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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第57話

 距離的には『ブルー』の仮拠点も次の襲撃先の場所も大して変わらないため、急ぐ必要はない。碧は人通りのない道を歩きながら、のんびりと空を仰ぎ見た。どこまでも広がるスカイブルー、穏やかに身を任せる白い雲。燦々と照らす明るい陽の光。……平和だ。

(綺麗な色だな)

 手を翳した先を見上げる。心を惹き付けられる、蒼穹の深い青色。まるで水面の瞳のようだ、と碧は思った。

「……ん?」

 歩みを進めていると、道の奥に人影が見えた。この時間、この道に人がいるのはとても珍しい。自然と碧の視線はそちらへ引き寄せられた。人影は三人……いや四人だろうか。奥まった場所に何かあるのか、こちらに背を向けて塀の奥を囲っている。

(どこかの小規模組織の連中か……?)

 碧が歩みを進める度、段々と人影が鮮明になっていく。囲うようにして立つ三人の少女達は、全員同じ服装をしていた。恐らく制服なのだろう。どうやら見立て通り、彼女達はどこかの組織に属する者達のようだ。

(あんな制服の組織、あったかな。……いや、待てよ)

 近づくにつれて、その背中の服飾が見えてきた。塀に隠れていたボリューミーに広がるスカートも顔を出す。黒と白の、フリルとリボン、そしてレースに溢れた服。フリルがレースを作ってリボンでそれを絞り、その下からさらにフリルとレースが顔を覗かせるスカート。ガーターベルトで吊られた純白のニーハイソックス、黒い厚底の靴。背中に至るまでフリルとレースで埋め尽くされているこの服に、碧は見覚えがあった。……姫月が着ていた服と、全く同じだ。

(桜卯姫月の仲間……?)

 近づく足音に気が付いたらしく、背を向けていた少女が一人こちらを振り向いた。続けて二人の少女も次々に碧へと顔を向ける。彼女達は碧の見たことのない人物だった。姫月はこの場にはいないようだ。そして彼女達が振り向いたことにより、三人が囲っていた少女の姿が碧からも見えた。彼女は他の三人と同じ服を着ていなかった。力無く地べたに腰を下ろし、その全身を血だらけにしていた。右足が太ももから切断され、夥しい量の血液とともに身体から離れて転がっている。囲まれている彼女が着ているのは、セーラー服だった。

「……なんで……」

 碧の呟きが儚く消えていく。頭の中で警鐘が鳴り響き、心臓の鼓動が速くなる。碧の声に反応したのか、学生の少女は力無く顔をあげた。……まだ生きている。苦痛に呻くその顔は、涙の痕でぐちゃぐちゃだった。茫然と立ち尽くす碧へ、学生を囲む三人の少女は笑顔を見せた。新しいおもちゃがやってきた——そんな顔だった。とても楽し気で、嬉しそうで、幸せそうな笑み。状況にそぐわない程無垢な輝きに満ちていて、碧は思わずぞっとした。彼女達はその手にノコギリやサバイバルナイフを手にしていた。ノコギリの鋭利な刃から、真っ赤な鮮血が滴り落ちるのを見て……碧は背筋を凍らせた。

「一緒に遊んでくれるの?」

 フリルとレースに塗れた黒白が、碧に向かって嬉しそうに顔をほころばせる。碧はその顔を見、彼女達の武器を見、そして地面に座り動けない少女へと視線を向けた。彼女は肩で必死に呼吸をしている……生きている、ならば、救わなければ。何も分からない中で、それだけが強く頭の中に響く。どうして姫月の仲間がこのような行動をとったのかはわからない。姫月は罪のない人を殺すのを良しとしない人間のはずだ。さらに、組織の人間なら学生をターゲットにする理由もわからない。そして抗争中のはずなのに、楽し気な笑顔なのも意味がわからない。目の前に広がる状況全てが、碧には理解出来なかった。しかし、考えている暇はない。……被害にあった学生の少女を、早く助け出さなければ。今も血が溢れ続け、切断された太ももの周りに真っ赤な海のように広がっている。碧は後退りしそうになる足を必死に踏ん張った。武器を手にする相手となら、『ブルー』の組織員として何度も対峙してきた。しかし今目の前に佇む三人は、今までに相手をしたどの組織よりも異様さが際立っているように感じられた。

(なんとかあの子をこの場から……)

 三つの黒白のフリルの塊が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。彼女達の手には刃物が握られているのに対して、今の碧は何も武器を持っていない。そもそも彼女達は姫月の仲間である、危害を加えるわけにはいかない。

(あの子は足が動かせないから……私が抱えて脱出出来れば……)

 握った拳に力を籠める。覚悟を決めた目で、笑みを浮かべる少女達の向こうを見据えた。勢い良く地面を蹴り、走り出す。三人に向かって、突撃した。

 ノコギリが大きく振られ、碧はそれをステップを踏むようにして横に避けた。反対側から突き出されたナイフも、身体を大きく反って避ける。そしてそのまま、怪我を負った少女へと脇目も振らず駆け寄った。噎せそうになる程の血の濃い匂いが鼻に舞い込む。少女のもとへ来たとき、碧の靴は血で真っ赤に染まっていた。

「逃げよう。掴まれる?」

 なるべく手短に、彼女へ言葉を掛ける。彼女は震えるばかりでその口からは呻き声しか出てこなかったが、言葉の代わりに縋り付く様に碧へと両手を伸ばした。碧が助けようとしていると認識はしているようだ。碧は彼女の身体に手を回し、抱え上げようとした——ところで、左背部に衝撃と熱さが走って痛みが身体を駆け巡った。思わず身体がふらつき、抱えようとしていた学生に寄りかかる。……痛い。そして感じたことのないような、不快感が広がった。冷たいものが皮膚を掻き分け、内臓に触れるような未知の感覚。どうやら投げられた刃物が背中に突き刺さったらしい。体勢を整えようと身体を少し動かすと、刃の冷たさと内部が晒されるような違和感、そして何より何も考えられなくなるほどの痛みが碧を襲った。碧は歯を食いしばった。その苦しみと不快感を投げ捨てるように、再度力を籠めて学生を抱え上げる。彼女は碧の首に腕を回し、しがみつくように掴まった。碧は立ち上がったところで痛みに耐えきれず、一度よろけた。刃がさらに奥へ喰い込んだ気がするが、気付かないふりをする。背後から厚い靴底の鳴らす音が響き、碧は振り返ることなく急いで足を踏み出した。片足の学生を抱きかかえ、後ろから迫る凶器から逃れようと顔をあげる。少し距離があるが、『ブルー』の仮拠点まで辿り着ければ仲間に助けを求めることが出来るだろう。道の先を見据えた碧の目は、苦痛に耐えるように苦し気に細められた。その服は、学生の足の切断面から流れる血で真っ赤に染まっていた。背中に突き刺さったままのサバイバルナイフは、動く度に内臓を突く。学生を抱きかかえて、碧はよろよろと走り出した。少しでも、胸に抱く少女を遠くへ。彼女の命の灯が、消えてしまわないように。

 『角玄会』に殴られるばかりで人を避けて過ごしていた頃の碧なら、もしかすると学生を置いて逃げ出してしまっていたかもしれない。そうすれば、自分の命は助かる。合理的で堅実な判断ではあるのだろう。しかし今の碧は、水面によって誰かに助けられることを知ってしまった。碧にも助けたい人が出来て、そしてその彼女もまた、誰かを助けるために奔走している。彼女率いる『ブルー』の一員ならば、大切な仲間達に顔向け出来ないような行動はしない。襲われそうになっている人を、見捨てたりしない。碧の顎から、脂汗が滴り落ちた。足を地に着ける度に、内臓を抉る痛みが全身に響くように走る。それでも、腕の中の少女だけは助けたい。碧の切れ長の目は、しっかりと道の先を見据え、前を向いている。苦痛にめげず、決して意志は挫けない。瞳に宿した消えない炎は、碧のよく知る瞳と同じ色をしていた。

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