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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第40話

(……私が……みんなを巻き込んでしまったのか)

 本来は、碧一人で死ぬこと覚悟でここへ乗り込むつもりだった。母親を逃がす方法は思い浮かばなかったが、それでもなんとか時間を稼ぐことで少しでも『角玄会』の目を撒こうと思っていた。それから水面と林檎が協力してくれることになり、二人によって碧の命は繋がり、そして母親も無事に『角玄会』から隠れることが出来た……と、思っていた。しかし現実は甘くなかった。いや、碧が『角玄会』を甘く見ていただけなのかもしれない。碧は捕らわれ、水面は今にも殺されかけていて、そして母親と林檎は『角玄会』に見つかってしまった。四人とも、すぐに『角玄会』に殺される。最初から『角玄会』に目をつけられていた碧と碧の母親は未だしも、水面と林檎はそもそも何も関係がなかった。平和な道を歩んでいたはずの二人を、碧が完全に巻き込んでしまった。大好きな母親、そして未来ある二人の大事な後輩。彼女達の命が、間もなく散ろうとしている。

(駄目だ……もう駄目だ)

 碧は視界がぼやけていくのを感じた。絶望感と悲壮感と罪悪感で胸が締め付けられる程痛かった。ここまでやるせない気持ちは初めてだった。大事な人達が殺されるとわかった上で、自分に出来ることは何もない。無力。あまりにも無力だ。碧のそんな心中など知ったことではないとでも言うかのように、再び鈍く重い音が耳に入る。水面が再び殴られて、彼女の頭がひどく揺れたところだった。紺色の毛先が舞い上がり、血に塗れた顔へと落ちていく。前髪の隙間から覗く瞳が、僅かに震えて薄っすらと開いた。その瞳は男ではなく、碧へと向けられた。水面の口から呻き声が漏れ、血が止まることなく顔を流れていく。しかしその瞳は、やはり輝きを失っていなかった。満身創痍な体とは裏腹に、彼女の意思は微塵も屈していなかった。碧を見上げる、真っ直ぐな視線。燃える意思を宿した、透き通る、曇りのない煌めく瞳。

(……)

 どうしてこんな状況でも、そんな目でいられるのだろう。自分は動けない程殴られていて、仲間は銃を突き付け捕らわれていて、大事な友人は間もなく殺されてしまうという状況なのに。これ以上ない程の絶望の中、どうしてそんなに真っ直ぐ希望を失わずにいられるのだろう。まるで碧を励ますかのように向けられた瞳に、碧は震える口を固く結んだ。懸命に涙が零れるのを堪えようとして、しかし堪え切れずに雫が頬を伝って零れ落ちていった。

 男が拳を一際大きく振り上げた。拳銃を構えているにも拘らず暴力に頼っているのは、彼なりのメンツの保ち方なのだろう。水面は『角玄会』に乗り込み、部下達を何人も倒し、直々の勧誘すら断った。組織員ですらない学生の身分で、かなり好き放題やってしまったのだ。鉛玉を一発では腹の虫が治まらず、『角玄会』の沽券にも関わるのだろう。そんな『角玄会』なりの報復も、この一発で最後になるようだった。水面はもう、自力で起き上がる事が出来ない。呼吸も弱々しく、そろそろ限界が近いであろうことが察せられた。……これで終わりだ。

「やめろっ……!」

 碧は声を荒げた。これまで出したことのないような、腹の底からの咆哮だった。水面は大事な後輩で、大切な友人でもあった。怖がらずに接してくれて、助けてくれて、危険を顧みずに手を貸してくれた、お人好し。無敗で、自信に満ちていて、常に相手のことを考えて動く、絶対的王者。同時に一人の学生で、碧と同じくらいの年齢の少女で、大切な守りたい人がいるありふれた人間でもある。そんな彼女が碧にとっては眩しく、心惹かれる存在だった。きっと友達とは、こういう感覚を言うのだろう。碧は我武者羅に身を捩った。目の前で、そんな彼女が殺されようとしている。その澄んだ瞳に宿る炎が、煌めきを失ってしまう。それは酷く恐ろしく、まるで一本だけ残った灯が消えてしまうかのような心地だった。暗闇に、価値なんてない。何も残らない。彼女を喪う事だけは、絶対にあってはならない。そう心が叫んでいるのに、今の碧に男の拳を止めることは出来ない。目の前にいながら——その拳が彼女の命を奪うところを、見ていることしか出来ない。

「……っ!」

 碧の口から、言葉にならない悲鳴が漏れる。碧の言葉は男の耳を通り抜けていくだけで、拳が収められる気配は全くない。碧の懇願虚しく、男の拳が勢い良く振り下ろされる——その時だった。

「ボス!」

 この場を支配する大声が響いた。奥から慌ただしく姿を見せたのは、『角玄会』のレザージャケット姿の少女だった。先程の者とは別の顔だ。息を切らせて、今にも拳を振り下ろそうとしていた男のもとへ駆け付ける。

「……なんだ。殺し終えたか?」

 男は拳を宙に止めながら、言葉だけを雑に投げた。視線は標的を見下ろしたままだった。確かに時間的には、母親と林檎を始末した報告のタイミングとして違和感はない。しかし少女の顔は、なんだか憔悴しているように見えた。彼女は震える唇から、なんとか言葉を絞り出した。

「い……『隠地組』が、手を切りました……!」

「……。……あ?」

 男も流石に予想外だったようで、水面を見下ろすばかりだった顔を漸くあげた。サングラス越しに、『角玄会』の部下を睨みつける。

「なんだって?」

「い、『隠地組』から我らの行動には賛同出来ないと、突然連絡が」

「……なんだ急に? 傘下に入るって話はどうなった? あまりにも自分勝手じゃねえか」

 男は眉を寄せ、水面へ向けていた銃口を報告に来た部下へと上げた。部下は状況に混乱していたのに加え、自身に向いた銃口と目の前の機嫌の悪い眼光でさらにパニックになっているようだった。

「ボス!」

 奥から、さらに別の『角玄会』のメンバーがやってきた。彼女も慌ただしく息を切らせ、その顔は焦燥感に溢れていた。彼女の報告も良くない内容であることが嫌でも察せられる様相だった。

「財団から電報がきました……!」

「電報? ……財団から……?」

 男は訝しむように繰り返した。不思議に思う程、財団と『角玄会』の関わりは薄かったのだろう。

(財団……?)

 碧はきこえてきた言葉に眉を寄せたあと、やがてはっとした様子で顔をあげた。

(桜卯姫月……!)

 パッチリとした睫毛の彩る瞳、桃色と紫色の混じる二つ結びの長い白髪。そして腹に一物抱えていそうな怪し気な笑みが想起された。林檎は『信頼できる人間に協力を仰ぐ』と言っていた。林檎の信用するような人物、そして財団と繋がりのある人物。今このタイミングで財団を動かせる人間など、彼女しかいない。

「電報には、今の『角玄会』の行動は組織の在り方として不適切だという主張が記載されていました。学生への一方的な暴行は倫理に反する行為だ、と……ボスが学生に『教育』している様子を撮った写真も添付されていました。これ以上一般人に手を出すような行為を続ける場合、武器や食糧の確保は難しくなるだろう、とも記載されていました。この情報はマスコミや情報屋にも広がっているようで、事実確認の連絡も来ております」

「……『隠地組』が手を切ったのもそのせいか。財団を敵に回すのは悪手だと判断したらしい」

 男はそう言った後、報告に来た少女の胸倉を掴んだ。般若のような顔で、距離を詰める。

「一般人を巻き込むなんてどの組織もやってることじゃあねえか! 財団にガキなんて関係ねえ。『隠地組』に圧力かけて、おめーらの都合のいいようにしたいだけだろーが!」

「ひっ……!」

 唾が飛び散る距離で怒鳴られ、部下は辟易したように震えあがった。

「『隠地組』も『隠地組』だ、びびって財団の顔色窺いやがってよ」

「……。ボス、どうしますか?」

 脇に控えていた『角玄会』のメンバーが、おずおずと指示を仰ぐ。男は怒りで叫び立てていた口を閉じた。

「……」

 サングラスの奥の目が細められる。組織のトップたる顔付きだった。頭の中であれこれと勘案しているらしい。『角玄会』のアジトは、しんと静まり返った。場の全ての視線が、男へと集まっていた。一変した状況の中、碧はごくりと唾を呑み込んだ。

(林檎ちゃん曰く……『角玄会』の弱点は、『隠地組』だって話だったよな)

 財団からの圧力とはいえ、『隠地組』は『角玄会』と手を切る判断をしたようだった。もし本当に『角玄会』にとって『隠地組』が玉将なのだとすれば、『角玄会』は大打撃を食らったことになる。男は長い事思案に耽っていた。それだけ彼にとって予想外の事態であり、なかなかに難しい状況になったようだった。

(ミナモ……)

 碧は地面に倒れたままの水面を見下ろした。水面は四肢を投げ出し仰向けになったまま、ぴくりとも動かなかった。腹が浅く上下していることから、辛うじて息があるのは確認出来た。痣に塗れ血で汚れた顔。前髪から覗く目は瞑られている。今の一報がなければ、水面は拳を食らって死んでいただろう。碧は水面の身を案じるように眉尻を下げた。

「『隠地組』とはもう組めねえな。しかし表立って抗争する分には分が悪い。今はこのままの関係を続けるべきだろう。財団もこれだけのことをやった落とし前はつけさせたいが……物資の供給を潰されるのが厄介だ。こっちも表ではそのままの関係を続けて、時を見て潰すのが妥当だろうな」

 男はぶつぶつと言ったあと、顔をあげた。

「問題は写真だな。こいつを『躾けている』ところを撮ったということは、この近くに財団の奴がいたってことだ」

 男の大きな独り言をきいて、碧は眉間に皺を寄せた。

(確かに……そうだ。ミナモを殴っているところを撮れたっていうことは、桜卯姫月はこの近くにいたのか?)

 碧は辺りを密かに見渡した。建物の隅、草木の陰、フェンス越しに見える道路。素人目では、誰かが隠れているようには見えなかった。視界の隅で、男がサングラス越しに碧へと視線を向けた。目が合う。

「……なるほどな。まさかお前が財団と繋がっているとはな」

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