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追放された無能と呼ばれた俺、実は神々の寵児でした〜スローライフしながら気づけば美少女も最強も全部ついてきてました〜  作者: 妙原奇天


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第30話「根合の畑、春の仕度」

 朝の風は、冬の刃をすっかり脱ぎ、甘い湿りを少しだけ含んでいた。

 二本の見張り塔は低く歌い、結界布は夜の冷えを二度三度やわらげ、畦はゆっくり呼吸している。圧計の針は眠る子の胸のように浅く上下し、土の香りに金属の尖りはない。

 「春蒔きの段取り、今日じゅうに決めよう」

 アレンが鞘を肩に、短く言った。

 「根菜を一段増やす。蜜煮が“のり”の場でも役に立った。旅籠に卸す分も要る」

 「葉ものは“間引き菜”を多めに。祈りは息だけで置けますし、忙しい朝に向く」

 エリナが苗床の縁を撫でながら頷く。

 俺は膝をつき、掌で畦の刻みを確かめた。《創耕》を薄く走らせ、去年の杭根くいねに若い木繊を噛ませる。塔の足元の木も、冬の縮みからすこし背を伸ばした。


 小屋の裏には、板刷りの机と版木が並ぶ“刷り”ができていた。ミリが上袖をまくり、墨とにかわをゆっくりと練っている。

 「『手引き・遠征仕様』、第三刷に入ります。……橋と旅籠から追加、北の小集落は“雪線章”が欲しいって」

 「頼んだ。――字は短く、図は大きく」

 エリナが“名の置き方”の余白にひとこと添える。

 > “置けない日は、置かなくてよい。その日は息だけ置く。”

 ミリは顔に墨をつけたまま、満面でうなずいた。


 午前のうちに畦を一筋掘り直し、川から銀糸の水を“走らせすぎない”角度で誘う。結界布の端は指二本ぶんだけ下げ、風の層を丸く保つ。塔の縄は毛羽立ったところを巻き替え、支柱をコン、と“正時せいじ”で打って響きを確かめる。

 「音が甘くなったな」

 アレンが笑う。良い甘さだ。家の匂いに、土がふっと頷くような甘さ。


 昼餉は薄いスープと昨日の蜜煮の端。湯気は急がず、鍋は低い火の上で小さく笑う。

 「《柱歌はしらうた》、簡略を試したい」

 スプーンを置きながら言うと、アレンが顎を引いた。

 「“六人一本”は遠征向け。畑の中では三人で十分だ」

 俺は地面に三角を描く。

 「三人版《柱歌みはしら》――“無・名・時”を一人ずつ。布は二枚の対角で薄層、短杭は二本で足幅、銀糸は“汗”。空鈴からすずの戻りを合図に、半歩ずつ回る」

 エリナは“名を骨で置く”型の訓練から声つきへ戻し、喉の“わだち”を整える。

 「名は小さく。届けばいい。叫ばない」

 マリナが息だけで祈りを置き、ルーナは氷の薄刃で布の縁の乱れを撫でるだけに留める。

 「切らず、置く」

 四人目の手は今日は要らない。三人で“柱”になる。


 試す。

 吸って――置かない。

 半拍遅れて、

 「ここ」

 コン。

 半歩。

 畦の刻みがふっくらと息をする。塔の芯が低く、気に入ったように鳴った。

 「十分だ」

 アレンが小さく頷く。

 「“塔なき場所”でも、三人いれば家は立つ」


 午後は“暮らしの綾”の見回りだ。ロウが広げてくれた地図の余白には、朱の細線が畑から綾橋へ、さらに谷の旅籠へと細く伸びている――俺たちの“歩き無拍”と、息で揃った暮らしの跡。

 「今日見るのは、ここ」

 ミリが小指の先で朱の端を指す。

 「橋と旅籠の中間に、糸が細く絡んだ地点。……“細い合流点”」

 俺の胸の裏側で、昨夜の夢の“糸”がすっと伸びた気がした。

 《ここにいます。いきます。》

 眠る輪“ねわ”の、言葉未満の返事。糸が、東へかすかに張る。


 装備は軽く。小布二枚、短杭四本、空鈴ひとつ、銀糸の水管を短く巻く。唄杭は座に立てず胸で温め、苗鍵なえかぎは布袋へ。

 「ミリは刷り間と圧計、頼む」

 「任せてください。……“影印かげいん”の紙も作っておきます」

 影印――息の白や空鈴の戻りを記入する薄紙だ。見える拍の手帳。良い名だ。


 畑から半里ほどで、浅い窪地に出た。背丈の低い茂みと、石の輪。囲炉裏の名残のような小さな円が、白い綾筋の上にいくつも点々と残っている。

 「ここだ」

 俺は空鈴の紐を腰へ固く結び、小布を対角に置く。短杭は足幅で二本、銀糸は“汗”。

 《柱歌みはしら》で曲がり角をく。

 吸って――置かない。

 「ここ」

 コン。

 半歩。

 輪石の内側で小さな“欠け”が湧く――昔、この輪の内だけ拍を“切って”舞う祭があったのだろう。綾の筋が輪石に“逆綾さかあや”で縫い付けられている。

 「無を長く」

 喉を落とし、空白ではない“在る”を抱く。

 「名は小さく」

 エリナの“ここ”が輪石の外縁に届き、コン、と“骨”の一打が針を止める。

 半歩。

 輪石は音なしでほどけた。石は石に戻り、白い筋の呼吸は“コツン、コツン”のやさしい二拍へ。


 窪地の奥に、細い水みち。湿りの匂い。あしの根が浅く、春の芽をためている。

 「“細い合流点”だ」

 朱の糸がここで、息を吸うように膨らんで見えた。地図を見ているわけではないのに、胸の骨がそう告げる。

 空鈴の錘が揺れて、戻る。

 「《歩き合印》を“踊り”に替えて、“渡し”にする」

 俺は小布を少し離して二枚、葦の間に“息の道”を作る。

 段取りは《無・名・時》。半歩ずつ。

 葦の穂先がゆっくり頷き、湿りの匂いがやわらぐ。

 葦の根――水と土のさかい――は、門の輪ではない。歌う井の側でもない。けれど“暮らしの綾”が交わる場所には、息の道が要る。

 「渡れた」

 エリナが小さく笑い、空鈴の揺れが落ち着く。

 「“規”(のり)を置いていこう」

 板刷りから抜いた薄紙に、簡単な図を添える。

 > 『細い合流点の渡り』

 > 一、布は二枚、対角に。

 > 二、《無・名・時》。半歩ずつ。

 > 三、輪石は“切らず、置く”でほどける。

 > 四、湯気は少し。葦は寝かせよ。

 石の縁に紐で結わえ、誰でも見える高さに吊るした。


 帰り道、北の小集落の若い連中が木の籠を担いでやってきた。

「種、分けに来た」

 彼らの腰には“空鈴”、足取りはゆっくりで、息は揃っている。

 「掲示、見たよ。輪石のやつ。試したら、楽だった」

 「祭りの“切る拍”に慣れすぎててさ、そっちの方が疲れるって分かった」

 笑いながら、籠から穀の種と山菜の根を少し交換した。暮らしの綾は、こうやって物の行き来にも薄く写る。


 夕刻。

 塔の影が畑をまたぎ、結界布は金色の風をやわらげる。

 俺は塔の足を抱く根へ《創耕》を薄く走らせ、撚りの緩んだ束を噛み直した。アレンは縄の毛羽を焼いて整え、エリナは唄杭を胸で温める。

 「三人版《柱歌みはしら》、畑の“しるべ”に入れよう」

 俺は手引きの末尾に追補を書く。

 > 『柱歌・三人版みはしら

 > ・《無・名・時》。半歩ずつ。

 > ・布二枚、対角。短杭二本、足幅。

> ・空鈴の戻りを見る。耳の拍は欺かれる。

> ・塔なき場所、狭い渡り、輪石のほどきに向く。

 ミリが版木に小さく刻し、刷り間の梁へ干す紐を一本増やす。


 黄昏、見張りの番を交代する頃、畦の向こうで野兎が一度だけ耳を立てた。風上から、甘い匂い。旅籠の女将が干した果の蜜煮を、少し分けてくれたのだ。鍋にひとかけ落とすと、家の匂いが静かに濃くなる。

 「食べて、耕して、眠って、起きる。祈って、刃を鈍らせず、無拍を落とす」

 エリナが名だけ置く。

 「ここにいます。今日も、生きます」

 土はふくらみ、芽は微かに背伸びする。


 夜。

 小さな火。薄いスープ。灯は低く、布は風をやわらげる。

 塔の梁に掌を当て、無拍をひとつ落とす。

 置かない一拍に、石がやさしく頷く。

 眠る輪“ねわ”は深く静かで、夢の糸は細いまま、しかし切れない。

 ――ふかい地の底で、二拍。

 コツン、コツン。

 遠く。急かさない。

 「焦らない」

 自分に言い聞かせる。明日は畦をもう一筋増し締めし、刷り間の増刷を手伝い、午後は“細い合流点”へもう一度――今度は子どもにも“渡りの遊び”を教えよう。


 寝床に入る直前、ロウから短い紙片が届いた。

 > “地図の余白、南の谷にも細い朱。

 >  旅の者が『手引き』で“歩き無拍”を覚えたらしい。

 >  暮らしの綾は、道ではなく息の数。

 >  増やそう。――ロウ”

 ミリは目を輝かせて紙を両手で掲げ、刷り間の梁にそっと留めた。

 「“息の数”の地図、素敵です」

 「息で埋まる余白なら、いくら増えてもいい」

 アレンが笑って鞘で地をコン、と一打。

 “コツン、コツン”――畑の奥で、二拍が穏やかに応えた。


 夜更け、薄い眠りの底で、夢の糸がまた一度だけ震えた。

 《ここにいます。いきます。》

 輪郭は相変わらず稚い。だが、もう迷わない。

 「ここ」

 名だけ。

 糸は緩まず、細い合流点の方角へ、確かな張りを保った。

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