第43話
「あらゆるものは、利用しなくちゃ金なんて作れねえ。資源は有効活用しねーと、生き残れないんだよ。それが出来ない無能ばかりが吠えやがる」
「……一般人は資源じゃないだろ」
「資源だ。いかにそれを上手く使うかが、金を生み出す分かれ目になる」
彼は高説を垂れるようにそう言った。その様子からして、本気でそう思っているようだった。
「そう思わないからこそ、財団はあんたらに忠告したんじゃないのか」
「どちらかというと、財団もこちら側だと思っていたんだがな。どうやら違ったらしい。財団の奴らも所詮見る目の無い雑魚だったってことだ。そもそも奴らは武力に長けていないし、政治事にも疎い。出しゃばる時点で無能だろう」
一笑に付した後、男は周りの部下達へと「お前ら!」と声を荒げて叫んだ。
「殺さない程度にこいつらを痛めつけろ。乗り込まれたのはこっちだからな、正当防衛だ。厄介払いくらいで財団にとやかく言われる筋合いはない」
男は水面に向けていた銃口を、緩やかに翻した。漸くその手を引っ込め、この場に集った水面の仲間達を睥睨した。
「腕や足の一、二本くらいは折っておけ。生意気なガキにはお灸を据えるのが大人の役目だ」
愛湖や露も睨み返す。『角玄会』の者達は各々戦闘態勢を取り始めた。武器を握り締めて構える者もいれば、拳を握りターゲットへ眼を飛ばす者もいた。財団の圧のお陰で殺されることはなさそうだが、争いは避けて通れないらしい。碧は口を大きく開き、腹の奥底から叫んだ。澄み渡る空に響くような、通る声。頭に突き付けられている拳銃は、もう意味をなさない。何も恐れることはない。
「人間は誰しも資源なんかじゃない。放辟邪侈な奴らから、虐げられている人達を守る必要がある」
今、血に塗れて倒れている彼女がこの場に立っていたとしたら、きっとこのように言っているだろうから。碧は水面と同じ、燃えるような意志の宿る、曇りのない澄み切った瞳を、真っ直ぐと男へと向けた。
「——私達は戦う。学生だとか関係ない。志を共にした皆と共に、守るべきものを守る」
守ることに一途でひたむきな彼女の代わりに、言葉を紡ぐ。母親を始めとした、全ての人達を庇って前へと立つように。
「私達は『角玄会』の解散を要求する!」
碧の宣言を合図に、愛湖達が一斉に突撃し出した。『角玄会』の本部ということもあり、敵の数は多い。対してこちらはアーケードに集うようになった、十人にも満たない無力な学生達。それでも皆怖気づくことなく、勇敢に走り出した。『角玄会』も迎え撃つように武器を振り上げる。殺すことは出来ないとはいえ、どのメンバーも獲物を前にぎらついた目をしていた。碧は突撃する少女達の陰で、倒れたままの水面へと視線を移した。碧が彼女の代わりに投げた言葉を、水面がきいていたらどう思っただろうか。紺色の髪先が血で貼りつく、赤と紫の痣だらけの痛々しい顔。その口元は、口角が僅かに上がっていた。
(! ミナモ、意識が戻ったのか)
しかし力なく横たわったままなのを見るに、まだ起き上がる力は戻っていないのだろう。今は倒れた状態のまま、回復に専念しているようだ。何度も殴られて脳が揺さぶられていたため、昏睡や最悪死亡の可能性すらあると思っていた。水面が生きていることを確認して、碧は心の底から安堵した。
その時、碧を捕らえている腕が、首を絞める力を急激に強くした。財団の圧力によって拳銃が使えないため、酸欠で気を失わせようとしたのだろうか。碧は痛みと苦しさに耐えながら、足の先に力を込めた。そして、勢い良く後ろへと突き出した。スニーカーの靴底が向かう先、碧の真後ろには碧を捕らえている『角玄会』の者の体がある。狙うは弁慶の泣き所、向こう脛だ。アウトソールのゴム越しに、細く固いものを蹴り飛ばした感触が伝わってきた。同時に、首を絞める力が僅かに緩んだ。その隙を逃さずに、絡み付く腕を両手で掴み、思い切り内側へと捻った。『角玄会』の者は右手に持ったままの拳銃を碧の頭から離すと、それを使って碧の頭を強打した。頭が揺れて吐き気が込み上げるが、歯を食いしばって耐え忍ぶ。両手は相手の腕を捕らえたまま、放さない。ありったけの力を込めて、捩じ切るように回した。相手は慌てたように腕を引っ込めた。きつく圧迫されていた檻から逃れ、碧は縮まるように身体を低くした。再度捕まえようと伸びてきた手が頭上で空振る。起き上がると同時に身体を捻り、『角玄会』の者と正面から対峙した。相手は拳銃を手にしたままだった。つまり敵の右手は自由に掴んだり拳を作ったりすることが出来ない。今なら、碧の方が有利だ。碧は一度相手の右頬へフェイントを挟んだ後、左手で鳩尾へと思い切り拳をねじ込んだ。片手を使ってフェイントに対処した『角玄会』の敵は、碧の拳を避けきれずにもろに受けた。碧には水面のような力はないため、内臓を持っていくような会心の一撃とはならないだろう。しかし、隙を作ることは出来るはずだ。腹を抑えてよろけた相手に追撃を繰り出そうとした時、『角玄会』の者の右腕が伸びて碧は動きを止めた。引き金が引かれ、発砲音が響く。その銃口の先は、碧の足だった。学生を殺してしまった場合財団に言い訳がきかないが、怪我を負わすくらいなら『誤射した』とでも言えば丸く収まる。彼女は碧の足を撃ち、逃げられなくしようとしたようだった。しかし、何かの動きを捉えながら足を動かすことは、碧が日常的に行っている得意な動作の一つだ。バレーではボールの来る位置を的確に予想し、それを目で追いながら同時にその場所へ向けてステップを踏む。ボールの軌道の先へ腰を下ろし、腕を伸ばして待ち構える。その動作が少しでも遅れてしまえば、腕の当たる場所がずれて、ボールはコート外へと跳んで行ってしまう。だから碧にとって、それは何千回と練習してきた動きだ。まず銃の先が下げられた時点で、碧は足を狙っていると察した。その時には素早く足をあげていた。ボールの向かってくる先へ移動するときと同じだ。横へステップを踏んだ時、銃声が鳴り響いた。碧の足は銃弾の軌道を逸れ、無傷で体を支えて立っていた。銃から硝煙がのぼり、独特な匂いが鼻の奥へ舞い込む。……しかし今回は対処出来たが、再び撃たれたら避けきれる確証はない。
「せいっ……!」
突如、腹を庇うように前屈みとなっていた『角玄会』の者の背後から、水面の仲間の少女の姿が現れた。彼女は手にしたバットを思い切り振り下ろすところだった。バットの先はまるで磁石のように『角玄会』のメンバーの頭へ落ちて行き、鈍い音を響かせた。そのまま『角玄会』の者は地面へ身体を倒し、伸びてしまった。急所に当たったらしい。
「大丈夫っすか!?」
仲間の少女はそう言って、焦ったように碧の身体へ視線を向けた。セーラースカートから伸びる足が無傷なことを確認し、ほっと息をつく。碧に加勢しに来てくれたらしい。仲間達は水面に惹かれるだけあって、皆腕が立つ者ばかりである。
「ありがとう、助かったよ……、!」
仲間の少女の背後に『角玄会』の者の影が近づいていることに気づき、碧は仲間の腕を掴んで引き寄せた。彼女がいた場所を、刃物が風を切って貫いていく。敵襲に気付いた仲間の少女が、バットを振りかぶった。その隙をつくように再び繰り出された刃先に対して、碧は『角玄会』の者の背後に回るように間合いを詰め、すれ違いざまに彼女の腕を攫って行った。相手は後ろへ引っ張られ、軽く体勢を崩した。それにより鈍色の刃はターゲットの身体へ届かないまま、バットがフルスイングされた。鈍い音が響く。殴打された『角玄会』の少女は悪態をつきながら、再び刃物を振り上げた。碧は掴んだ腕をさらに引っ張り、彼女の左肩を掴んで固定した。刃先が最も高くあげられた瞬間、仲間の少女の手が伸びて捻るように奪い取っていく。『角玄会』の少女は悔し気に唸り、後ろの碧へと肘を繰り出してきた。碧は即座に手を放して後ろへ大きく退き、それを避けた。仲間の少女が奪った刃物を突き出し、さらに猛攻を振るい出す。彼女は刃物の扱いに長けている。相手は武器も失っており、膝をつくのも時間の問題だろう。この場は彼女に任せようと、碧は『角玄会』の少女からさらに一歩後退した。
同時に銃声がきこえてきて、碧は即座にそちらへと顔を向けた。硝煙が昇ったのは、『角玄会』トップの男が手にした銃からだった。男と交戦していた愛湖の腕から、一筋の血が垂れていった。傷は深くはないようで、銃弾が掠ったらしかった。碧は愛湖から目の前の少女達へと視線を戻した。今碧が相手をしている敵は既に仲間の少女の方が優勢だ。銃を持った敵を相手にしている愛湖の加勢に向かった方がいいだろう。この場を仲間に任せることに決めて頷きを送った後、碧は愛湖のもとへと走り出した。バットや鉄棒が振られ、殴る音、蹴る音が聞こえてくる中、一目散に逆立つ白髪の少女のもとへと駆け抜ける。愛湖は腕の傷を見て一度顔を歪めたあと、憤慨したように男を睨みつけた。碧が横に来て並ぶと、彼女は目を見開いたあと、碧へ向けて強気な笑みを投げた。まるで碧の隣が定位置だと信じて疑わないような、『遅かったね』と言わんばかりの表情だった。碧は表情を僅かに緩めた。助けに来てくれてありがとうだとか、こんなところに来たら危ないだろうだとか、力になってくれて心強いだとか。言いたいことは沢山あったが、全て飲み込んだ。愛湖は碧を信じて、力になるために駆け付けてくれた。ならば碧も、一先ず言葉を飲み込み、愛湖の隣で戦うのが筋だろう。




