第55話
こうして碧達は、『角玄会』という大きな組織を壊滅させた。学生がこれほどの大きな組織を滅ぼすなど前代未聞である。アーケードに乗り込んだ時同様、噂は瞬時に広まった。いや、その時よりも遥かに衝撃的なニュースとして組織間を駆け巡ったようだった。『角玄会』のネームバリューは相当なものらしい。そしてその情報は組織間はもちろん、学生達にまでしっかりと広まったようだ。学校中の話題を掻っ攫い、校内のどこで耳を傾けても同じ名前が聞こえてきていた。しかし無敗を誇る有名人の姿は、翌日から学校でその姿を見かけることはなかった。『不可侵の医師団』で臥せっていたためではない——組織の長として活動を始めたからである。学生達は学生の身で組織に入り、それ以降学校に来なくなることが常である。水面も先人達同様、その日を境に校門を潜ることはなくなった。学校一の不良が姿を消したことで、噂話で持ち切りだった校内はさらに騒然となった。そのような状況の中、碧は水面と違ってしばらく登校を続けていた。水面の怪我が完治するまで、林檎達の傍にいる必要があったためである。水面の陰に隠れながらも碧の情報も出回っているらしく、水面不在の学校で碧は一身に注目を浴びることとなった。人を撒きつつ、昼休み等を利用して碧は毎日二人に会いに行った。二人は言葉にこそしなかったが、水面の欠けた学校生活を寂し気な顔で過ごしていた。自分の前では気丈に振舞う二人を見て、碧は三人が段々とすれ違ってきているように感じていた。水面は二人を守るために必死で、自分に出来ることに全力を注ぎ、真っ直ぐと突き進んでいる。でも二人が本当に望んでいるのは、一緒に傍にいて、くだらない話に興じて笑い合うことなのではないだろうか。碧は一度、思い切って二人へ言葉を投げた。学校に来るよう水面を説得しようか、と。しかし二人は首を横へと振った。今までも水面は喧嘩ばかりで、学校内外という違いがあるだけだから、と彼女達は言った。水面は武力を自身の武器としている一方で、喧嘩が好きな戦闘狂でもある。彼女のやりたい事の邪魔をしたくない、と二人は考えているようだった。碧は成す術なく、頷くしか出来なかった。
『ブルー』の名はすぐに広まった。『角玄会』を滅ぼした学生が興した組織として、どの組織も注視し警戒しているようだった。それにも拘らず、『ブルー』は破竹の勢いで片っ端から小規模組織を潰していった。武器の闇取引をする組織、薬の販売を専門とする組織、人身売買に関わっていた組織、他の組織を暴力で言いなりにさせていた組織。悪名高い組織に手当たり次第に突撃し、そして完膚なきまでに全員をボコボコにした。水面、そして愛湖を始めとする仲間達には、それだけの力があった。その快進撃を聞きつけて、力自慢の者達が組織に入りたいと志願するようになった。水面は大抵の場合、二つ返事で仲間を歓迎した。志願者達は腕が立つのは勿論、悪事を働く組織を壊滅させる水面に同調する者達が多く、基本的に正義感が強くて情に厚い者達ばかりだった。類は友を呼ぶ、という言葉通りだ。『ブルー』はじわじわと勢力を伸ばし、小規模組織を粗方壊滅させると、今度は中規模組織へと矛先を変えた。自分達よりも遥かに人数が多い組織相手でも、その快進撃は止まらなかった。悪い噂が絶えない組織はごまんとあり、そして一見無害に見える組織も実は裏であくどい事をしていたりする。監禁されていた組織の人間を助けたと思えば、実は助けた組織は監禁していた組織の家族達を無差別に殺していた、なんていうこともあった。そんなことを繰り返す内に、悪い事をしていない組織なんて、この世に存在しないのではないかと思わずにはいられなくなった。結局どの組織も、利益を得るために誰かを犠牲にしている。『ブルー』が噂に拘わらず手あたり次第に組織を壊滅してまわるようになるのも、時間の問題だった。平和な世を守り、大切な人を大事に想うのなら、こうすることがきっと正しい。『ブルー』の仲間達は、心からそう信じていた。それを裏付けるかのように、壊滅させた組織からは必ずといっていい程悪事の証拠が見つかった。その度に『ブルー』の怒涛の勢いに、ますます拍車が掛かっていった。水面達の戦いに終わりはなかった。この世に組織が存在する限り、きっと永遠に続く。それでも水面は、いつも真っ直ぐと前を向いていた。燃え盛る熱情を宿す瞳は、いつでも煌めいている。……結局、バレーボールのチーム戦をするような暇は無くなってしまったけれど。碧はいつもその瞳の輝きを目にする度、この先も彼女についていこうと思うのだった。
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頭上に広がる澄み渡る蒼穹を仰ぎ、碧は深呼吸をした。シアンのメッシュの入ったウルフヘアの先が、背中で気持ち良さそうに風に揺れている。聞こえてきた足音に振り向けば、水面がバンテージを解きながら碧の隣へと肩を並べるところだった。水面の顔はなかなか引かなかった青痣も全て消え、その美しさを取り戻している。心地よい風に紺色の髪を靡かせ、彼女も碧に倣って青空を見上げた。後方からは、愛湖達の声が小さくきこえてきていた。今回襲撃した先の組織の面々も、他の数多の組織同様に水面達の強さに呆気なくやられ、敷地内で地面に伸びている。愛湖達は彼女達を縛るため、縄を取り出しているようだった。これ以上の活動を阻止するために武器や食糧、金を回収している者もいて、奥の建物からは賑やかな声が響いていた。碧が耳を澄ましていると、不意に水面の手が伸びて碧の腕を掴んだ。碧は掴まれた先を見下ろした。交戦した時に出来たらしいかすり傷が、赤くなって腕に残っていた。
「傷薬、持ってくる」
水面はそう言って、背を向けようとした。碧の腕から離れた手を、今度は碧が掴み返す。
「いいよ、後で自分でやるから。……ミナモは怪我は?」
「ないぞ、あたしが相手した奴は皆雑魚だった」
強気な笑みを湛え、にやりと口元を歪める。口ではこう言っているが、水面は幹部や頭をほぼ一人で相手にし、一掃していた。……いや、彼女にとっては、本当に雑魚だったのだろう。例え組織を担うような人間が相手でも、彼女にとっては造作も無い。つまり、水面が強すぎるだけだ。
「ミナモ~、通信記録が出てきたよ。東のさー、五番通りに拠点構える組織わかる? そこと繋がってたみたい」
建物の方から愛湖の大きな声が水面を呼んだ。水面と碧は声の主を振り返る。窓ガラスは割れ、壁には銃弾が散り、覗く家具は全て破壊されている、滅茶苦茶に荒らされた室内。その窓枠から、逆立つツーサイドアップの白い髪を揺らして愛湖がひょっこりと顔を出していた。
「わかった、次はそこだな。……このまま突撃するか」
「だよねー、そうこなくっちゃ! 暴れ足りないし!」
ここを拠点としていた組織はそこそこ人数が少なかったため、愛湖は待っていましたとばかりに笑顔で両手を叩いた。そして仲間に伝えるため、ぱたぱたと奥へ戻っていく。
「休む暇もないな」
碧が苦笑を漏らすと、水面は「だな」と肩を竦めて見せた。
「でも、充実しているっていうか。悪くないと思わないか?」
水面はそう言って、碧の顔を覗き込んで首を傾げた。確かに、碧達のやっていることは悪人の制裁であり、そのまま誰かを守ることに直結する。仲間達が信頼し合い、支え合いながら笑顔で日々を過ごすような、そんな理想の世界へ近づいている実感がある。それに碧は水面ほど喧嘩が得意ではないとはいえ、身体を動かすことはとても好きだ。
「……ああ」
充実感、達成感、満足感。組織と敵対して危険が付き纏う日々でありながらも、様々なものを得られる今の日常は、碧も嫌いではなかった。組織を滅ぼす日々は、ただ学校へ行ったり殴られたりしていた日々とはまるで違う。命を危険に晒しながらも、誰かを助けるために悪を滅ぼし、そして、常に隣に信頼する仲間がいる。死と隣り合わせで戦いに明け暮れるのは決して平和とは言えないけれど、水面や愛湖の勝利の笑みを間近で見られるのは、それだけで『ブルー』に入った価値があると言えるだろう。水面達は必ず勝利を掴みとり、そして決まって、愉快そうに自信に満ちた笑みを浮かべる。その後ろで仲間達が、嬉しそうに勝利を喜び合う。碧はその光景が好きだった。……きっとバレーボールの試合で勝った時も、こんな気持ちになるのだろうと思う。




