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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第58話

 背中全体に、真っ二つにされたような衝撃が走った。先程の刃物の突き刺さった時の比ではない。思わず身体が前につんのめる。背中一面が焼け爛れたように熱かった。背中の皮膚が裂け、血が溢れだすのが嫌な感触とともに伝わってくる。全身を稲妻のように駆け巡った痛みのせいで、身体が硬直して思うように力が入らない。そのまま碧は、抱きかかえた学生とともに地面へ叩きつけられた。下敷にしてはまずいとなんとか必死に力を振り絞り、直前に学生の身体を横に放ったために彼女の上に落ちることはなかった。地面に擦った頬が、近づいてくる足の振動に震えた。どうやら追いつかれて、背中をノコギリで切られたらしい。碧はぎこちなく顔を動かし、学生へと視線を向けた。彼女の身体は投げ出されたようだが、新たな外傷はないようだった。相変わらず肩を震わせ呻き声を漏らしていて、足の怪我の痛みに必死に耐え続けているようだ。彼女は、まだ死んでいない。碧が「逃げて」となんとか叫ぼうとしたところで、再び無防備になっていた背中をノコギリが一直線にぶった切った。深く抉れただけで貫通はしていないらしく、碧の身体がバラバラになるようなことはなかった。それでもその激しい痛みは身体をズタズタに引き裂かれたかのようだった。大事な血管が、ブチブチと切れていく感覚。血が必要なところに届けられることなく、ただただ零れて溢れ出ていく。切られたところは燃えるように熱いのに、身体の奥は不思議と冷えていく。全身を絶え間ない痛みが駆け巡り、苦しい。頭がぼうっとしてきて、視界がくらんだ。

(……痛ぇ)

 碧は顔を歪めた。霞む視界の中で、地に伏せた少女が肘を使って僅かに前進したのが見えた。足のない中でも、彼女は生き延びようと必死なのだ。

(……私がこの三人を引き付けていたら、彼女は逃げ切れるだろうか)

 頭が上手く働かない。後ろから無邪気な笑い声がきこえてきて、それが碧には酷く耳障りにきこえた。痛みに支配された身体は、もう動かない。鉛のように重く、地面に横たわるだけだ。

「こいつの手足を全部切って、部屋に飾ろうよ! 姫月ちゃんもきっとびっくりするはず~」

 後ろからきこえてきた声を、碧の耳は辛うじて拾った。苦痛に囚われた思考が、その言葉に再び覚醒する。『姫月ちゃん』。彼女はそう言った。やはり、彼女達が姫月の仲間であることは間違いないようだ。しかし言い方からして、どうやら姫月の与り知らぬところで行動しているらしい。倒れて動けない碧の身体に、再びノコギリが振り下ろされ、突き刺さった。思考が散って、頭が真っ白になる。肩から中央に向かって、焼けるような熱を帯びた。もはや痛みが支配していて、腕が切断されたかどうかすらわからなかった。とにかく痛くて熱くて苦しくて、動かない。感覚はあるはずなのに、限界を超えて麻痺しているような不思議な感覚。地面の感触を頬で感じながら、碧はその苦しさで意識が飛びそうになっているのを自覚した。霞む視界の奥で、学生が必死にこの場を去ろうと這っている。後ろで笑い声が悪夢の中のように木霊していた。

(……駄目だ)

 遠くなる意識を捕まえるように、唇を強く噛みしめる。どうにか起き上がろうとするが、意思に反して身体は微塵も動かなかった。手足は既に切断されているのかもしれない。痛みが全身を駆け巡っていて、よくわからない。

(ここで私が殺されたら……ミナモは——)

 貧血でチカチカとする視界の中、ぼやけた景色が回った。上下左右が分からなくなり吐き気が込み上げるが、目を瞑ってしまったらそのまま二度と開けなくなりそうで、碧は必死に重くなる瞼を閉じるのを堪えた。今碧が死んでしまえば、事実上姫月の仲間が碧を殺したことになる。当然姫月の望んだことではないだろうが、客観的な事実だけでそう判断することは不可能だ。水面と姫月は段々と会う回数が減ってきていて、互いの動向を掴めていない状態にある。以前なら『有り得ない』と一蹴したようなことでも、今なら『何か心変わりがあったのではないか』と懐疑の余地が生まれてしまう。そして仲間が殺されたと知った水面は——きっと暴走してしまうだろう。彼女は『お人好し』で情に厚く、誰よりも仲間想いなのだから。

(それだけは、駄目だ)

 もし仲間を殺された水面が怒り狂い、復讐に燃えてしまったとしたら。間違いなく、姫月達の組織を滅ぼそうとする。彼女はいつも真っ直ぐに突っ走る。もし復讐に走って周りが見えなくなってしまったら、かつての大切な人すら、敵だと見做してしまうかもしれない。そうなった場合、愛湖や水面のもとに集った仲間達では水面を止めることは出来ないだろう。彼女達も水面と同様に仲間想いで、正義感に溢れている。むしろ一緒になって仇を討とうとするだろう。水面を唯一止めることが出来るのは——きっと、碧だけだ。碧は組織の一員とはいえ、手放しに水面の意見に同調するわけではない。彼女を諫められるのは、碧をおいて他にいないだろう。……それなのに。

 重くなる瞼を押しとどめるのも、限界に近かった。息をする度に痛みが走る身体は、もう冷たく重く、碧の意思で動くことはない。苦痛に追い遣られ続け、意識ももう霞が掛かったようにぼんやりとしていた。視界が線のように細くなる。薄っすらと見える亀裂の目立つコンクリートの先は、遠くまで伸びて地平線が見えている。その奥は、どこまでも澄み渡る青が広がっていた。

(駄目……なのに……)

 水面が姫月の組織を滅ぼそうとした場合、あの桜卯姫月のことである、絶対に一筋縄ではいかないだろう。かといって水面も他の追随を許さない圧倒的な腕力がある。二つの組織の抗争は、もしかすると空前絶後の大規模なものに発展するかもしれない。もしそんなことになったとしたら、二人の憎しみあう姿を見て、林檎は一体何を思うだろうか。……もしかすると二人を止めに入るかもしれないし、あるいは二人に続いて組織を立ち上げようとするかもしれない。もし大切に想っていたはずの三人が、修復不可能なまでに憎しみ合い、敵対してしまったとしたら。異なる才能を持つ三人が、殺し合うことを決意してしまったとしたら。三つ巴の三勢力は他の全てをなぎ倒し、この国で一番大きな戦争にまで発展するかもしれない。そんな未来を想像して、瞑りかけていた瞼を、なんとか必死に抉じ開ける。空の青が見えた。水面の真っ直ぐで自信に溢れた、無垢で常に熱情の宿る、そんな煌めく瞳が思い起こされた。

 先程とは逆側の肩に、さらに身体全体を揺らす衝撃が走った。碧の意識は、いよいよそこで途切れた。何処までも澄み渡る蒼穹の下、陽射しが明るく照らす穏やかな日のことだった。

〈了〉




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