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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第31話

「碧さんも……よろしいでしょうか。『角玄会』に乗り込んで戦い続けるなんて、非常に危険を伴いますし、大変不安かと思いますが……」

 そこで、林檎は僅かに瞳を伏せた。

「それでも、水面と碧さんが殺されてしまう前に、なんとか助っ人が『隠地組』を動かしてくれることでしょう。信じて戦って頂けますか」

「……勿論。もともと私一人で決死の覚悟で乗り込もうとしてたんだ。……それに比べたら、今は全然違う。すごく心強いよ」

 恐怖心がないと言ったら嘘になる。ただの学生で武器も力も持たない碧が、影響力もあって人数もいる『角玄会』へ乗り込むなんて、死にに行くようなものだ。それでも、戦う時に隣に水面がいて、林檎が立ててくれた計画と用意した一手があれば、きっと碧の生き抜く確率はゼロではなくなった。それに何より、一人ではないという事実が不安な気持ちを和らげた。碧は林檎の言葉に、僅かに口角をあげた。水面のようにはいかないが、確かに強気な自信が垣間見えるような笑みだった。林檎も少し安堵したように、柔らかく微笑んでくれた。

「……それで……、私達の行動は林檎ちゃんが計画してくれたけど。……問題は、母さんをどう逃がすか、だよな」

 そう、まだ主題が残っている。碧達の動きの確認が終わり、碧は少し言いにくそうにそう切り出した。林檎の言っていた通り、母親は碧達の『弱点』だ。どんなに碧達が『角玄会』を蹴散らし、また二人が生き残っていたとしても、母親を捕らえられては意味がない。人質にされたら碧達は『角玄会』の言う事を聞かざるを得ないし、それこそ母親が殺されてしまったら碧がこうまでして『角玄会』に反抗した意味がなくなってしまう。碧の表情が再び曇ったのを見て、林檎は表情を変えずに口を開き、淡々と言葉を発した。

「碧さんのお母様については、わたしがお守りいたします。事が終わるまで、この家で匿いましょう」

「え……」

 予想もしていなかった言葉に、碧は思わず呆けた。その横で、水面は瞬時に顔付きを変えた。

「……それは駄目だ。そこまで明確にあたし達に加担したら、お前も危ない」

 水面は言い聞かせるようにそう言った。語気は強く、真剣な顔つきだった。林檎は水面へと視線を絡めた。

「……わたし、水面達が思う程か弱くないわよ」

 口調を変えず、感情を顔に出さないまま、林檎は水面の瞳を真っ直ぐと捉えてそう言った。

「碧さんのお母様は、こちらの最大の弱点よ。何が何でも死守しなければならない。でも足のこともあるし、監視下では遠くへ逃げることはほぼ不可能。それなら隠れること、そして誰かが傍にいて守ることは必須になるわ。『角玄会』へ乗り込んで暴れるのは水面の強さありきだし、碧さんは監視の目が厳しくて隠れても場所はすぐにバレるわ。だから動かせる駒は、わたしだけ」

 林檎は水面へ説明を終えると、碧へ顔を向け、微笑んでみせた。柔らかく上品で、完璧な笑みだった。

「大丈夫。……お母様のこと、ぜひ任せてください。何が何でも、『角玄会』には指一本触れさせません」

 碧は開きっ放しだった口を、思い出したように閉じた。誰しもが見惚れて首を縦に振ってしまうような、百点満点の笑みをじっと見つめる。そして、碧は頭を下げた。

「……ありがとう。それにごめん。結局巻き込んでしまった」

 水面だけでなく、林檎までも巻き込んでしまった。これで林檎が怪我をしてしまったら、林檎どころか水面にも合わせる顔がない。それでも母親のことを考えれば、林檎の言う通りこうするしかないのだろう。母親を一人で逃がす方法に碧と水面は答えを見つけられなかったが、そもそも答えは存在しなかったのかもしれない。仲間に匿ってもらうというのが最善の選択肢だとしたら、それが出来る人間は、この場で林檎しかいない。

「……」

 水面は一瞬だけ悲し気な顔をした後、直ぐに表情を引き締めた。

「なるべく派手に暴れて、アジトに『角玄会』の奴らを引き付けておく。アオイのお母さんを探しに行く余裕を与えないようにするから——」

「何言ってるのよ、水面達が死なないことを優先して。さっきも言ったけどわたし、そんなに弱くないわよ。こっちは安心して任せて頂戴。水面は変なこと考えなくていいの」

 林檎は涼しい顔をして水面の言葉を遮った。水面は唇を噛んだあと、渋々といったように「わかった」とぶっきらぼうに返した。

「碧さんも、どうか顔をあげてください。……碧さんにご承諾いただけたとしまして、話を進めましょう。明日の朝、行動を起こす前にお母様をこの家の近くまで送り届けていただけませんか。その際つけてきている『角玄会』の人間がいれば、あえて引き連れて来て下さい。道中で回り込んで水面に意識を奪ってもらって、その間にお母様にうちに来ていただきましょう。……となると、お母様にはその旨共有が必要ですが、よろしいですか?」

 碧は下げていた頭をゆっくりとあげた。林檎は相変わらず優雅な笑みを湛えていて、碧に問うような視線を投げて答えを待っていた。巻き込まれたと責めるような雰囲気も、厄介事を嫌そうにする素振りも全くなかった。胸中の読めない完璧な笑みが、優し気に碧へと向けられている。碧は小さく頷きを返した。

「では、家に盗聴器が仕掛けられている可能性を考えまして、わたしが手紙を書きましょう。碧さんは何も言わず、お母様に手紙をお渡ししていただければと思います。読み終えられましたら焼却処分をして残さないようにしてください。明日家を空けている間に家捜しされる可能性もありますので」

 言い終わるや否や、林檎は椅子を引いて腰を浮かした。手紙を認めるためだろう。予想通り、「手紙を用意してまいります」と言葉を残して林檎は部屋を去っていった。白色のネグリジェを揺らし、小さな身体は扉の奥へと消えていった。

「……ミナモ。本当にごめん」

 碧は横の水面へと、謝罪の言葉を掛けた。水面は仏頂面のまま碧へ視線を投げ、それからその表情を緩めて首を横へと振った。

「アオイのせいじゃないから、アオイが気にする必要も謝る必要もない。……あいつが危機感なさすぎなんだ。いやそもそも林檎に頼ろうって言ったのはあたしだから、責任って話じゃあたしのせいなんだけど……」

 水面ははぁ、とため息を漏らしてテーブルへ頬杖をついた。

「あんな提案されるなんて全然思っていなかったんだよ。なんであいつ、あんなに怖いもの知らずなんだ? 弱くないって言うなら、あたしに腕相撲の一つでも勝ってから言えよな」

 水面はそう言って、家主の消えた扉の先へ視線を投げた。不貞腐れたような顔付きで、「本当生意気……」とぼそりと呟く。その声は言葉に反して、憂いに染まっていた。

「でも、林檎ちゃんのお陰で大分道筋は出来た気がする。ただ母さんを逃がす時間を稼ぐために突っ込もうとしてた時とは大違いだ」

 碧はそう言って、視線を向けてきた水面に対して軽く笑みを浮かべた。

「ミナモと一緒なら、なおさら」

 水面は掌に頬を埋めたまま、に、と満足そうに笑った。

「一日ボールを打ち続けたかいがあったな」

 水面は茶化すようにそう言って、目を柔らかく細めた。

「……よし、明日はアオイのお母さんや林檎を探す余裕なんてないくらいに、『角玄会』の奴らをボコボコにしてやろうぜ。今までの恨みも含めてな」

 水面は上体を起こすと、テーブルから両腕を離して天へと伸ばした。指を組み、大きく伸びをする。細い両腕が降りてきたとき、その顔にはいつもの強気な笑みが浮かんでいた。炎の宿る真っ直ぐな瞳は、明日を向いて煌めいている。『角玄会』に立ち向かう恐怖を消してくれる、希望の灯った横顔だった。

 カチャリ、と小さく音が鳴って、扉が再度開いた。奥から封筒を手にした林檎が姿を現す。彼女は紅色の髪を靡かせ、碧のもとまでやってくるとそれを差し出した。同時にふわりと石鹸とシャンプーか何かの花のような香りが碧の鼻に舞い込んだ。

「手紙を書いてまいりました。こちらをお母様へ渡していただけますか」

「わかった」

 小さな両手が差し出した封筒を、碧は大事そうに受け取った。

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