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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第49話

「……」

 獲物から、目を逸らさずに。引き金の奥へ、きちんと指を当てて。短く息を吸う。あとは、人差し指を動かすだけだ。それで、平和が訪れる。視界の隅で見上げる血塗れの少女は、なんだかその瞳を憂うように細めていた。彼女がそんな顔をする必要はないのにな、と憎しみに染まった心の片隅で思考する。そして雑念を振り払うように、改めて的を睨んだ。母親、林檎、水面、大勢の仲間達。彼女達が味わった苦しみを、体現するように。碧の人差し指が、動いた。あっけない程あっさりと、引き金が動き出す——

「ちょっと待ってほしい」

 突然乱入した声。場にそぐわない、間延びした緊張感のない声色だった。しかしその声は静かな『角玄会』の敷地内にはっきりと響き、碧の指の動きを止めるには充分だった。

「……」

 碧は警戒を欠かさないまま、視線だけを声の方へと向けた。指はいつでも引き金を引けるよう、万全な状態を維持している。

 視線の先に立っていたのは、先程まで姿のなかった少女だった。二つに結ばれた長い白髪、毛先を彩る桃色と紫色のメッシュ。如何にも高そうなシルク製の清楚なワンピース、素朴なデザインながらもブランド物と一目で分かるようなエナメル素材のヒールパンプス。長くぱっちりとカールした睫毛が彩る二つの瞳。ふんわりと乗るチークやリップが可愛さを引き立てる顔は、若干気怠さを醸している。

「……姫月……」

 水面が驚いた様子で、彼女の名前を口にした。姫月は水面を一瞥しただけで、何も言葉を返さなかった。そして、男へ銃口を向けたままの碧へと顔を向けた。

「そいつを殺すのは、悪いけどちょっと待って欲しい」

 姫月は碧へそう言うと、自身の後方へと顔を向けた。姫月の後ろには、新たな人物が立っていた。スーツ姿の、五、六十代と思われる高齢の男性だった。お爺様というような風貌で、中折れ帽の似合う白髪の紳士だった。あまり背が高くなく、身体つきもがっしりとした感じではない。姫月は彼に道をあけるように、一歩横へと後退した。紳士は左手に持った杖をつき、姫月の横を通って前へと進み出た。碧は老人と男へ交互に目を光らせながら、引き金を引く時を見定めていた。

 一瞬だった。老人の右手がスーツの懐へ伸びたかと思うと、その手には既に銃が握られていた。その腕は僅かなブレなく真っ直ぐと伸び、そして、発砲音を響かせた。碧の正面で、血が派手に飛び散った。碧の標的だったはずの身体は血で真っ赤に染まって、その頭に弾を埋め込んでいた。上体が力なく地面へ崩れる。外れたサングラスの奥の瞳は、既に動かなくなっていた。

 硝煙の昇る銃をゆっくりと下げると、高齢の男は横の姫月へと顔を向けた。

「……これでいいですかな」

 人を殺した直後には思えない、優雅で穏やかな声。姫月は老人を振り向いた。すぐに返事を返さない姫月の代わりに、老人は続けて口を開いた。

「『角玄会』の行いについては、我々も手を焼いていたのです」

 悲愴感を表すように、老人は皺の刻まれた瞼を伏せた。

「売りさばいてくる人間を買い取り、解放してやるくらいしか出来なかった。……これはいい機会になりました」

 老人は目を開くと、横の少女をじっと見つめた。

「今後も良い関係を続けていけたらと思います」

 姫月は、やはり返事をしなかった。ただじっと見返すだけだ。老人も返事を期待出来ないと察したらしく、軽く一礼をすると、背を向けた。杖をついて、『角玄会』の門へと向かって歩き出す。門の外には、黒塗りの高級車が見えた。どうやら彼は、役目を果たしてさっさと帰るようだ。姫月がそれを止める様子がないことから、事前にそのように示し合わせていたのだろう。

 杖をついた老人が門へと辿りつき、彼の背中が車の奥へと消えた。扉が閉まって車が発進したのを見届けると、姫月はようやく碧達へと振り返った。

「慈善活動してましたみたいな顔で、よくもまあいけしゃあしゃあと嘘がつけるよね」

 姫月は大袈裟に肩を竦めて見せた。そして、碧へと顔を向ける。

「仇を奪う形になってごめんね。……さっきのが『隠地組』の頭だよ。『角玄会』の仕出かした後始末、それに『隠地組』の意思を示すために、『角玄会』のトップを自ら始末したい、って申し出があったんだ」

 姫月の説明を聞く限り、彼女も最初から分かっていたのかもしれない。『角玄会』の残忍な行いは、トップを殺すことでしか止まらないということを。だから彼女は、『隠地組』のトップを引っ張ってきた。『隠地組』の頭が自ら『角玄会』のトップを殺害することは、『隠地組』が『角玄会』と完全に手を切ったというこれ以上ない証明になる。財団との今後の関係を考えると、『隠地組』の頭はそう申し出ざるを得なかったのだろう。結果、『角玄会』と友好な関係を続けていた『隠地組』にケジメをとらせ、後始末をさせた形となった。『隠地組』は、財団の要求に応えたということだ。

 周りの『角玄会』のメンバー達が、次々に崩れ落ち始めた。顔を悲しげに歪め、絶望に俯く。暴れ始めた者もいたが、すぐに水面の仲間達によって取り押さえられた。『角玄会』はリーダーが殺され、実質的に壊滅したも同然になった。『隠地組』が敵に回った今、再建の道も断たれたといっていいだろう。この場でリーダーとともに一掃されなかったのが奇跡と言っていいくらいである。恐らくこの場で皆殺しにされては水面の仲間達が巻き添えをくらうだろうと判断し、事前に姫月が何事か話をつけていたのだろう。『角玄会』の者達は状況を理解すればするほど暴れる気力も消えていくようで、過激になっていた者達も段々と沈静化していった。水面の仲間達は下手に刺激してはまずいと思ったのか、暴れずにただ悲観する『角玄会』のメンバー達には追撃したり拘束したりしようとはしなかった。周りが目を光らせる中、『角玄会』の者達は悔し気に地面を叩いたり、泣き喚いたり、頭の名を叫んだりするのだった。その声をききながら、碧は正面へと視線を戻した。物言わぬ死体が、ボロ雑巾のように転がっていた。血に塗れた、穴の空いた動かない姿。望んでいたはずなのに、喜びは微塵も浮かばなかった。ただ、終わったんだという実感が胸に込み上げてくるだけだった。碧と母親を苦しめ続けた日常は、たった今、終焉を迎えたのだ。碧は厳かな顔で死体を見つめた後、奥の水面へと視線を向けた。……目が合う。彼女は痣だらけの顔を動かし、淡い笑みを浮かべた。その表情からは、様々な感情が透けて見えた。それでも血だらけの彼女の細められた瞳は、碧の無事を安堵しているようで。やはり無垢で澄み切った輝きを湛え、煌めいていたのだった。




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