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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第50話

「大丈夫? お疲れ様」

 姫月は水面のもとへ近づき、満身創痍の身体を見下ろした。中腰になって、手を差し伸べる。水面は力無く手を伸ばした。姫月はその手を取り、自身の肩へとまわした。姫月の身体に寄りかかるようにして、水面が立ち上がる。水面より小柄な姫月は一歩よろけたが、なんとかその足を踏ん張った。水面は立ち上がる際、一度苦痛に呻いた。しかしぐっと口元に力を入れ、それ以上声が漏れるのを避けたようだった。

「まさか、あんたがそこまで怪我を負うことになるなんてね。……林檎が知ったら、泣いちゃうかもよ」

 姫月は冗談めかして言葉を投げた。碧の初めて聞くような、驚くほど優し気な声色だった。普段水面や林檎には、このように接しているのだろう。水面がいつも話している姫月像は、どうやら嘘ではなかったらしかった。

「最後、……ちょっとびっくりした」

 姫月は言い淀みながらもそう零した。男を殺そうとしたことについて言っているのだろう。彼女は待ち構えたように登場したように見えたが、内心はかなり焦っていたのかもしれない。

「……」

 水面は返事をしなかった。怪我の痛みを堪えているから、というわけではなさそうだった。彼女の中で明確に意思は固まっているようだったが、それを姫月に言うのは憚られたのだろう。

「……姫月」

 結局最後まで言葉を返すことなく、水面は代わりに姫月の名前を呼んだ。上げられた顔は真面目なもので、肩を貸す姫月を真っ直ぐと見つめていた。

「お前……いつからこの件に関わってたんだ」

 少し責めるような、鋭い口調だった。

「いつからって点で言えば、最初からかな? 『角玄会』の悪行は、以前から目に余っていてね。……だから、潰したいと思ってたんだ。制御出来なそうだったし、『隠地組』も手綱を握るつもりがないみたいだったからさ」

 姫月は平然とそう言って、二つ結びの長い髪を揺らし、水面へ薄い笑みを向けた。

「つまりだね、水面も折山碧も、うちの『角玄会』解散計画に利用されたってことだ。……ごめんね?」

 姫月は眉を下げて笑みを作ると、舌をぺろりと出した。碧が呆けていると、水面は真剣な面持ちのまま、姫月へとずいと顔を近づけた。

「……バレバレな嘘をつくな。姫月はあたし達を助けてくれたんだろ。財団まで動かして……、……良かったのか。父親との関係が、これ以上悪化したり……」

「……んー、大丈夫、大丈夫」

 すぐに看破され、姫月は演技を続けることを早々に諦めたようだった。

「パパは今回の件に関して、特に何も言ってこなかったよ。……これだけ財団の名前を使って好き放題したのは初めてだったから、流石にちょっと怖かったけどね」

 今回碧達が殺されなかったのは、財団の圧力があったお陰だ。そして『隠地組』に『角玄会』と手を切るよう働きかけてくれたお陰でもある。財団が動いてくれていなければ、碧達の命は消し飛んでいたし、『角玄会』の壊滅など夢のまた夢だった。碧達の勝利を形作ってくれたのはまさに財団のお陰であり——その財団を動かしてくれた、目の前の少女のお陰でもある。

「……ま、だから心配するような事はなんにもナシ。……水面が無事で、本当に良かったよ」

 姫月は安堵したように、柔らかな笑みを水面へと向けた。彼女は碧と初邂逅時、水面の周りの不審な動きに気付き、密かに調査を始めたと言っていた。もともと水面へ迫る魔の手を懸念して動き始めたことを考えれば、この言葉は彼女の本音であり、目的でもあったといえよう。碧に彼女の家庭事情はわからないが、財団のお嬢様だからといって財団を思い通りに動かすことが出来るわけでもないだろう。彼女は今回、相当苦心して走り回ったのではないだろうか。今回壊滅した『角玄会』はともかくとしても、影響力の非常に強い『隠地組』との関係まで変えてしまったのだ。さらに『隠地組』の頭を引き摺り出すなど、財団の名前を以ってしても困難なことを成し遂げてみせた。財団側からしても、今後の『隠地組』との関係性は今までとは一線を画すものとなるだろう。しかしそうまでしても、姫月には守りたい人がいた。そして無事、彼女は大切な人に襲い掛かる脅威を払うことに成功した。彼女は彼女なりの方法で立ち向かい、友人を守り通したのだ。

「『角玄会』どころか『隠地組』にまで接触して……。一歩間違えば、お前も殺されてたかもしれないぞ。あまりにも危なすぎる。……もう二度とこんな真似しないと誓ってくれ」

 水面は責めるような顔を反転させ、憂いに染まった心配そうな視線を向けた。姫月はカラカラと笑ってそれを流した。

「その姿で言われても、あんたが言うなとしか言えないなあ」

「揶揄うな。あたしは真面目に——」

「碧!」

 二人の会話へ、遠くから大声が割り込んできた。二人を静かに見守っていた碧は、自身の名前を呼ぶ声に振り返った。焦がれるような、嬉しさの滲む声。よく知った声でもあった。振り返った先、杖をついてこちらへ近づくのは、母親の姿だった。

「……母さん!」

 碧は顔を晴らし、必死に杖をつく母親のもとへと駆け寄った。母親は支えがなくなるのも厭わず、杖の先を地面から離して碧へと抱き着いた。碧も母親を抱きしめ返す。碧の身体を覆った腕は、愛情を示すかのように強く強く碧を包み込んだ。全身に温かさが広がって、鼓動が伝わって、この光景が夢ではないことが身に染みて感じられた。

「無事でよかった……!」

 母親は碧の背中で、涙を流しているようだった。碧は彼女の泣いている姿を滅多に見たことがない。どうやら彼女は、碧のことをかなり心配していたらしかった。碧は安心する香りに包まれながら、潤んでしまった瞳を閉じた。『角玄会』に居場所を見つかり殺すよう指示が出されて以降、母親と林檎の安否は不明だった。二度と会えない可能性も充分にあった。こうして触れて温もりを感じると、安心感とともに今まで堪えていた涙が込み上げてきた。自分の守りたかった人が、こうして無事だった。元気で再会出来て、碧の無事を喜んでくれた。それが碧は何よりも嬉しかった。今回の『角玄会』との戦いは、この瞬間のために頑張ってきたのだ。碧は涙を流さないように懸命に堪えながら、再会を心の底から喜んだ。きっと母親も同じ気持ちなのだろう、二人はお互いの存在を確かめるように、静かに抱擁を続けたのだった。

「……水面?」

 舌足らずな、幼いソプラノの声。驚愕に染まる声に、碧は母親の背中から顔をあげた。瞬いて溜まった涙を散らせた視界に映った声の主は、林檎だった。彼女も無事だったのだと碧は心からほっとしたのだが、当の本人は珍しく隠し切れない程動揺しているようだった。林檎は水面のもとへ駆け寄ると、焦りのまま怪我の状態を確認し始めた。水面がこれほどまでに怪我を負うことは、彼女の想定外だったのだろう。

「……林檎ちゃんが助けてくれたのよ」

 母親は碧を抱きしめていた腕を緩め、遠い林檎の背中を振り返りながらそう言った。そして碧へと顔を戻し、覗き込む。その瞳は涙で潤み、赤く染まっていた。

「碧も助けてもらったのね。……素敵な友達を持ったわね、碧」

 母親は愛し気に笑みを浮かべた。その言葉に、碧の瞳にみるみる内に涙が滲んでいく。

(そうなんだ。……私には勿体ないくらいの、自慢の奴らなんだ)

 しかしなんだか言葉にするのは恥ずかしくて、碧は黙って腕で目元を拭っただけだった。目線を合わせないままこくりと一度頷くと、何が可笑しいのか母親はくすくすと笑った。

「……お礼を言っておいで。それで、夜ご飯の時にお母さんにも今日の話を沢山聞かせて頂戴。碧の好きな物をうんと作って、家で待ってるから」

 母親は柔らかな笑みを浮かべてそう言うと、杖を地面へと突いた。脇へと入れるのを身体を支えて手伝いながら、まだシチューが残ってるくせにな、と碧は心の中で呟いた。碧は母親の作ったものなら何でも好きだ。新しく作らなくても、昨日の美味しいシチューがあればそれで満足である。それでも碧の好きなものをわざわざ作るのは、彼女なりの感謝と愛情の表現なのだろう。杖で身体を支えた母親は、碧に再度笑みを向けたあと、背中を向けた。どうやら一足先に家に帰るらしい。確かにここに残るよりも家にいる方が、抗争に巻き込まれる可能性は低く安全だ。あるいは、事前に林檎とそう取り決めていたのかもしれない。見慣れた母親の背中は、門へ向かって段々と小さくなっていったのだった。

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