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追放された無能と呼ばれた俺、実は神々の寵児でした〜スローライフしながら気づけば美少女も最強も全部ついてきてました〜  作者: 妙原奇天


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第22話「手引きと携帯の座」

 翌朝は風が軽かった。二本の見張り塔は低く歌い、結界布は夜の湿りをほどいて、畑の上にやさしい層を残している。圧計の針は眠る子の胸みたいに小さく上下し、土の香りに金属の尖りはない。

 「やろう、仕上げだ」

 俺は机へ向かい、昨日の素案に指を走らせた。ミリが紙の端を押さえ、エリナが図の余白に“名の置き方”の注意を添え、アレンは刃の章の「切らずに打つ」を三行で締めた。


 見出しは暮らしの言葉にした。

 > 『家の拍の手引き』――布は風を嫌わず、粉だけ押し返す/畦は四隅を“正時せいじ”で打つ/水は糸の細さで十分/祈りは名だけでもよい/置けない日は“息”だけ置く/合印は“無・短・無”

 図は大きく、字は短く。術の名は削り、手の動きと“”を描いた。折って使える小布の畳み方、短杭二本の角度、銀糸の通し方、狼煙の色と灯の替え方まで。

 「“携帯の”も章にする」

 俺は巻紙に新しい項を立てる。

 > 旅のための仮の家拍――小布一枚、短杭二本、細い水管、息。

 > 小布は三つ折り、風の面をつくる。杭は足幅に開き、内角を鈍角に。水は指先一筋。

 > 置くのは“無・短・無”。名は声でも息でもよい。

 ミリが目を輝かせる。

 「旅籠の子でも読めます。板刷りにしましょう」


 俺たちは裏手の小屋に移り、薄い板を削って版木をこしらえた。アレンが刃で線を起こし、俺が彫りくずを払う。煤とにかわを混ぜた墨を刷毛でのばし、ミリが紙をあてて手のひらで均す。ぺたり――一枚目が上がった。

 「いい黒」

 エリナが頷き、乾かす紐を張る。昼までに二十枚、夕方までに五十枚。端は穴を開けて紐を通し、壁に掛けられるようにした。

 配り先は三つ。森辺の伐採小屋、谷筋の旅籠“サワラの枝”、北の小集落。どれも瘴の名残を抱えた場所だ。


 最初は伐採小屋。昼前の斜光が木肌を白くしている。大工の父子がのこを止め、俺たちの手引きを覗き込んだ。

 「布は――嫌わず、押し返す?」

 父親が眉をひそめる。

 「風は通す。粉だけ柔らかく戻す。――試すか」

 俺は小布と短杭で“携帯の座”を組み、息だけで無拍を落とした。置かない一拍に、空気がはっきりと層を持ち、木屑の舞いが緩やかになる。

 「……ほんとだ」

 少年が目を丸くし、父親が短く笑った。

 「これなら、うちでもできる」


 つぎは旅籠“サワラの枝”。帳場の女将は疑い深い目だったが、煮炊きの匂いを“家の拍”に乗せる話になると、目尻がほころんだ。

 「祈りは名だけってのがいいねえ。忙しいと長い詞は言ってられないからさ」

 俺は土間の隅で小布を広げ、短杭を踏み、銀糸を走らせ、女将に無拍の落とし方を伝える。「息を止めるんじゃなく、息を“置かない”。でも、ここにいる」と。

 「ここ」

 女将が息だけで置いた。空気が柔らかく頷き、客間の灯がふっと息を整えた。

 「……これなら、皆ができるわ」


 北の小集落は、古い畑の石垣が残る場所だった。子どもが三人、結界布の風下で遊び、老人が石に腰を下ろして空を見ている。手引きを渡すと、老人は指で紙の縁を撫でた。

 「“置けない日は、置かなくてよい”――いい言葉だね」

 エリナが少し照れた顔で笑い、子どもたちには短い布と杭を一本ずつ渡した。

 「遊びながらでも“無拍”は置けるよ。ほら、歩きながら――」

 “携帯の座”の稽古はそこで始まった。歩きながら、息を置かずに“間”だけ落とす。足音の合間に、無音の拍を置く。子どもはうまい。大人よりもずっと。石垣の上で、結界布の風下で、村はほんの少し、家の匂いを取り戻した。


 夕方に戻ると、ロウが圧計の板を見ながら首を傾げていた。

「深層の“鉱の拍”は続いている。間隔はまちまちだが、二拍ずつ。――今日、行けるか?」

 アレンと目を合わせる。

 「行ける。手引きは回り始めた。今度は僕らの番だ」

 装備は軽く。携帯の座一式、水管を短く巻き、唄杭は座に立てずに胸で温め、苗鍵は袋に。結界布は小布に畳んで背にかけた。

 「“歩き無拍”の稽古は道中も続ける」

 俺は息を整え、畦を離れた。


 北東へ二里。森の緑が浅くなり、地表に白っぽい層が顔を出す。そこが岩棚だ。風は尾根から降り、乾いている。

 最初の一歩で、足裏がわずかに“鈴”を鳴らした。

 「石が歌ってる」

 エリナが驚いた声で囁く。

 岩棚には白い筋が幾重にも走っていて、ところどころ水晶が顔を覗かせる。細い筋は織物みたいに交差して、光を拾って“あや”を作っていた。

 岩面の端に、古いのみの跡と、稚拙な刻み。

 > “石は歌う。冷と温の“間”。

 >  打つな、撫でろ。

 >  腹で聴け。”

 掘り子の文字だ。


 俺は小布を広げ、短杭を岩の隙へ軽く差し、銀糸の水をほんの一筋だけ通す。携帯の座。

 「吸って――置かない」

 無拍。

 置かれなかった一拍が岩へ沈み、腹の内側で“コツン”が二つ返る。家の拍ではない。門の呼吸でもない。――硬いが、焦っていない。

 「ここ」

 エリナが名だけを息で置く。

 返事はない。だが、二拍の間隔が、ほんの少しだけ“こちら”の無拍に揃った。


 アレンは刃を抜かず、鞘で岩の縁を一度だけ“正時”に撫でた。

 「切らない。石は“撫でろ”って書いてある」

 ルーナがいたら笑うだろう――そう思いながら、俺は岩の綾を目で追った。白い筋が交わる節で、二拍は少し強くなる。

 「鉱の拍だ。水と石のさかいで生まれる節。門じゃない。だ」

 「井?」

 「水脈の“息の口”。ここを開けば飲めるが、苛めれば石が怒る。――封も解もいらない。ただ“間”を共有する場所だ」

 エリナがほっと息をつく。

 「誰かが“息を合わせた”記録が欲しかったのかもしれません。だから、呼んだ」

 携帯の座の上で、無拍をもう一度。

 「ここ」

 名だけ。

 “コツン、コツン”。間合いは先ほどより柔らかい。

 アレンが皮管をひと押しし、銀糸が綾の節に沿って走った。岩の表に、薄い霧がひと呼吸だけ生まれる。冷たい匂い――鉄ではない、石の匂い。

 「……悪くない」

 俺は携帯の座を崩さず、記録を簡単に取った。綾の交点、二拍の間隔、冷の匂いの薄さ、金属臭がないこと。

 「学匠院に送る。ここは触らない方がいい。飲み場でも、採掘の口でもない。――“歌う井”だ」


 岩棚の端、斜面の陰に小さな空隙があり、そこから冷たい空気が吸ったり吐いたりしていた。風穴。

 「ここで“携帯の座”の真価を試す」

 俺は布を風穴の前に斜めに立て、短杭を足幅で固定し、無拍を落とす。

 冷の刃が、布の層で丸くなった。息苦しさは来ない。足を半歩前へ出し、また無拍。

 エリナも同じ間で歩き、アレンが後ろから“正時”を一打。

 「……歩きながらでも“間”は保てるな」

 風穴の奥から、鈴のような高い音が一度だけ鳴り、すぐ消えた。

 「乱さないうちに戻ろう」

 携帯の座は布と杭を乾かし、銀糸の水を切って丸め、胸で温度を保つ。


 帰路、歩き無拍の稽古は続いた。

 「吸って――置かない」

 足音の合間に、言葉にならない“在る”を落とす。森の陰に、小さな野鳥が戻りつつあり、結界布の風下で野兎が草を食んでいる。家の拍は広がっていた。


 拠点に戻ると、ミリが板刷りの束を抱えて待っていた。頬に墨をつけて、目は輝いている。

 「旅籠と伐採小屋から“読めた”って返事がありました! 子どもが“歩き無拍”をもう覚えたって!」

 「上出来だ。……岩棚の報告も頼む。“歌う井”。触らず、記録だけ」

 ロウへの文を託し、ミリは荷車を押して夕光のなかに消えた。


 夕餉は、旅籠から届いた少し塩気のある干し肉と、初収穫の蜜煮の残り。鍋の匂いに、土がまたひと息ふくらむ。

 「勇者の“綾の筋”、岩棚の“綾”と似ていました」

 エリナが火を見ながら言う。

 「ああ。門の輪じゃない。石と水の織り目。――輪と綾、両方が森にある」

 アレンは鞘で塔の脚を軽く叩いて、正時をひと打ち。

 「輪は眠った。綾は歌ってる。歌を乱さず、暮らしで“間”を保てばいい」


 夜。星は濃く、結界布は風をやわらげ、塔は交互に低く歌う。

 深い地の底で、二拍がまた落ちた。

 「コツン、コツン」

 呼ぶ拍。急かさない合図。

 俺は塔の梁に掌を当て、無拍をひとつ落とす。

 「ここ」

 名だけ。

 土はうなずき、輪は静かに震え、綾は遠くで歌った。


 明け方。霧は薄く、畑は露に光る。

 ロウの返書が早馬で届いた。

 > “歌う井の記録、確かに受領。綾は水と石の織り目、拍は“冷と温の間”。

 >  井は開かぬこと。“間”を乱さぬこと。

 >  北東へ続く綾の筋で、掘り子の古道を見つけたら知らせよ。勇者の“綾の筋”と重なるかもしれん。

 >  手引きは評判上々。“携帯の座”の章が特に喜ばれている。

 >  地図の余白に、“根合の畑”の輪と、岩棚の綾を記した。――ロウ”

 紙を畳むと、エリナが静かに笑った。

「手引き、届いてる。……家が、広がってます」

 俺はうなずき、畦の端で掌を土へ当てた。

 家の拍は安定し、相輪の門“ねわ”は深く眠っている。

 そのさらに下で、綾は歌い、二拍は穏やかに落ち続けていた。


 「次は、綾の筋を辿る。――急がず、暮らしの延長で」

 アレンが塔を見上げ、鞘で“正時”を一打。

 「食べて、耕して、眠って、起きる。祈って、刃を鈍らせず、無拍を落とす」

 エリナが名だけ置く。

 「ここにいます。今日も、生きます」

 土はふくらみ、芽はほんの少し、また背伸びした。

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