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追放された無能と呼ばれた俺、実は神々の寵児でした〜スローライフしながら気づけば美少女も最強も全部ついてきてました〜  作者: 妙原奇天


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第23話「石の歌、綾の道」

 朝の風は乾いていた。二本の見張り塔は低く歌い、結界布は夜の湿りをほどよく返して畑の上に薄い層を残している。圧計の針は眠る子の胸みたいに小さく上下し、土の匂いに金属の尖りはない。

 「行こう。――綾の筋を辿る」

 アレンが短く言い、俺は“携帯の”を確かめた。三つ折りの小布一枚、短杭二本、細い水管。唄杭は座に立てずに胸で温め、苗鍵は袋に収める。エリナは水袋と白粉、祈りの小札の束を腰に下げた。

 「留守はミリに任せます。板刷りの配布と、狼煙台の見張りも」

 ミリはやる気の目で頷き、圧計の携帯針を掲げてみせた。

 「“息だけの祈り”も練習しておきますから。行ってらっしゃい!」


 北東へ半日。森が浅くなり、地表が白っぽい層をのぞかせる。足裏がかすかに“鈴”を鳴らした。

 「石が歌ってる」

 エリナの囁きに頷く。

 白い筋が幾重にも走る岩棚――水晶の細脈が織物のように交差し、光を拾って“あや”を作っていた。筋と筋が合流する節に靴を置くと、腹の内側へ“コツン、コツン”と二拍が落ちる。焦らない、呼ぶ拍。門の輪ではない。井――水と石のさかいの“息の口”。

 「試す」

 俺は小布を広げ、短杭二本を足幅に差し、銀糸の水を指先ほど通す。携帯の座。

 「吸って……置かない」

 無拍。

 置かれなかった一拍が岩へ沈み、腹で二拍が返る。間合いは柔らかく、こちらの“”に少し寄る。

 「ここ」

 エリナが名だけを息で置いた。返事はない。けれど二拍はほんの少し、やさしくなる。

 「悪くない」

 アレンが刃を抜かず、鞘で岩の縁を一度だけ“正時せいじ”に撫でた。切らない、撫でる。掘り子の刻みが教えるとおりだ。


 綾の筋は岩棚から浅い尾根伝いに延び、要所に古いのみの跡と柱穴が残っていた。掘り子の古道だ。ほどなく、小さな凹み――“歌う井”が現れる。

 携帯の座を置き、無拍を落とし、二拍を確かめ、記録する。――三つ目の井で、違和感が走った。

 「……拍が、裏返る?」

 腹で受けた二拍のうち、一拍目が“置く”へ滑り、二拍目が半拍早く突き刺さる。こちらの無拍を“反転”させる“縫いステッチ”のような場だ。

 「“逆綾さかあや”の縫い目だろう」

 アレンが眉を寄せ、指先で白い筋をなぞる。

 綾が綾に縫い合わされ、織り目が表裏をねじっている。無拍を落とすと、向こうから“置く”が半拍早く返り、呼吸を引っ掛ける。これが続けば、祈りは乱れ、足はもつれる。


 「歩いて越える“合印あいいん”を試す」

 携帯の座を二組、少しずらして並べた。小布と短杭を斜めに重ね、二人分の“家の層”をつくる。

 「手順。――俺が“無拍”を落とす。半拍ずらしてエリナが“名”だけ置く。アレンは鞘で足元の“正時”を一打。三つが揃えば、裏返りの針目に“家の間”が挟まる。歩幅は半足だけ前へ」

 「はい」

 「任せろ」


 吸って――置かない。

 半拍遅れて、

 「ここ」

 エリナの名。

 コン、と鞘の正時。

 足を半歩。

 逆綾の縫い目の上で、空白が崩れず、名が裏返らずに届いた。

 「もう半歩」

 吸って、置かない。名。正時。半歩。

 “コツン、コツン”――腹で受ける二拍は、やや歪みながらも、こちらの“間”に合わせて落ちてくる。

 「いける」

 四歩で縫い目を渡りきり、携帯の座を崩す。息は乱れていない。胸に、小さな安堵がひとつ落ちた。

 「戻り線も試す?」

 エリナが目で問う。

 「帰りは“名→無→正時”。針目が裏返るなら、こちらも裏順にすればいい」

 戻りも成功。逆綾の縫い目は“歩き合印”で越えられる。


 進むほど、綾の筋の節は太くなり、歌う井の間隔は詰まっていった。岩の端に稚拙な刻み――

 > “ここで迷うな。息を止めるな。置かない”

 掘り子の誰かが、同じ罠に出会ったのだ。

 やがて、東側から金属の触れ合うかすかな音。

 「前方、気配」

 アレンが囁き、俺たちは声を抑えて携帯の座を片づける。白い筋の合流点の向こう、低木の影から見慣れた姿が現れた。

 「遅かったな」

 カイル。後ろにルーナ、マリナ、そして風下を押さえる戦士が二人。

 「綾の筋を追っていた。輪じゃない。歌う井だらけだ。……こっちは“逆綾”で二度ほど手間取った」

 ルーナが杖で白い筋をつつき、肩を竦める。

 「無拍が裏返って“置く”にされるのよ。氷で縁を固めても、拍そのものは返ってくる」

 「“歩き合印”で渡れる。二人の層で挟むやり方だ」

 俺たちは手短に手順を伝え、実演した。

 吸って――置かない。

 「ここ」

 正時。

 半歩。

 ルーナが目を細め、珍しく素直に頷く。

「理に適ってる。無拍を“無”として渡すんじゃなく、“在る”として運ぶのね」

 マリナは祈りの小札を握り、そっと息だけを置いた。

 「息を守れ」


 合流してなお少し進むと、綾の筋は浅い谷の底で大きく縫い合わさっていた。――“縫いぬいば”。白い筋が楕円を描き、その周囲に小さな歌う井が八つ、等間隔で並ぶ。

 「ここが“合流点”か」

 カイルが周囲を測るように目を走らせる。

 「中央に立つと、逆綾が四方から刺さる。歩き合印で八方を一周して“間”を揃えれば、縫い返しが解けるはずだ」

 「輪の合印と似ているけれど、綾のは“歩き”が要る」

 俺は小布を二枚、対角に置いた。携帯の座×二――挟みながら回る。

 「段取り。――俺が無拍、エリナが名。カイルが正時で“時の針”を置く。ルーナは冷の縁で暴れを抑え、マリナは息だけの祈りで層を柔らげる。戦士二人は風下の押さえ」

 「了解」

 「了解」

 短い返事が気持ちよく並ぶ。


 始める。

 東の井から。吸って――置かない。

 半拍遅れて、

 「ここ」

 正時。

 半歩。

 南東へ、南へ、南西へ。

 歩幅は崩さず、無拍と名の間隔も崩さない。逆綾の針目は四方から刺してくるが、二枚の小布の層が空白を支え、正時が揺れを戻し、冷の縁が暴れを固める。

 五つ目の井で、針目が意地悪く早まった。

 「前へ半足!」

 アレンの声が鋭く、俺は半足分先に無拍を落として針目の“先”へ回り込む。

 「ここ」

 名が間に滑り込み、正時が針を止める。

 六、七、八――

 最後の井で、一瞬だけ“置く”が早く刺さりかけた。

 「無を――長く」

 自分に言い聞かせる。

 喉を落とし、吸った息を“在る”ままに長く保つ。置かない。けれど“空白”ではない。家で学んだ“間”。

 「ここ」

 エリナの名が淡く、しかしはっきりと重なる。

 正時。

 半歩。

 ――縫い目が、ほどけた。


 楕円の内側で、二拍は穏やかに一つの速度へ落ち着き、歌う井は“コツン、コツン”を揃えて響かせた。

 「やった」

 ルーナが肩の力を抜き、マリナの頬に笑みが浮かぶ。

 カイルは短く頷き、目を綾の先――さらに北東へ向けた。

 「ここから綾の筋は二手に分かれる。北は岩脈の高まり、東は谷へ沈む筋。――東の先で“綾の筋”が薄く切れていると報告があった。誰かが“縫い”を乱しているかもしれない」

 「“鉄の手”ではないだろうが、乱し手がいるなら、手引きの敵だ」

 俺は小布と短杭を回収しつつ言った。

 「ここに“しるべ”を残す。――“歩き合印で渡れ。息を止めるな。置かない”」


 日が傾き、岩の綾が蜂蜜色に滲む。合流点の外れに小さな野営を敷き、携帯の座は畳んで枕元に。

 エリナは唄杭を胸で温め、マリナは祈りの札を小さく折り、ルーナは氷の縁を夜露よけに薄く寝かせ、アレンは鞘で地を一度だけ正時に打つ。

 「……生きて、また会う」

 カイルの不器用な挨拶に苦笑しながら、俺は火に少しの水を注いで湯気を上げた。家の匂いを小さく、しかし確かに。

 遠く、岩棚の奥で“コツン、コツン”。

 呼ぶ拍は急かさない。

 「明日、東の薄れた箇所を確かめる。――“乱し手”がいるなら、暮らしの“間”でほどく」

 「はい」

 エリナが名だけ置く。

 「ここにいます。今日も、生きます」


 夜。星は濃く、綾は低く歌う。

 俺は掌を小布の上に置き、無拍をひとつ落とした。

 置かない一拍に、石がやさしく頷く。

 “輪”は眠り、“綾”は歌う。

 暮らしは、そのあいだを歩いていく。

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