表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/44

第1話「無能と呼ばれた日」

 「――リオ、お前は今日限りでパーティを追放だ」


 薄暗い洞窟の奥、血に濡れた剣を片手に勇者カイルが俺を睨み下ろしていた。背後では魔法使いのルーナが鼻で笑い、僧侶のマリナは哀れむような目をしている。俺の背負った荷物の中身は、食料や薬草を補充するために集めてきたものばかりだ。だが、戦闘の最中に直接役に立つ力を持たない俺を、彼らはずっと疎ましく思っていた。


 「無能の補給係なんて、もう必要ない。ここまで連れてきてやっただけありがたく思え」

 「……そう、ですか」


 言葉は短く、喉の奥が焼けるように痛かった。心臓を掴まれたみたいに呼吸がうまくできない。頭の中では「そんなはずはない」と「やっぱりか」がぐるぐると交錯していた。


 パーティに入った当初から、俺は役立たずだと陰口を叩かれていた。だが俺なりに努力してきたつもりだった。仲間のために薬草を調合し、道具を修理し、洞窟の罠を一つひとつ確認して進んできた。けれど、その積み重ねを「誰でもできる雑用」と一蹴されれば、反論の言葉は喉に張り付いて出てこなかった。


 「……リオ、あなたのことは嫌いじゃなかった。でも、ここから先は強い者だけで行くべきなの」

 マリナの声は震えていたが、その手は俺を助け起こすことはなかった。


 俺は洞窟の外へと追い出され、荷物袋だけを肩に担いだ。視線の先で、勇者たちの影が遠ざかっていく。胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちるのを感じた。


 洞窟を出れば、世界は灰色にくすんでいた。冷たい風が頬を刺し、靴の裏は泥に沈んで重い。歩き続けるうちに、視界が揺らぎ、地面との境界が曖昧になっていく。飢えと疲労、心の痛みが重なり、気づけば膝をついていた。


 「……あぁ、もういいや」


 小さく吐き出した言葉は、誰に届くでもなく風に散った。そのまま地面に倒れ込む。暗闇が瞼の裏からじわりと染み込み、意識を溶かしていく。


 「――おい、起きろ」


 耳の奥に響いたのは、やけに大きく澄んだ声だった。目を開けると、眩い光が視界を覆う。体が浮いているような、不思議な感覚。見渡すと、そこは白一色の空間だった。


 「ふむ……やはり気づいたか。こやつは人の器にしては、妙に澄んでおる」

 「そうね。諦めの奥に、しなやかな根がある」


 声の方を見れば、二柱の存在が佇んでいた。一人は黄金の衣をまとった壮年の男。もう一人は銀の髪を長く垂らした女神のような姿。どちらも、この世のものとは思えぬ威容を放っていた。


 「……誰だ、あなたたちは」

 「我らはこの世界を統べる神々だ。お前は運悪く倒れたが、その魂を見過ごせぬと感じてな」

 「神……?」


 夢か死後の世界かと疑うが、頬を撫でる風の感触も、胸を圧する威圧感も、あまりに鮮烈で現実味があった。


 「リオよ。お前は“無能”ではない。むしろ、我らの加護を宿した唯一の人間だ」

 「……俺が?」

 「うむ。力はあれど、時を経るまで顕れぬ。それゆえ凡俗には見えなんだろう。だが今、選択せよ。己の加護を解放し、この世界で生き直すか。あるいはここで眠りにつくか」


 胸が震えた。選択……? もう、すべてを諦めかけていた。だが「生き直す」という言葉が胸に突き刺さった。


 「……生きたい。俺は、まだ……」

 「よい答えだ」


 黄金の男神が手を掲げると、体の奥に温かな光が差し込んできた。血が脈打ち、呼吸が深くなる。背負っていたはずの重みが、まるで嘘のように消えていく。


 「加護の名は《創耕》。大地を耕し、芽吹かせ、命を育む。平凡に見えて、すべての基盤を揺るがす力だ」

 「……畑仕事の力?」

 「そう。だが侮るな。収穫は糧となり、人を集め、世界を変える。お前次第で、神すら凌ぐ土台となろう」


 銀の女神が微笑み、掌から緑の光を零した。それは小さな種の形となり、俺の胸に溶け込んだ。


 「行け、リオ。お前の望む暮らしを築け」


 次に目を開いたとき、俺は見知らぬ森の中に倒れていた。青空が広がり、鳥のさえずりが聞こえる。手を動かすと、土の感触が温かい。さっきまでの寒さと痛みは嘘のように消えていた。


 「……本当に、生き返ったのか」


 立ち上がり、辺りを見渡す。すぐそばには川が流れ、陽の光が水面にきらめいていた。少し歩くと開けた草地があり、土は柔らかく肥えているように見える。


 俺は思わず膝をつき、手で土を掘った。すると、どこからともなく緑の芽が顔を出す。まるで応えるように、土が生き生きと震えていた。


 「これが……《創耕》の力……」


 胸の奥に熱が宿り、涙がこぼれた。追放された俺に、まだ生きる意味があったのだ。


 その夜、川辺で拾った枝を組んで焚き火を起こした。荷物袋の底から、かつて仲間のために集めた干し肉を取り出し、火に炙る。香ばしい匂いが漂い、腹の虫が鳴いた。噛みしめると、涙がまた零れそうになった。


 「……ここから、始めよう」


 誰に言うでもなく呟いた。追放されても、無能と罵られても。俺は生きる。耕し、育み、築いていく。いつかこの手で、俺だけの居場所を――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ