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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第29話

「今から林檎の家に行こう。場所は知ってる」

「……え?」

 疑問ばかりが頭を支配する碧の上腕を取って、水面は碧を引っ張り上げた。碧もつられて立ち上がる。水面は傾斜を上り出し、腕を掴まれたままの碧もそれについていった。困惑に溢れる碧の様子を見て言葉が足りなかったと思ったのか、水面は土手の上まで来ると一度立ち止まり、振り返った。

「このまま二人で考え続けてても埒が明かないだろ。林檎はそういうの、得意なんだ。だからあいつならきっとなんとか出来る。なるべく巻き込みたくなかったけど、このままだとあたし達、本当にまずいことになるからな」

 水面は碧の腕から手を離した。説明を終えると碧に背を向け、歩き出す。碧も追い駆けてその横へ来ると、肩を並べてついていった。先程飲み物を購入した自販機が見えてきて、横を通る際に備え付けの回収箱へ空のペットボトルを落としていった。

「……こんな時間に押しかけて大丈夫かな」

 碧はすっかり暗くなった空を見上げた。こちらは緊急事態でも、無関係の彼女にとっては休日の只中である。

「明日『角玄会』に乗り込むとするなら、流石に日を改める余裕はないからな」

 二人に残された時間は少ない。碧達は刻一刻を争う状況にいる。

「……なんか私達、こんな状況なのに朝から夕方までバレーしてたの、馬鹿みたいだな」

 碧は自身の行いを振り返って苦々し気にそう言った。横の水面はおどけたように肩を竦めた。

「アオイが強情だからだぞ」

「お互い様だろ」

 二人は顔を見合わせ、そして同時に小さく笑った。希望の見えない状況のはずなのに、こうして笑みを浮かべられるのは、目の前の彼女のお陰だろう。

(……他の人に頼るなんて、私一人じゃ出来なかった)

 広く開けた道には相変わらず人影はなく、二人は横に並びながら川沿いの土手を歩き続けた。碧は足を動かしながら、胸に抱えたボールを摩った。

(ミナモならではの考えだな)

 碧はこの状況になっても、林檎まで巻き込んでしまうかもしれないという不安や心配が心を支配していた。碧一人なら絶対に人を頼るという発想は思い浮かばなかった。しかし水面の言う通り、このままでは水面も碧も母親も窮地に追い込まれる。何か小さなことでも、打開策を見出していくしかない。

(林檎ちゃんは学校で成績トップだって話だし、何か私達じゃ思い浮かばないような視点を持っているかもしれない。小さい彼女にはよく分からないだろうけど……駄目元で話してみるしかないか)

 二人で長い時間考えていても、結局答えは思い浮かばない。ならば水面の案も試していくべきだろう。水面は僅かに後方を盗み見ると、碧へ少し顔を寄せて声を潜めた。

「大丈夫だ、誰もあたし達をつけていない。それにもし見られても、『角玄会』にはアオイがあたしを裏切る準備をしているように映っているだろうから、家に寄るくらいじゃ林檎まで巻き込む可能性はかなり低いと思う」

 客観的に見れば、水面が碧を友達の家に連れて行っている状況だ。確かに水面が主導である以上、林檎まで『角玄会』に敵対しているとは思われにくいのかもしれない。『角玄会』は碧を通じて水面が仲間になると思っているため、今の段階で水面の友達にまで手を出したりはしないだろう。水面はそこまで計算した上で林檎を頼ることを決めたのかもしれないと碧は気が付いた。彼女は何も考えていないようで、案外こういうところは丁寧に事を運ぶ。水面と一緒にいる機会が増えて知ったことの一つだ。

「……そうだな。行こう」

 碧は僅かに顔を晴らして、頷きを返した。

「大丈夫だ。あいつなら、絶対にいい案が思い浮かぶ」

 水面は自信満々にそう言って、歩くペースを速めた。何時間も動き続けた後とは思えない、しっかりとした足取りだ。碧もそれについていった。光を灯した街灯が、土手の広い道へ円をいくつも描いていた。それを辿るようにして、二人は林檎の家へと向かったのだった。




 水面に案内された先は、住宅街に建つ一軒家だった。周りはどれも空き家のようで、窓ガラスが割れていたり壁に穴が空いていたり雑草が伸びていたりと人の手が入っている様子はなかった。そんな中、唯一明かりのつく目の前の家だけは、綺麗に手入れがされていた。クリーム色の壁、こげ茶色の屋根、木製のデザインが施された扉。二階のベランダでは窓越しに桃色のカーテンが引かれているのが見えている。シンプルながら、おしゃれな印象を受けるエクステリアだった。碧が眺めている間に、横の水面はチャイムのボタンに手を伸ばしていた。人差し指で躊躇なくボタンが押され、家の方から小さくチャイムの音が聞こえてきた。

 二人はしばらく玄関で突っ立っていたが、なかなか家主は姿を現さなかった。目の前の扉は固く閉ざされたまま静かだ。水面の指が再びボタンへと真っ直ぐ向かい掛けた時、やっとのことで小さく扉が開いた。扉の隙間から顔を出した家主は紅色の髪を垂らし、白のネグリジェを着ていた。林檎は驚いたように二人の来客を見上げていた。

(この時間で寝間着なんだ)

 しかしよくよく考えてみれば、確かに夜八時は子供は寝る時間なのかもしれない。

「水面、と……。碧、さん?」

 林檎は水面の顔を見、そして横の碧へと顔を向けた。来客が水面であることには見当がついていたようだが、流石に碧は予想外だったようだ。

「……夜分遅くにごめん」

 碧はまず謝った。彼女の寝る準備を邪魔してしまったかもしれない。決まり悪そうに、眉を下げる。

「お前の力が必要なんだ。今いいか?」

 その隣の水面は、挨拶は不要とばかりに真っ直ぐと切り込んだ。真剣な表情で、林檎を見つめる。林檎はじっと水面を見つめ返し、そしてもう一度、碧の顔へと視線を向けた。

「……なんだか、訳ありのようね」

 林檎はそう言うと、二人を迎えるように扉の隙間を広げた。

「……入って。……碧さんも、狭い所ですが」

 林檎は家の中を示し、歓迎する言葉を投げてくれた。二人は誘われるまま林檎の家へと入った。碧は外を警戒しながら、慎重に扉を閉めたのだった。




「……成程。あの『角玄会』を敵に回すことになった、と」

 三人はリビングでテーブルを囲んで座っていた。碧は木製の椅子に浅く腰掛け、横の水面と二人、正面に座る林檎と対峙していた。テーブルの上には三つのグラスが用意され、中には氷の浮かんだアイスティーが入っていた。家の中に通されたあと、水面は林檎へとここまで来た経緯を説明した。林檎は表情を顔に出さずに水面の話に耳を傾け続けていた。水面の話が終わった時、林檎は若干呆れを滲ませて、久方ぶりにそう言葉を発したのだった。いつも喧嘩ばかりしている水面のことである、内容に大方察しはついていたのだろうが、まさかあの悪名高い『角玄会』に乗り込むなどとは林檎も予想していなかっただろう。客観的に見れば呆れられるのも無理はないなと、碧は内心苦笑を浮かべた。

「ああ。でもあたし達じゃどうやったら勝てるかが分からなくてな。もう正面突破するしかないんじゃないかと思うんだが、どうだ?」

「正面突破なんて愚の骨頂だわ、組織の大勢の人間に学生が二人きりで立ち向かうんだもの。そういう堂々と攻めるのは、数か質が圧倒的に優位な場合にのみ実践するべきよ」

 林檎はそう言って、両手で持ったグラスに口をつけた。彼女の小さな手には来客用のグラスは大きすぎるようだった。アイスティーで喉を潤すと、林檎は再び口を開いた。

「……本当は、確実に勝てると判断した争い以外は避けるべきなのだけれど。そうも言っていられない状況みたいね」

「何言ってんだ、喧嘩はやってみなきゃ結果なんてわかんないぞ。明日だってあたしは絶対に逃げないし、当然勝つ気でもいる」

「水面は例外なのを自覚するべきだわ。普通は自分の実力を鑑みて、事前に勝ち負けを予想して進退を判断したり、勝つための仕掛けを施しておいたりするものなのよ。無策で突っ込むなんて、負けにいっているようなものだわ。……普通なら、ね」

 彼女は最後に苦い顔でそう付け足した。林檎も水面の規格外の強さと彼女の真っ直ぐな性格のことは当然知っているようで、『普通』の枠に収まらないことも理解しているらしかった。水面と林檎の会話を横で見守りながら、碧は自分の前に置かれたグラスを取り、口元へと持っていった。

(……ミナモの話、本当だったんだな)

 碧は林檎へと視線を向けた。彼女は碧と話した時とは違って感情を顔に出し、砕けた口調で年上の水面を臆することなく窘めていた。これだけでも、普段から二人が打ち解け合っていることが伝わってくる。言い合いながらも、その瞳や表情からは相手への親愛や信頼を感じ取れた。

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