第7話「勇者との邂逅」
翌朝。
拠点の畑に立ちながら、俺は胸の奥に重い圧を感じていた。昨夜の星空の下で誓いを立てたばかりだというのに、勇者一行の影がすぐそこまで迫っている。
空気は湿り気を帯び、森の奥からは人の気配が漂っていた。焚き火の煙のにおいすら風に混じり、鼻腔を刺激する。
「リオ……」
エリナが不安げに袖をつかむ。
「心配するな。俺たちはもう、ひとりじゃない」
横に立つアレンが剣を握りしめた。
「来るぞ」
やがて木々の間から姿を現したのは――忘れもしない顔ぶれだった。
勇者カイル。魔法使いルーナ。僧侶マリナ。そして新たに加わったらしい見知らぬ戦士が二人。
俺の心臓は強く脈打った。かつて俺を「無能」と切り捨てた連中。だが今はもう、かつての俺ではない。
「……ここにいたのか、リオ」
最初に口を開いたのはカイルだった。以前と変わらぬ傲然とした声。
「雑用の無能が、随分と立派な家を建てたものだな」
その視線には侮蔑と驚きが混じっていた。
「あなたがここに……」
マリナが小さくつぶやく。彼女の瞳は揺れていた。あの時と同じ、同情とも憐れみともつかぬ視線。だが今の俺に、その目は刺さらなかった。
「リオ、あんた……生きてたのね」
ルーナが鼻で笑った。
「でも、無能は無能。ここで畑でも耕してるのがお似合いよ」
その言葉に、エリナが一歩前に出ようとした。だが俺はそっと手で制した。
「……俺は無能じゃない」
静かに告げる。胸の奥から熱が溢れ出す。
「俺は神の加護を受けた。《創耕》の力を持つ者だ。居場所を追われたが、ここで新しい居場所を築いた。……二度と、あんたたちに否定させはしない」
カイルが薄く笑った。
「ほう……随分と口が達者になったな。だが、俺たちが戦い続けている間、お前は何をしていた? 畑をいじるだけか」
「畑を耕し、食を生み、人を生かす。……それこそが、この世界を支える根幹だ」
俺の言葉に、ルーナが嘲笑を漏らす。
「理想論ね。魔王を倒せなければ世界は滅ぶのよ。そんな悠長なことを――」
その時、アレンが一歩踏み出した。
「理想論じゃない。俺は見た。リオが大地を操り、魔獣を縛り上げる力を。……彼がいたから、俺は生きてる」
勇者一行の視線がアレンに向かう。金の髪に古びた鎧、鋭い剣の眼差し。
「お前は……アレン? 南部の傭兵団を抜けたと聞いたが」
カイルが眉をひそめる。
「俺はもう放浪に疲れた。だからここで新しい居場所を得た。それを壊すなら……たとえ勇者でも容赦しない」
その声には剣よりも鋭い決意が宿っていた。
「……ふん」
カイルが肩をすくめた。
「俺たちの目的はあくまで森の調査だ。無能がどうなろうと知ったことじゃない。ただ……」
その目が鋭く俺を射抜いた。
「邪魔をするなら、切り捨てる」
緊張が走る。手が汗ばみ、心臓が早鐘を打つ。だが俺は一歩も退かなかった。
「ここは俺たちの拠点だ。……誰であろうと、奪わせはしない」
エリナが小さな声で言った。
「リオさん……私も、守ります」
彼女の手には薬草で作った煙玉が握られていた。
アレンが剣を構える。
「やるなら――受けて立つ」
三人が並び立つ。
勇者一行と、追放された俺たち。
かつて同じ道を歩んだ者たちが、今や「居場所」を賭けて向かい合っている。
その時だった。
森の奥から突如、瘴気をまとった影が飛び出した。先日の熊よりもはるかに巨大な狼――魔獣だ。
「また魔獣!?」
エリナの声が震える。
勇者一行と俺たちは一瞬だけ視線を交わした。
敵意を忘れたわけではない。だが――。
「……今は共闘だ!」
カイルが剣を抜いた。
俺も地面に手をつける。
「行くぞ! ここを守るために!」
瘴気を裂く咆哮が響く。
新たな戦いが、今まさに幕を開けようとしていた。




