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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第9話

「……今の話、もしかして私も入ってたのか?」

「何言ってるんだ? 当然だろ」

 水面は当たり前だと言わんばかりの顔で眉を寄せた。横の愛湖はきょとんとして首を傾げた。

「アオイ、アコ達一つの組織を潰しちゃったんだよ? もっと自覚持たなきゃ」

「誰のせいだ、誰の……」

 碧は苦い顔を浮かべた。

「私は関係ないだろ。そもそもあいつらを倒したの、あんたらだし」

 碧はほとんどその場に居合わせただけのようなものだ。しかしその言葉に、愛湖はあからさまに呆れたような表情を浮かべた。

「『ACDA』からすれば、小規模とはいえ立派な組織がぺーぺーの学生に壊滅させられちゃったんだよ? それも二十人くらいもいるメンバーが、たったの三人にだよ? めっちゃ恨むに決まってるじゃん? 絶対顔覚えられたよ?」

「……」

「それにアオイもすごく活躍してくれてたじゃん。関係なくなくない?」

 ねえ、と愛湖は水面へと同意を求めた。水面もさも当たり前のような顔で頷いた。碧は右手で顔を覆うようにして頭を抱えた。

(……前言撤回だ。求心力っていうより、人を厄介事に巻き込む才能があるだけかもしれない……)

 その強さで周りを好き放題になぎ倒し、彼女の作り出した荒波は何もかもを巻き込んでいく。逃げ出そうとした時には、もう遅いのかもしれない。

「……わかったよ」

 ため息を一つ零したあと、碧は観念したようにそう言った。

「放課後、ここに来ればいいんだな?」

 苦い顔で言えば、二人は嬉しそうに顔を綻ばせた。碧は缶を揺らしたあと、やけ酒でもするかのように残りを口の中に流し込んだ。

(……それに、この二人の出会いは複雑だしな。関係が拗れる可能性もあるし、暫くは見守っていた方がいいだろう)

 もともと二人は喧嘩を売り、そして買った関係だ。プライドを傷つけ、傷つけられた仲でもある。今はこうしてお互いの力を認め合い、相手と共に歩む決心をしているが、何かちょっとしたことでその気持ちは崩れてしまうことがあるかもしれない。そういう時、事情を知っていて仲介出来る人間が近くにいた方がいいはずだ。

(まあ……その間だけだ)

 もともと碧には水面に関わろうとする意思はなかったのだ。『角玄会』の者に言われて、渋々喧嘩を売っただけに過ぎない。その場限りの関係になると思っていたのに、随分と長い付き合いになってしまった。

「……」

 密かに小さくため息を零す。それを誤魔化すように缶を傾けると、中は既に空だった。一滴の酒が、碧の口へと虚しく落ちたのだった。




 散々食べて散々飲み、用意した物がほぼなくなった頃、三人はアーケードを後にした。アーケードから一番近い愛湖の家に寄って愛湖と別れ、水面と碧は次に近い碧の家を目指して夜道を歩いていた。すっかり夜も更けて、辺りは暗闇に包まれている。人影も全くなく、辺りは静寂が支配していた。学生が出歩くには、不釣り合いな時間帯である。しかし碧には、どこかの組織の者と鉢合わせしたらどうしようというような不安は微塵も浮かんでいなかった。なぜなら横に最強の人間がいるからである。誰が現れようが水面がいれば大丈夫だろうという絶大な安心感が、物騒な環境でも恐怖を消してくれていた。

「今日は本当にありがとうな。一緒に来てくれて、本当に助かった」

 水面は二人きりになると、律儀にお礼の言葉を再度述べた。碧は隣で暗い道をゆっくりと歩みながら、首を横へと緩やかに振った。

「もともと助けられたのはこっちだからな。ほとんど何もしてないし、礼はいらない」

 水面はその言葉に小さく笑みを返した。そして顔をあげ、夜空を見上げる。星が煌めいているが、月は雲が覆い隠しているようで見えなかった。

「こんなに遅くなっちゃって、心配しないか? 母親」

「……してるかもな。帰ったら謝らないと」

 母親に何も言わずに出てきてしまった挙句、こんな深夜に帰宅することになってしまった。こんなに遅い時間に家に帰るのは初めてだ。心配をかけているかもしれない。

「ずっと思ってたけど、アオイは母親思いだよな」

 水面は褒めるように柔らかくそう言った。碧はなんだか照れくさくて、無意味に塀の間に生えている雑草へと視線を向けた。

「……別に、なんにも親孝行出来てないから、気に掛けるくらいはしないとな」

「いや、それが立派な親孝行だよ」

 後輩のくせに、なんだか訳知り顔で水面はそう言った。

「……ミナモは母親、いるのか?」

 ちらりと横を見やる。水面は紺色のストレートヘアーを揺らして首を縦に振った。

「いる。今日もたぶん娘の心配なんかせずに呑気に寝てるよ」

「そりゃそんだけ強ければ心配する必要ないだろ」

「あはは。本当、その通りなんだよな。お母さんはあたしの強さを信頼してるから、基本的に自由にさせてくれるんだ」

 それはそれで、なんだかいい関係だ。自分の母親に不満などないが、隣の芝生は青く見えるという奴で、碧はなんだか羨ましく思えた。水面は遠い目をして、穏やかな口調で続けた。

「あたしはさ、ずっと自分が普通の家庭にいると思ってたんだ。金持ちではないけど、家があって、母親も存命で。お母さんは怒ると怖いし小言も言うけど、仲は普通に良くて、いつも一緒に食卓を囲んでさ。たまに喧嘩もするけどお互い信頼し合っていて、まあこんなもんかな、これが普通かな、って。……でも、周りの話をきいて初めて、如何に自分が恵まれてるかって気が付いた」

 水面の口から、アルコールの抜けきっていない息が白く吐き出される。この時間の気温が冷えているためなのか、身体が火照っているためなのかはわからなかった。

「娘に全く無関心でたまにしか会わない親、実の娘を金儲けのために怪しい施設に売った親。あいつらにとってはそれが当たり前で、あたしの親の話をした時、二人はぽかんとした表情をしていて。その時、自分がいかに幸せな環境にいたのか悟ったんだ。娘に指示を出したりしないし、娘を騙したりもしない。愛情をもって接してくれることって、実は凄い事なんだ、……って」

 風が吹いて、体温を下げていく。碧は足を動かしながら、水面の言葉に静かに耳を傾けていた。

「それで……お母さんにすごく感謝しないといけないな、って思ったんだ。だけどなんだか気恥ずかしいし、どうやって伝えたらいいのかわからなくて、結局戸惑うだけで何も出来なかった。だから普段から気遣っているアオイはすごく立派だと思う。母親も嬉しいと思うぞ」

 水面は横の碧へ顔を向け、小さく笑んで見せた。そして、暗い道の先へと顔をあげる。少し声色を落として、独白のように続けた。

「その時、お母さんに感謝するのと同時に、思ったことがあって……あいつらに母親の愛情みたいなものを、少しでも教えることは出来ないのかな、って。あたしは母親じゃないから、まあ無理なんだけどさ……でも傍に人がいる心地良さみたいなものは、きっとあたしでも伝えられると思ったんだ。無関心で命令ばかりしたり、怪しい場所へ置き去りにしたりするような奴ら以外の人間もいるんだぞ、って。ずっと傍にいて心地良いと思える人間もいるんだぞ、って。そう伝えたかった。……そう、思ってたんだけど。結局傍にいる心地良さを教えられたのは、あたしの方だった。あたしの方が、いつも教えてもらってばかりなんだ」

 水面は閉じた瞼の裏で、その大切な友達を思い描いているようだった。その顔はこれ以上ない程優し気で、穏やかだった。

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