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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第39話

「アオイ!」

 水面は自身に男の銃口が向けられているにも拘らず、碧へと振り返った。近づいて助けようと、焦燥感のまま一歩を踏み出す。その瞬間、男の低い声が響き渡った。

「待て」

 有無を言わさない声色に、水面は身体をピタリと止めた。男はすぐにでも引き金を引きかねない雰囲気を醸していたため、彼女が言葉の通りにしたのは正解だったと言えるだろう。水面に銃口を向けたまま、男は一歩二歩と前へ進み始めた。その度に水面と碧との距離が縮まっていく。

「手を出したら殺す。……そいつがな」

 碧を捕らえた部下を、顎で示す。

「お前の行動で折山の娘が死ぬことになってもいいっていうんなら、いくらでも暴れればいい」

 水面は初めて困惑と焦りを表情に滲ませた。迫りくる男と銃口よりも大事だと言わんばかりに、銃を突き付けられた碧へと顔を向ける。少し下げられた眉、しかし気丈に前を向く瞳。なんとか碧を助けようと思案しているのが伝わってきた。

 水面の視線が、碧のこめかみに当てられている銃へと移った。引き金を引かれる前に、なんとかその銃を奪う、もしくは碧の頭から離せないかと画策しているのだろう。そうしている間も、男の持つ銃は水面の頭を捉えたままだ。ゆっくりと歩みを進めていた男は、やがて水面の前へたどり着いた所で足を止めた。水面はそちらに顔も向けず、碧の頭に突き付けられた銃を睨みつけるばかりだった。隙が出来た瞬間、もしくは碧が何か行動を起こした時に、直ぐにでも動けるように気を集中させているようだった。

 男は空いた手を握り締めると、突然水面の頭に向かって振りかぶった。水面はそちらに顔を向けていなかったにも拘らず、大きくしゃがんでその軌道を避けた。男の太い腕は虚空を切っただけだった。しかし男も当たらないことは想定内だったようで、その顔の笑みは崩れなかった。水面は男を見上げ、鋭い目で睨み付けた。男はさして気にした様子もなく、にやにやとした顔で水面を見下ろしていた。

「次避けたら、あいつ死ぬぞ」

 男はサングラスの奥の目を細め、雑に顎で碧を示した。碧は身体を固定された腕の中で、顔を強張らせた。水面は男を睨みつけるばかりで、表情を変えることはしなかった。

 男は再び血管の浮き出る拳を構えた。そして、水面の頭目掛けて降り下ろす。激突した瞬間水面の頭部が激しく揺れ、身体ごと地面へ叩きつけられた。倒れ込んだ苦し気な顔を覗き込み、男はさらに拳銃を持った手を振るった。痛みに歪んだ頬を、銃身で抉るように殴りつける。その重さに水面の顔が勢い良く地面へと打ち付けられた。地べたに頬をつけた横顔は、赤い脹れがくっきりとよく見えた。男の岩のような拳が、再び反対側から飛んでくる。水面の頭はまたも振られ、彼女が歯を食いしばったのが碧からも見えた。鈍い音が響き、水面の鼻から一筋、血がつうと流れていった。男は立ち上がり、革靴の底で水面の額を踏み躙った。未だに片方の手には銃が握られていて、その銃口が改めて水面の頭へと向けられた。

「ミナモ……!」

 銃を突き付けられていることも忘れ、碧は首に絡み付く腕を振りほどいて水面に駆け寄ろうとした。しかし、碧が身を捩ったところでびくともしなかった。碧の背後にいる人物は、『角玄会』の中でも体格のいい者なのかもしれない。仕上がった腕はまるで鉄の檻のように碧を捕らえて放さなかった。

 男は水面が必死に呼吸を整えているのを見下ろし、銃を左手へと持ち変えた。革靴を水面の上から除けて、一歩下がる。そしてしゃがみ込むのと同時に、右手の拳を勢い良く水面の腹へと振り下ろした。成人男性の全力、そして落下の勢いを乗せた固い拳は、水面の腹へと埋まるように叩きつけられた。水面の身体がくの字に反れる。

「~~っ!」

 苦痛によって漏れた悲鳴は、声になっていなかった。あの様子だと、内臓がどれか駄目になった可能性が高い。はくはくと酸素を求めて震える口は、再び顔を殴られたことによって止まった。男はさらに二発、三発と、水面の顔を殴り続けた。その拳は止まることはなかった。水面の顔に赤い脹れがいくつも広がり、紫や青色の痣が出来、切り傷が増えて血が滲んでいく。鼻と口から垂れていく血は量を増し、水面の端整な顔はどんどんと汚れていった。

「ミ……ミナモ。もう私のことはいいから、早く反撃しろ」

 碧は思わず震える声で叫んだ。殴られる度に、水面の頭が激しく揺れて、血が溢れて垂れていく。このままだと、水面が死んでしまう。しかし水面は一切反撃をすることなく、されるがままとなっていた。あるいはもう、碧の言葉がきこえていないのだろうか。

 男の殴る手が、不意に止まった。拳銃の先だけが、水面を捉え続けている。水面は自身を打つ手が引いたにも拘らず、ぼんやりとした表情で虚空を見上げていた。震える口から吐かれる呼吸は、弱々しい。痣の躍る瞼は今にも閉じそうな程伏せられている。血が彼女の顎を伝って、地面へと垂れていった。

「これが最後のチャンスだ」

 男は水面の様子など意にも介さず、引き金に添えた指を僅かに動かした。サングラス越しに水面を見下ろす瞳は冷めきっていて、情など一切感じられない。

「『角玄会』に来い。『角玄会』のために働くなら、命は助けてやる」

 男は水面を覗き込み、拳銃の先を水面の頭へと伸ばした。水面の瞳が覚束無い動きで移動して、自身に向いた銃口へと向けられた。じっと見上げる間も、水面は弱々しく息を吸って吐くことをを繰り返していた。そして一念発起するように一度顔を歪めると、口から勢い良く血を吐き出した。呼吸を整えるように間を挟み、震える口で大きく息を吸う。水面の瞳は、男を真っ直ぐと見上げていた。

「断る」

 少し掠れた、弱々しい声量。しかし凛とした芯の強さを感じる声はいつもと変わらない。水面は短く、しかしきっぱりと否定の言葉を口にした。サングラスの奥で、男の目が細められた。

「あたしは、アオイを殺そうとするような奴らの仲間になんか、ならない」

 やはり掠れた、今にも消え入りそうな声だった。それでもはっきりと言い切って、水面は男を睨みつけた。その顔は痣だらけで、流れた血で真っ赤に汚れている。呼吸も弱々しく、立つこともままならないのだろう。しかし水面の瞳は、まだ炎を失っていなかった。曇りのない真っ直ぐな、燃えるような意思を宿した瞳。彼女はまだ諦めていない。射殺さんばかりに眼光鋭く男を見上げる。男は笑みを消し、そして拳を思い切り振り下ろした。水面の頭を、吹き飛ばす勢いで殴りつける。水面の顔は衝撃で地面に叩きつけられ、その表情は前髪に隠れて見えなくなってしまった。彼女は言葉を発することも抵抗する素振りも見せず、地面に横たわったままだった。

(まずい……!)

 碧は自身を捕らえる腕の中から逃げ出して助けようと、無我夢中で藻掻いた。水面のくたりとした四肢、弱々しく上下する腹。土と血だらけの頭。無敗だった彼女の、初めて見る姿だ。このままでは本当に、水面は……!

「ボス!」

 その時、奥から一人のレザージャケット姿の少女が姿を現した。彼女は走って男へと近寄った。その顔からして、何やら急ぎの用があるようだ。彼女は声高に叫んだ。

「折山の潜んでいる家を見つけました!」

 ……碧は、呼吸をすることさえ忘れたように固まった。茫然としたまま、景色がぐにゃりと曲がるのを感じた。ついに、ついに見つかってしまった。母親も、そして林檎も。男はその一報に、にやりと口の端をあげた。

「よし。乗り込んで殺せ」

 機嫌の良さそうな声をあげ、男は愉快そうに笑みを浮かべた。指示を受けた『角玄会』のメンバーは、お辞儀をすると即座にまた奥へと消えていった。蜻蛉返りする背中へ、碧は思わず手を伸ばす。

「待っ……っ!」

 捕らわれたままのせいで、伸ばした手は虚空を切っただけだった。碧の叫びも虚しく、指示を受けた者の姿は奥へ走っていってすぐに見えなくなった。碧は魂が抜けたように、既に見えなくなった背中へ顔を向けたままだった。……全て夢だと思いたかった。横から骨の砕けるような重い音がきこえてきて、力無く振り向く。男が再び水面の顔を殴りつけていた。血が大量に零れて、地面を赤色に染め上げていた。

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