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追放された無能と呼ばれた俺、実は神々の寵児でした〜スローライフしながら気づけば美少女も最強も全部ついてきてました〜  作者: 妙原奇天


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第33話「息の数を携えて、次の交差」

 朝の畑は、吸うたびにわずかにふくらみ、吐くたびにほんの少し沈んだ。

 二本の見張り塔は低く歌い、結界布は夜の冷えを二度三度やわらげる。圧計の針は眠る子の胸みたいに浅く上下し、土の匂いは甘い。

 「東へ出る。――“次の交差クロス”を小さく見る」

 アレンが鞘を肩に、短く言った。

 俺は革袋の中身を改める。小布二枚、短杭四本、空鈴からすずひとつ、銀糸の水管。“息の帳面”と薄紙、白粉しらこ。そして、学匠院の『暮らし図』初版。端には昨日の“交差の撫でほどき”の朱が小さく載っている。


 ミリは刷りで“影印板”を梁から下ろし、子どもと年寄りの“息の数”を新しい帳面に写し替えていた。

 「橋と旅籠にも“影印”を配りに行きます。――戻ったら、合流点の板も一枚増やしますね」

 「頼んだ。字は短く、図は大きく」

 エリナが笑い、俺も頷く。地図は紙の上だけじゃない。暮らしと重ねる図もまた、地図だ。


 合流点まではもう体が覚えている。あしの根は春の水をため、輪石は“切らず、置く”でほどけたまま安定している。

 そこからさらに東へ半里。白い綾筋が互いの端を唇でたしかめるみたいに触れ、浅い窪地へと落ちる場所――『暮らし図』の余白で、朱が細く震えていた点だ。

 「《みはしら》で撫でる。半歩ずつ」

 小布を対角に二枚、短杭を足幅で二本。空鈴の揺れを確かめ、銀糸を“汗”で滲ませる。


 吸って――置かない。

 左足を半歩。

 「ここ」

 エリナの名は小さく、必要分だけ。骨でも届く輪郭。

 コン。

 アレンの一打は刃でなく“骨”で鳴り、足裏の針を止める。

 半歩。

 浅い“欠け”が胸の裏に触れては消える。二つ目、三つ目――交差は昨日のより細かい縫い目で、耳の“正時”を装う霜鳴りが多い。

 「耳を捨てて、戻りを見る」

 空鈴の錘が揺れ、戻る。

 無・名・時。半歩。

 四つ目を越えたところで、窪地の奥に布を張った屋台と木枠の舞台が見えた。旗には『見世みせ』とある。


 「旅一座か」

 アレンが目を細める。

 舞台では、三人の踊り手が“腰鈴”ではなく“布鈴”と細い空鈴を腰に下げていた。太鼓は皮を強く張らず、面の縁を撫でる“間の太鼓”。

 囃子が“無”を抱くと、観客の足は自然と半歩に落ち、空鈴の戻りで息がそろう。

 「いらっしゃい。――切らない見世だよ」

 呼び込みの女が笑った。声は大きくないが、届く。

 舞台の横には、紙が何枚も貼られていた。

 > 『歩き合印の“踊り”版』

 > 『無・名・時で渡れる橋』

 > 『布鈴の作り方』

 どれも字は短く、図は大きい。……だが、一枚だけ、首を傾げる紙が混じっていた。

 > 『楽が早いほど稼ぎが増える』

 「それは外していい」

 エリナが笑い、呼び込みの女も苦笑いで紙を剥がした。

 「まだ口上が古いままでね。――切る拍で“盛り”を作っていた名残りさ。今は“戻り”で商う」


 俺たちは『暮らし図』を広げ、窪地の交差を指さす。

 「ここは“欠け”が浅い。等しく息が戻る道が数本、南北へ走っている。――“戻りの等高線”を描ける」

 写図の女が言っていた“戻りで塗る”手つき――空鈴の戻りに時間の皺を重ねて線にするやり方――を思い出す。

 方法は簡単だ。

 空鈴の錘が行って戻るまでを、ひと息の影と一緒に薄紙へ写す。戻りの秒を刻むのではなく、戻りの“深さ”を輪郭で描く。

 半歩を刻みながら、同じ深さの“戻り”が続く場所を薄い朱でつなげる。

 等しい“楽”が続く道。疲れない踊りの帯。――地の上の“歌の等高線”。


 「一座の見世へも、線を通せる」

 呼び込みの女の目が輝いた。

「『楽が早いほど稼ぎが増える』じゃなくて……『楽が揃うほど長く踊れる』に替えるのさ」

 舞台の前で試す。

 俺たちは《みはしら》の列で半歩、踊り手は“無・名・時”を踝のバネで刻む。太鼓は“間”を示し、空鈴の錘が戻りを指す。

 観客の足が“線”の上に乗るように並ぶと、笑い声の高さが自然と落ち着いて、息が長くなった。

 「売るのは“早さ”じゃない。“長く続けられる楽”だ」

 アレンが短く言う。

 「なら看板は――『長く踊れる』」

 呼び込みの女は筆でさっと書き換えた。良い字だ。背中に空気の“間”がある。


 等高線を三本描き終えたころ、窪地の北側で耳を刺す“偽の正時”が一度鳴った。

 氷鳴りでも、金物でもない。――細い金筒の笛、古いやり方の旅商いだ。

 「まただ」

 アレンが鞘を傾ける。

 笛の音は半拍早く、人の足を揃えはするが、土地の“戻り”を削る。

 俺は一座の舞台の端に、新しい“のり”を一枚足した。

 > 『呼び込みと呼吸』

 > ・声は小さく、届けばいい。

 > ・空鈴の戻りに合わせて言葉を置け。

 > ・耳の拍は欺かれる。戻りを見る。

 > ・“早さ”は売らない。“息が続く楽”を渡す。

 呼び込みの女はその紙を高く掲げ、笛の商いへ向かって静かに読み上げた。

 声は小さい。けれど、届く。

 笛の男が足を止め、空鈴の錘の戻りを二度、三度と眺めた。

 やがて、懐から細い糸で吊るした“鳴らない鈴”を取り出し、腰へ結わえる。

 「……こっちの方が、長くもつか」

 「そうだ。――長く、楽に」

 エリナが笑い、男も小さく笑った。過去ごと否定しない。息が続く方へ連れていけばいい。


 午後、等高線は五本に増え、窪地は“楽の帯”で緩く塗られた。

 俺は『暮らし図』の余白に線を移し、端へ小さく注記を添える。

 > 『戻りの等高線』――空鈴の戻りと息の影で結ぶ。読むときは息で読む。

 旅一座は“楽が長く続く帯”に舞台の足を合わせ、屋台の湯気を帯の外へ逃がす布の向きを覚えた。

 「“規”は道具。暮らしが先」

 呼び込みの女が最後に一行を加え、子どもに小空鈴を渡した。

 子どもは自分の“戻り”を見て、自分の“今日の限界”を笑って言えた。

 「今日はここまで!」

 言えることは、守れることだ。


 帰り際、交差をもう一つ撫でほどく。

 吸って――置かない。

 「ここ」

 コン。

 半歩。

 等高線の一本が合流点へ細くのび、合流点の“影印板”へ通じる道筋が“歌の地図”のなかではっきりした。

 「地図の余白が、また少し狭くなる」

 アレンが呟き、俺は朱の筆を拭った。

 狭くなると言っても、塞ぐのではない。息で埋まる余白だ。


 根合ねあいの畑へ戻ると、夕餉の湯気は控えめに、小屋の匂いは低く甘い。

 ミリは梁に二枚の新しい板を吊った。

 『息の数の地図(合流点)』と『息の数の地図(交差)』。影印の層が一日ぶん増え、半歩の列が細く繋がる。

 「橋と旅籠にも貼りました。――“息で読む”が受けましたよ」

 「字は短く、図は大きく、息で読む」

 エリナが繰り返し、マリナの祈りの小札が梁の陰で小さく揺れた気がした。


 夜。

 塔の梁に掌を当て、無拍をひとつ落とす。

 置かない一拍に、土がやさしく頷く。

 結界布は風をやわらげ、見張り塔は交互に低く歌う。

 ふかい地の底で、二拍。

 ――コツン、コツン。

 遠い。急かさない。

 俺は『暮らし図』の端に今日の等高線を小さく足し、巻き直した。

 《ここにいます。いきます。》

 夢の糸が胸の裏で細く張り、朱の線のさらに先――地図の余白の、蜂蜜色に滲む小さな盆地を指した。

 盆地の名はまだない。

 だが、戻りは深い。楽は長い。――そして、古い刻みの影が、かすかに見えた。


 灯を落とす前に、俺は手引きの末尾に二つ追補を貼った。

 > 『戻りの等高線・描き方』――空鈴の戻りと息の影を薄紙へ写し、同じ深さを朱で結ぶ。耳の拍は捨て、戻りを読む。

> 『間の見世の規』――声は小さく、届けばいい。早さを売らず、長く続く“楽”を渡す。湯気は少し。布は風上へ斜め。

 ミリは目を輝かせ、刷り間の梁にそれも吊るした。


 “輪”は眠り、“綾”は歌い、“暮らし図”は薄い寝息をたてる。

 地図の余白は、朱の線と、影と、戻りでゆっくり埋まっていく。

 焦らない。

 明日は盆地の縁――戻りが最も深い帯へ、小さく踏査に出る。名は急がず、息で。


(第33話・了)

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