとつの苹果を置く。俺は自分の苹果を齧る。僅かな塩分を含んだ味。もう一口。もう一口。滴った果汁が腕を伝う。
ポラリスに向け列車は走る。
さびしい星の海の中を。




