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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第52話

 水面達のもとへ戻ると、三人は碧を待っていたように顔を向けた。『不可侵の医師団』に向かう準備は万全のようだ。気付けば転がっていた靴は水面の足へと戻っていて、どうやら林檎と姫月が履かせてくれたようだった。碧は姫月の肩から水面の腕を持ち上げると、自身の肩へとまわしなおした。水面の身体を支え、その重さを担う。水面の顔との距離が近くなったことで、水面の呼吸音がよく聞こえた。未だにヒューヒューと苦し気な音を立てていて、碧は思わず心配そうに水面の顔を窺った。しかしその顔には苦しみも痛みも微塵も浮かんでおらず、笑みを湛えて碧を見つめ返して来るだけだった。間近で見ると青と紫の痣に混じって切り傷も散見されて、より痛々しく感じられた。

「んじゃ、『不可侵の医師団』に行ってくるな」

 水面は林檎と姫月を順に見渡し、明るい声でそう言った。姫月は「ん」と短く返し、林檎は無言のまま眉を下げて水面を見つめていた。碧は水面を支えながら、見送る二人へと口を開いた。

「桜卯姫月……ちゃん、林檎ちゃん」

 恩人に呼び捨てもどうなのかと思い咄嗟にそう呼んだが、姫月に『ちゃん』付けはあまりにも似合わないなと碧は思った。しかし彼女は後輩で年下である、『さん』も余所余所しいし、こう呼ぶのが順当だろう。

「君達がいなければ、私も母さんも無事じゃなかった。本当に、ありがとう」

 水面の腕を肩に回している都合上頭を深く下げられなかったが、それでも碧は精一杯お辞儀をした。今回大勢の仲間が協力してくれたが、その中でも碧、碧の母親、そして水面の命を直接的に救ってくれたのがこの二人だった。彼女達の助けが無ければ、碧も碧の母親も水面も、全員命を落としていただろう。真摯に頭を下げる碧を、二人は静かに見上げていた。沈黙に耐えかねたのか、姫月が口を開く。

「……別に、礼を言う必要はないよ。さっきも言ったけど、『角玄会』の活動がずっと目に余っていたからどうにかしないといけなかったんだよね。だからいい機会になったというか……言い方は悪いけど、あんたを助けた訳じゃないというか」

 姫月は目を逸らし、ぶっきらぼうにそう言った。隣の林檎が、少し不思議そうに姫月の顔を眺めていた。碧は下げていた頭を上げ、そっぽを向く姫月を視界に映した。言葉ではこう言っているが、最後、碧が『角玄会』の男を殺すのを遮って登場したのは、きっと『隠地組』の頭との取り決めがあったからだけではない。碧が水面の代わりに手を汚すのを、姫月は恐らく止めてくれようとしたのだ。だから、『あんたを助けた訳じゃない』は正しくない。姫月の本心がどうであれ、碧は助けられたと思っているし、その気持ちと行動に感謝していた。

「……それでも姫月の助けがあったからこそ、あたし達はこうして立っていられるんだ。姫月が財団を動かしてくれたからこそ、『隠地組』も巻き込んで『角玄会』を追い詰められた」

 碧の横から碧の言葉を引き継ぐように水面が言って、姫月の顔を覗き込んだ。

「本当にありがとうな。……でも、今後はこんな危険な真似するなよ」

 姫月は水面へと顔をあげると、毒気を抜かれたように眉尻を下げて淡く笑みを浮かべた。小さくため息をつく。

「……水面もね。あんたのこんな姿を見せられちゃ、心臓がいくつあっても足りないよ」

 水面は姫月に笑みを返した後、隣へと顔を向けた。

「……林檎も。本当にありがとうな。アオイのお母さんを守り切ってくれて」

 林檎は姫月を見つめていた視線を、水面へと向けた。感情の浮かばない人形のような顔で、ふるふると首を横へ振る。

「お礼は水面が完治してからきくわ」

 そして、林檎は碧へと顔を向けた。あどけない顔に、柔らかな笑みを浮かべる。

「碧さん、お疲れ様でした。お母様もご無事で何よりです。碧さんの仰るように、お力添え出来ていたのならば幸いに思います」

 林檎は碧の顔から身体へと僅かに視線を落とした。

「よろしければ碧さんも、『不可侵の医師団』で診てもらってはいかがでしょう。外見からでは分からなくとも、どこかお怪我をされている可能性もありますから」

「うん、ありがとう。そうするよ」

「お前ら、あたしがいない間も気を付けろよ。ここにいない『角玄会』のメンバーが復讐に来る可能性も充分あるからな」

 別れの挨拶を済ませ、碧は水面へと顔を向けた。水面も頷きを返し、二人は身体を寄せ合いながら林檎と姫月へと背を向けた。碧は水面の身体を支えながら、門へと向かってゆっくりと歩き出した。そうして、碧は戦いを終えた『角玄会』の敷地を後にした。水面の腕を首に巻いていたため、最後に振り返ることは出来なかった。……でも、それで良かったのかもしれない。きっとこの場所には、もう二度と足を踏み入れることはない。水面に大怪我を負わせた男の死体も、もう会うことはない。ならば、早く記憶から消し去るのが正しいのだろう。これからは殴られ続けた日々に囚われることなく、平和な未来だけを見て歩めばいいのだ。

 見送っていた姫月と林檎は、二人の影が門の先へ消えるまでずっとその場に立っていた。碧達の姿が見えなくなると、辺りには二つの小さな影だけが残された。風が二人の長い髪をさらっていく。

「碧さん……いい人よ?」

 林檎が脈絡なくそう言って、姫月へと首を傾げた。姫月は目を丸くして隣の少女を見下ろしたあと、口を尖らせた。

「……わかってるよ」

 言葉に反して、その顔は不満そうだった。林檎は姫月の碧への接し方から、彼女があまり碧のことを良く思っていないことを察した。そしてそれがなぜなのかも、見当がついていた。

「でもさー……水面がアーケードに入り浸るようになったと思えば、今度は林檎までも篭絡されててさー……」

 姫月はぶすっとして門の先を憎々し気に見つめた。

「うちは落とされたりしないからな」

「篭絡って……わたし、懐柔された覚えはないわよ?」

 林檎は困惑したようにそう言った。姫月は仏頂面のままだ。林檎は横からそれを覗き込んだあと、地面へと視線を落とした。そして、静かに口を開く。

「……寂しかったんでしょ。水面をとられて」

「……」

 姫月は返事をしなかったが、図星であろうことは明白だった。林檎は静寂を挟んだあと、声量を落として言葉を続けた。

「……寂しいのは、わたしも一緒なんだから。そういう時は、二人で甘いものでも食べに行きましょ? 水面がうんと悔しがるくらい食べて、後で見せびらかせばいいのよ」

 その言葉に、姫月は緩慢に横を振り向いた。林檎は人形のような顔で、姫月の顔をじっと見つめていた。

「……林檎も寂しかったの?」

「そうよ。姫月だけじゃないの」

「……」

 二人はしばし見つめ合った。やがて花開く蕾のように、姫月の頬が緩んでいった。嬉しそうに目を細める。

「……そっか。そうなんだ」

 にやにやとした顔で見つめられ、林檎は鬱陶しそうに僅かに顔を背けた。

「折山碧に悪気があったわけじゃないってことくらい、分かってるんだけどね。でもやっぱ……うちは水面と林檎と三人でいる時間が、何よりも好きだから。どうしても、彼女に良い顔出来なかった」

 突っぱねるような言い方になった自覚はあったようで、姫月は反省するようにそう零した。財団のお嬢様である姫月にとって、水面と林檎は人生で初めて出来た友達だ。大切な二人との時間が減っていき、奪われてしまったように感じていたのだろう。

「でも、林檎も三人でいる時間が好きだったんだね。……嬉しい」

「……そうじゃなきゃ、一緒になんていないわよ。学校一の不良と噂の有名人よ?」

「普段からそう言ってくれればいいのにね」

 姫月は溢れる喜びを表情にのせ、安心したようにそう言った。ご機嫌な姫月を見て思う所があったのか、林檎はそわそわとした様子で、ワンピースの裾を小さく引っ張った。

「ね、水面には言わないでよ?」

「うちのことだって言わないでね?」

「言わないわよ、姫月が碧さんに嫉妬していただなんて。……今度、パフェでも一緒に食べに行きましょ。水面が良くなったら三人で行けるよう、下見も兼ねて」

「うん」

「……碧さんも呼んで、四人で食べに行く日が来るかもしれないし。その下見でもいいわ」

 林檎はそう言って、門の先へと顔をあげて遠い目をした。一人が集まって三人になったのだから、まだ見ぬ未来では三人が四人や五人になることもあるのかもしれない。将来のことは誰にもわからない。それでもきっと、変化は訪れる。その変化がいいことであるのかは、まだ分からないけれど。

「それは……嫌だなあ」

「姫月って、意外と独占欲が強いのね」

 林檎は視線を横へと戻し、肩を竦めた。姫月は決まり悪そうに身体を左右に揺らした。

「別に折山碧が嫌なわけじゃないよ? でもさー。……水面と林檎をとらないでほしい」

 ぷっくりと頬を膨らませた姫月は、何やらもごもごと口を動かした後、結局素直に気持ちを口に出した。

「水面は愛されてるわね」

 林檎は子供を見守る母親のような顔で、呆れ混じりにそう言った。姫月は頬を膨らませたままそれをきいていた。そして林檎の方へと身体を向けたかと思うと、思い切り抱き着いた。

「こうなったら林檎を独占して水面を悔しがらせてやる」

「え?」

「同じ気持ちを味わうがいい!」

 姫月は高らかに宣言すると、林檎の小さい身体をすっぽり抱きかかえて門へと足を踏み出した。

「ま……待ってよ、『角玄会』の後処理がまだ……家に置いてきた人達もそろそろ回復してこちらへ来る頃だし。わたし達がまず目につくと襲われる可能性があるから、『角玄会』のメンバーを誰か門に配置して情報を……」

「そんなの水面の仲間がやってくれるっしょ! うちは林檎に頼まれた役割は果たし終えたんだから、文句言われる筋合いはない!」

「ええ? いえ、『隠地組』と話をつけた姫月の指示がないと、あの方達だけではどうにも……」

 林檎の些細な抵抗も虚しく、姫月の歩む足は止まらなかった。姫月は口をへの字に曲げ、林檎の言葉に聞く耳を持っていない。全部放って去る気である。絶対的な存在である父に失望されるかもしれない恐怖の中、命を危険に晒しながらも『角玄会』を敵にまわし、『隠地組』という絶大な影響力のある組織と交渉して動かしてのけた今回の立役者は、今日もいつも通り自由奔放で気分屋であった。姫月の腕の中で、林檎は小さくため息を漏らした。

「まったく……姫月も水面も子供なんだから」




***




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