第42話
「そうだそうだ!」
同調するように、露の声が続いた。彼女は『陸路』の元メンバーだった少女だ。露も『陸路』の襲撃事件以降、毎日アーケードに顔を出すようになっていた。さらに彼女に続くように、少女達の同意の声があがっていく。どれも碧の聞き覚えのある声だった。全員、水面の強さに惹かれて集まった仲間達だ。アーケードに集う少女の数は、水面と碧と愛湖の三人から、気付けば一人、また一人と数を増やしていた。情に厚くて何事にも真っ直ぐ、そしてその唯一無二の強さを惜しみなく発揮する水面に、周りが魅せられるのは自然な流れだったのかもしれない。水面を中心として集う少女達の数は、日に日に増えていった。そしてその少女達は、いつもと場所が違えども全員この場に集ってくれたようだった。恐らく彼女達は碧の危機をどこからか聞きつけて、こうして駆け付けてくれたのだろう。水面が水面なら、惹かれる方も惹かれる方だ。水面と似た者同士の、お人好しで真っ直ぐな者達しかいないらしい。
「お前らが俺達を殺せば……『隠地組』も財団もお前らを潰しにかかるんだからな! さっさとミナモとアオイを解放しろ!」
露の声は強がっているのが丸わかりだったが、その言葉は的確に状況を言い得ていた。
(アコ達は状況を全てわかった上で乗り込んだのか。……桜卯姫月が仕込んだのか?)
今、『角玄会』は財団からの圧力で学生に手を出し辛い状況だ。学生である愛湖達が乗り込むには、これ以上ないタイミングである。殺されるリスクは低くなり、今なら『角玄会』から水面と碧を連れ出すことも充分可能となるだろう。人が多ければ多い程『角玄会』が手を出した時の目撃者も増えることになり、『角玄会』を倒す戦力も増えることとなる。姫月はこのタイミングを狙って、適役の愛湖達を嗾けたのかもしれない。
ただ、殺されないというのはあくまでも『角玄会』が財団の要求を飲むという前提ありきの話だ。『角玄会』が財団の要求を無視して暴れることも普通に有り得る。その場合、愛湖達は十中八九暴力を振るわれるだろうし、最悪殺される可能性だってある。それでも仲間達は恐怖や不安を飲み込んで、碧のために集ってくれたらしかった。
(ミナモも……アコも……皆も……)
本当にお人好しだ。純粋で真っ直ぐ突っ走って、……仲間思いで。危険なことに巻き込まれることも厭わず、友達を助けることしか頭になくて。
「……」
胸がきゅっと締め付けられるような、それでも温かなものが満ちていくような、不思議な感覚だった。碧は一人ではなかった。目の前の光景が、それを証明していた。
皆が立ち向かうと言うのなら、碧もこのまま終わる訳にはいかない。この場にいる皆と一緒ならば、不思議と無限に力が湧いてくる気がした。それに水面がボロボロになってまでこの状況を作ってくれたのだ、無駄には出来ない。信頼できる仲間達が傍にいれば、碧はきっと殻を破れる。母親を飼い、碧を殴り続けていた『角玄会』の手から、いよいよ逃れる時が来たのだ。今なら頭に突き付けられている拳銃も怖くはない。感じたことのない、胸の奥底から広がる熱い激情。きっと、水面に影響されたのだ——けれどそれでも構わないと、碧は思った。小さく息を吸う。
「二か月前……母さんの同僚が突然姿を消したんだ」
拳銃を突き付けられたまま、碧は口を開き、はっきりと声を響かせた。愛湖や露、『角玄会』のトップの男、メンバーの者達、アーケードに集っていた仲間達。場の視線が、全て碧へと集まった。こめかみには相変わらず固く冷たい感触が広がって、穿つような痛みが走っている。碧は男を睨みつけるように目を鋭くし、毅然とした態度で言葉を続けた。
「一か月前、彼女は足だけの状態で発見された。崖から落ちて野生の獣に食われたんだろうという結論になったにも拘らず、切断面はまるで刃物で切ったように綺麗なものだった。結局彼女の上半身は見つからなかったけれど……後日、『不可侵の医師団』が手に入れた臓器の中に、歯が混じって同封されているものがあったんだ。その歯は、足だけで発見された同僚のものだった」
碧は今日、母親を逃がすために、時間稼ぎをするつもりだった。そして出来れば『角玄会』を潰して——自由を手に入れようとしていた。その手段として用意してきた、苦し紛れの苦肉の策。暴力を振るわれ続けた長い間、碧は密かに『角玄会』の情報を収集していた。母親に安全という名の安息を齎すために、碧が出来る精一杯のことだった。
「『角玄会』の息の掛かった組織では、行方不明者が絶えなかった。噂になる程の多さではなかったけれど、同様の話はあちこちで起こっていたらしい。結局証拠もなく、自発的に蒸発した、もしくは夜逃げしたということで処理されることがほとんどだった。……でも彼女達は本当はきっと、『角玄会』によって殺されて臓器を売られ、資金源にされていたんだ」
碧一人では、これを『角玄会』に突き付けたところで何の意味もなかった。証拠など揉み消し放題、碧が口封じに殺されるだけで終わりだ。ならばとマスコミにリークしたところで、『角玄会』の顔色を窺われるだけ。他人に協力を求めても、『角玄会』に恐れをなして相手にして貰えない。碧が密かに集め続けた情報は、無意味なものとして闇に葬られるだけのはずだった。
「三か月前、『角玄会』と近い縄張りを持つ組織、『楠会』が襲撃に遭った。どこの組織の仕業かは不明だったけれど、多大な被害が出て、死傷者も多かったらしい。『不可侵の医師団』が駆け付けて治療に当たっていたが、その最中に『楠会』の建物周辺が火事になってしまった。『楠会』はもちろん、治療にあたっていた『不可侵の医師団』のメンバー、そして近隣に住む人達を巻き込んで、辺りは火の海に包まれて全焼した。なんでも水道管が破裂していて、全域で水が使えなかったらしい。その件で『楠会』は一気に力を失い、残った数人の頭達も自決したらしいけど……その後その土地を制圧したのは、『角玄会』だった。その時の火事は広範囲に渡ったせいで火の出所は突き止められなかったけれど、レザージャケットの制服を着る奴らが灯油缶を持つ姿を目撃していた人がいた。襲撃はどの組織によるものかわからず仕舞いだけれど、少なくとも放火の犯人は『角玄会』で間違いない。同様にして半年前にも二回、別の地域で大規模な火事が起きている。そのどちらも水道管が破裂していて水が使えず、辺りに住んでいた住人はほぼ全員亡くなった。その後該当地域を制圧したのは、どちらも『角玄会』だった」
ただの尺稼ぎ、悪足掻きにしかなり得なかった、『角玄会』の活動実態。しかし『角玄会』が手を出す事が出来ない今なら——話が違ってくる。
「八丁目の一角、『角玄会』の縄張りに、空き家に混じって密かに人が出入りする建物がある。雨戸はいつも閉められていて、外見からは使われているとは分からない。その建物の中には、複数の人間が監禁されている。たまたまそこを通った人が、中から怒鳴り声と泣き叫ぶ声がするのをきいている。近くのゴミ集積所からは、血のついた手錠と麻縄が捨てられているのが発見されている。一方、別の地区の『角玄会』の縄張りにも、同じように複数の人間が監禁されていると思われる建物がある。そっちは叫び声が聞こえてくるような噂はきかないけど、時々高級車が止まっているのが目撃されている。そして足を運んだ権力者を辿ると、該当者は全員男性だった。さらに奴らは『角玄会』と関係のある者達ばかりだった。近くのゴミ集積所からは、猿轡が発見されている。中には客人が買い上げるような場合もあったらしく、臓器売買と同じように資金源になっていたと想像できる」
碧のことを殺せないのなら、『角玄会』による口封じは叶わない。碧のことを殺す選択をしたのだとしても、この場にいる仲間達が『角玄会』の活動についてしっかり耳にしてしまった。口を塞ぐためにこの場の学生を皆殺しにするのならば、それこそ財団と正面から敵対せざるを得なくなる。『角玄会』の実態が学生達の口によって外部に漏れるか、もしくは『隠地組』がバックについた財団と正面から争うか。いずれにせよ、『角玄会』は破滅の道を辿ることになるだろう。
「無理矢理縄張り内の住人を薬漬けにしたりもしただろ。『不可侵の医師団』が治療記録のために患者に聴き取り調査を行った結果、『角玄会』から買ったと証言した人間がごまんと出ているらしい。薬のせいで発言の信憑性は保証できないらしいが、これだけ複数の人間が同じことを言うってことは、真実である可能性が高いってことだ」
「……やっぱり、ガキだな」
男は水面へ銃口を向けたまま、碧へと嘲笑を零した。悠然とした態度は、余裕すら見える。碧は男を鋭い目で射貫いたまま、唇をきつく結んだ。
「そのくらい、どの組織もやっている。お前らはまだまだ世界を知らないだけだ。俺らを締め上げるというのなら、まずは『隠地組』のような他組織から取り締まるんだな」
「……あんたらは金を巻き上げるために一般人や子供を犠牲にし過ぎた。他の組織だって抗争のためにあらゆる手段を尽くしてはいるだろうけど、それはあくまで敵対組織に対してだ。無関係な人を好き放題巻き込んでいるあんたらは、一線を越えているんだよ」
この抗争ばかりの世の中、犠牲は常であり、毎日多くの命が消えている。それでも組織に属さない者、学生、子供、それに『不可侵の医師団』のような小規模組織に属する者。明確に彼女達を狙って殺す組織なんて、存在しない。
「この状況を作ったのは、あんたら自身だ」
『角玄会』は、暴虐の限りを尽くし過ぎたのだ。力の籠った強い口調は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭かった。しかし相手は、全く意に介していないように鼻で笑うだけだった。




