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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第54話

「うん。サンキュー」

 水面は屈託ない笑みを返した。彼女は碧がどのような返事をしても受け入れたのであろうが、それでも彼女の短い返事には堪え切れない嬉しさが溢れていた。彼女にしては素っ気ない返しは、照れ隠しも含まれているのかもしれない。

「じゃあ、組織の名前は『ブルー』にしようぜ。あたし達、青いところが似ているからな」

 そういえば、名前の話をした時に水面がそんなことを言っていた。水面と碧がいる組織だから、『ブルー』。……彼女らしく安直で飾らず、それでいて真っ直ぐなネーミングだ。それでも、碧はその名前の響きがなんだか気に入って、不思議と宝物のように感じられた。碧はそれを悟られないように、口元を引き締めた。

「シンプルだな」

「ややこしいのは好かないからな。……これからあたし達で『ブルー』を大きくしていこう。いつもつるんでる奴らの他にも、あたし達と共に悪に立ち向かう同志を募って……最終的にはバレーボールのチームが何チームも出来るくらいにしないとな」

「……それ、忘れてなかったんだ」

 水面は本気で言っていたらしい。彼女のことである、冗談ではなく本当にそれだけの人数を集めようとしているのだろう。しかし水面に惹かれて組織入りに首肯を返してしまった一人として、碧はそれが現実になるのもそう遠くないように感じた。アーケードで同じ言葉をきいたときよりも、今は遥かに現実味を帯びてきこえてくる。彼女が真っ直ぐ突き進む分、着実に状況も進展しているということなのだろう。

「ありがたいけどさ……でも、いいんだ。さっきの一撃が最高だったから」

「うん?」

「コートに立った気分だった。最高のスパイクを打てた気がする……ナイスパスだったよ、ミナモ」

 コートではなく『角玄会』の敷地内で、さらに言えばボールではなく片足分の靴だったけれど。間違いなく、碧の人生で一番のスパイクが打てた。碧が受けてきた苦しみを力に変えて放った渾身の一撃は、男の顔に豪快にめり込んで跳んで行った。痛快で、爽快で、最高だった。あそこで予想外に飛んできた、極上のパスのお陰だ。

「アオイもいいボールだったぞ! ……えっと、こういう時なんて言うの? ナイススパイク?」

「ナイスキー、って言うことが多いかな。ナイスキルの略」

「そうなんだ。じゃあ、ナイスキー!」

 水面はにっこりと笑顔を咲かせた。バレーボールの試合すら実現が難しいこの抗争社会の世において、まさかこの言葉を人にかけてもらえる日が来るとは思っていなかった。ずっと動画の中の世界だけの、幻の言葉のような感覚だった。それをこうして一緒に戦った友人から面と向かって言われて、嬉しくないはずがない。碧は口元を緩ませた。水面はその時を思い出していたのか、ふふ、と笑みを漏らした。

「練習の成果が出ていたな」

「……人の顔に打つ練習はしてないんだけどね」

 ついでに言えば、靴を打つ練習をした覚えもない。水面は軽口にからからと笑った。いつも通りの、平和でくだらない会話。水面との間にも日常が戻ってきたな、と思う。しかし全てが元通りとはいかない。『角玄会』は、大きすぎる爪痕を残していった。水面の瞳がふとした瞬間に覚悟に細められるのを見て、碧はぼんやりとそう思った。

「『角玄会』を壊滅させた今、アオイもアオイのお母さんも怯えるものは何もない」

 水面は短く息を吸った。平和な空気を味わうように、一度瞼を閉じる。開いた瞳は、碧へ向けられた。陽の光が当たって、煌めいている。

「今度、またラリーしようぜ。邪魔する者も、誰もいない」

 自信に溢れた、強気な笑み。いつもの水面だ。もう一度戦っても、絶対に勝つという自信があるのだろう。碧も同じ顔で頷いた。

「そのためには、ミナモの身体が完治しないとな」

「大丈夫だ、すぐ治る。あたしは丈夫だから」

 碧の首に巻いた腕の位置を僅かに調整し直して、水面は足を踏み出した。

「ベッドで寝ている時間はない。あたしがいない間に、誰かが襲われたらまずいしな」

 『角玄会』のメンバーは、全員がアジトにいたわけではないだろう。今も別の場所で隠れていて、復讐の機会を窺っている可能性はなくもない。その場合、腕力に長けている水面や碧や愛湖はターゲットにされず、林檎や姫月や碧の母親が標的になる可能性が高い。水面の戦いに、終わりはない。彼女は大切な人を守るために、戦い続ける。

「それにあたしがベッドで寝てばっかりだって、林檎と姫月にからかわれるのも癪だ」

 水面はそう付け足して鼻を鳴らした。あの二人がそんなことで揶揄うとは碧にはとても思えなかったが、どうやら水面は二人にあまり弱いところを見せたくないようだった。二人に対しては、意外と見栄っ張りなのかもしれない。それも頼られたいと願う気持ちの裏返しなのだろうか。

「じゃあ、『不可侵の医師団』の奴の言うことちゃんときいて、大人しくしてないとな。退院させて貰えないかもしれないぞ」

 青痣が痛々しく埋め尽くす顔、ヒューヒューと音を立てる呼吸、自力で立つことも出来ない程に力の入らない身体。素人目にも完治までは当分かかりそうだ。碧の言葉をきいた水面は、未来を嘆いて苦い顔をした。

「苦い薬とか飲まされたらやだなあ……」

「それこそ林檎ちゃんに揶揄われるぞ」

 碧はふふ、と微笑まし気に零した。

「ミナモの怪我が治るまで、私も全力でサポートするからさ」

 水面の怪我は、碧を庇って負ったようなものだ。贖罪の気持ちも兼ねて申し出ると、水面は緩やかに首を横に振った。

「……あたしが傍にいてやれない間、林檎と姫月を守ってくれ。アコ達の力も借りてさ。アオイが見てくれているなら、あたしも安心して眠れる」

「……ミナモがそう言うなら、そうするけど」

(あの二人は私なんかより、よっぽど強いと思うけどな)

 腕力の話ではない。二人は小柄で腕っぷしもない。しかしそれ以上に、二人は人を動かし、戦局を読むのに長けている。もちろん力で押し切られては彼女達では成す術がないため、碧が傍にいて守る意味はあるだろう。しかし水面が心配する程、二人は弱くないように碧には感じられた。二人のことを誰よりも知る水面だってその『強さ』を理解しているはずだが、彼女はいつも二人を守ろうとしている。

(不安、なのかな)

 大切な人を失うことが、怖いのかもしれない。それほど大事に想っているということだろう。昔、抵抗虚しく弟達を連れて行かれてしまったと水面は話していた。その時を重ねてしまうのだろうか。碧はしばし悩んだあと、口を開いた。

「……大丈夫だよ」

 安心させるように、穏やかな声色でそう言った。横の間近の顔は、碧へと不思議そうな顔を向けている。

「私も『ブルー』の一員なんだろ。任せろ」

 碧は水面を真似た強気な笑みを浮かべた。水面はその言葉を咀嚼するように間を置いてから、その相好を崩したのだった。

 『不可侵の医師団』の建物は、まだまだ見えてこない。目標までの道のりは長い。しかしのんびりとした道中は、友人とじっくり話すにはうってつけだ。二人の少女は身体を寄せ合って、一歩一歩前へと進んでいった。青空の広がる下、ボロボロの身体ながらも、二人の顔には笑顔が浮かんでいたのだった。

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