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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第26話

(これじゃ普通にラリーを続けても、たぶん弱点はつけない)

 ほんの一瞬瞬いた後には、彼女の弱点は弱点ではなくなっている。彼女が苦手とするようなところを攻めるのは、現実的ではない。

(なら、テクニックで攻めるしかないな)

 今回返ってきたボールは、高めの位置だった。碧は瞬時に胸の位置からその両手をあげた。オーバーで受ける判断だ。ボールの落下してくる位置へと素早く入り、腰を少し落とす。膝を伸ばすのと同時に、指で作った正三角形が中央になるようにボールを包み、軽く押し上げる。手首のスナップをきかせ、ふわりと柔らかく指先を離す。通常のトスならば、高くあげて大きく放物線を描いて返す。しかし碧は真上へ小さくあげるようにして、落下地点までの距離を大幅に縮めた。……ここにネットはないが、トスフェイントのようなものだ。碧のほぼ近く、水面の位置から大分手前で打ちあがったボールは、既に重力に従って地面へと落ちようとしていた。普通の人間なら間に合わず、取り零すだろう。しかし水面はその類まれなる反射神経で、フェイントだと気付くや否や既に走りだしていた。そして体勢を低くしたかと思うと、そのまま前へと思い切りスライディングをかました。破れかぶれの行動かと思ったが、水面はその右腕を真っ直ぐとボールの落下地点へと伸ばしていた。まさか、と思っている間にも、ボールは地面への距離を縮めていく。同時に水面の反った身体も碧のもとへ滑り込んできていた。突き出された右腕は、上を向いている。彼女は破れかぶれでも、諦めたわけでもなかった。地面へ落ちていくボールは、土に汚れる前に間に差し込まれた水面の右腕に当たった。そのまま大きく跳ねあがる。ほとんど垂直、碧の頭上と言っていい程の位置だった。真上の分高く上がったボールは、距離を全て高さに換えたかのように二人の頭上でまだまだ跳ね上がり続けている。

(片腕のスライディングレシーブ、跳ぶ先のコントロールがかなり難しいのに)

 正直、碧でも上手く当てられる自信がないくらいだ。その特質上一人では練習しにくいため、スライディングレシーブの経験がほとんどないのだ。ワンハンドレシーブ自体ボールのコントロールが難しいのに、スライディングの勢いが乗ると考えるとさらに至難の業となる。それを初心者であるはずの水面はスライディングの恐怖も感じさせずにボールを精確に拾い、さらに上手く軌道をコントロールして高く打ち上げることに成功した。普通に試合でも通用しそうな技術だ。初めて実践したとはとても思えない。

 しかし、呆けている余裕もない。頭上にあがったボールへ向けて、碧は即座に構えた。今水面は碧の下で伏せたままだ、このまま遠くへパスを投げれば彼女は拾うことが出来ないだろう。さらにスパイクを打てれば水面が間に合わないことは確実だったが、ボールのあがった位置が近すぎてスパイクへ繋げるのは厳しそうだった。後退すればいいのだが、ボールを目で追いかけたまま場所を変えると足元の水面の手や頭を踏んでしまいそうで少し怖かった。情けを掛けたつもりも手加減したつもりもなく、ただ無意識にそう思ってしまった。……別に無理にスパイクを打たなくても、遠くへ投げられれば水面が拾えないことに変わりはない。碧は落ちてきたボールを、オーバートスで返した。腰を気持ち深めに落とし、受けたボールをありったけ遠くへと押し上げる。ボールは今までのように山なりにならず、少し角度をつけて威勢良くとんで行った。足元に伏せた状態だった水面が、バネのように飛び起きた気配がした。彼女のスニーカーが土を抉り、瞬時に地面を蹴り上げる。もともと水面の立っていた場所を優に超えて遠くなっていくボール。その影を追うように、上体を低くした水面が猛スピードで駆けていった。獲物を追う肉食獣のように、しなやかで俊敏な動き。勢いの乗ったボールのもとまでたどり着くと、水面は地面に近づいていたボールをなんとかレシーブで掬い上げた。

(間に合うのか)

 大きく左にずれた軌道で返ってきたボールを、碧もステップを踏んで追いかけた。水面の方へとオーバートスで返す。ボールが返ってくる間に体勢を立て直した水面は、放物線を描いて打ち上がったボールへ、碧と同じく両手をあげてオーバートスの構えを取った。そしてオーバーで軽く返す——その位置は水面のほぼ真上、つまりトスフェイントだった。

「!」

 碧は慌てて水面の方へと駆け出した。碧を真似して同じ手法を取ってきたらしい。小憎たらしいことを、と思うが、それよりも対処の仕方を考えなければならない。スライディングレシーブをしても、水面のように上手くいくかどうかは分からない。ならば少しでも早くボールの下へ入って、使い慣れたアンダーレシーブで確実に受けるべきだ。碧はスニーカーで地面を蹴り上げ、高く上がるボールのもとへと急いだ。水面は場所を譲るように少し後退して、碧の動きを興味深そうに見守っている。碧は足に全力を込め、ボールの姿を無我夢中で走って追い駆けた。ボールが落ち切る前に水面のいた位置へ辿り着き、伸ばした両腕を差し込むように低く突き出す。地面へ一直線だったボールは碧の腕によって軌道を変え、アンダーレシーブでほぼ真上へと打ち上がった。

(トスフェイントを真似した、ということは……)

 碧はボールを拾うや否や、自分のいた場所へと後退するため即座に足を後ろへと下げた。碧の真似をしたということは、つまり今度はパスを遠くに投げられる可能性が高い。スライディングで伏せていた水面と違って、アンダーで受けた碧は返した直後もすぐに動ける状態だ。後退の判断が早かったこともあり、水面程の脚力がなくてもなんとかボールが来る前に自分のいた位置へと戻ることが出来そうだった。碧は速度を僅かに緩め、水面へと目を凝らした。水面は高く上がったボールへ、左手を翳すように高くあげていた。

(まさか)

 碧はこれ以上遠くまで距離を稼ぐことを止め、その場で腰を低く落として構えた。水面は頭の後ろで曲げていた右手を、ボール目掛けて思い切り振り抜いた。ボールが回転を加えて一直線に碧へと迫る。凄まじいスピードだった。回転で輪郭が揺れる丸い影は、すぐに大きくなって碧の目の前までやってきた。

 伸ばした両手で、水面のスパイクを受けた。その重さに、腕にじんとした痺れが走る。ボールは高く上がり、水面の方へ向けて返っていった。水面は碧が受けたことに特に驚いた様子もなく、ボールを目で追いかけてステップを踏んでいた。碧の目には、その顔はどこか少し愉快さが滲んでいるように映っていた。

(今の流れでもっと奥へスパイクを打たれていたら、ちょっと危なかったな)

 碧は両手を胸の前へと戻しながら、胸中でそう零した。より遠くへボールを打たれていた場合、軌道の先に潜り込むのが間に合わなかったかもしれない。

(短期決戦の方が良さそうだ。トスフェイントと遠くへ投げるのを繰り返して、ミナモの体力を削ぐか)

 水面を近くと遠くを行き来させて、体力を消耗させる作戦だ。

(……でも、これも真似された場合、ミナモの方に分があるんだよな)

 水面は体術や腕力に優れているが、同時に体力お化けでもある。同じ方法を取られた場合、碧が先にばててしまうだろう。

(喧嘩と同じだ。ミナモを倒すのは、あまりにも難しい)

 基礎の動きはすぐに吸収して実践され、苦手の克服も一瞬で、テクニックは盗まれ、体力は底を尽きず、彼女の無茶な動きにも身体はどこまでもついていく。喧嘩もスポーツも同じだ、彼女に勝つのは極めて困難であり、至難の業だ。いつもなら断念して、諦めているであろう程に。

(でも、負けられないんだ)

 大事な後輩のためだから。彼女が危険な目に遭わないように、碧が今出来る精一杯のことだから。絶対に、勝たなければならないのだ。碧は水面がレシーブで返したボールを見上げながら、ぐっと目を窄めた。水面より先に落とすわけにはいかないと、一心にその動きを読む。そして碧は決意を滲ませるように、ボールの軌道の下へ向かって強く地面を蹴り上げたのだった。




 橋の下での二人きりのバレーボールは、どちらも取り零すことなくラリーが続き、十分が経過した。三十分が経過し、一時間が経過した。二人はボールを地面に落としたりしなかった。澄み渡る青空には太陽が天高く昇り、二人を見守っていた。二時間が経過し、三時間が経過した。ボールはまだ土の感触を知らないままだった。太陽は休日の街を燦々と照らし、穏やかな風が川の水を擽っていった。四時間が経過し、五時間が経過した。橙色に染まってきた空の下で、ボールの影は跳ね続けていた。二人はまだラリーを途切れさせていなかった。六時間が経過し、七時間が経過した。少女達は身体を休めることなく、ボールもまた跳ね続けていた。夕焼けに染まった空には、烏が列をなして飛んでいた。夕刻を告げるチャイムが鳴ったが、二人が手を止める合図にはならなかった。二人はボールを上げ続けた。二人とも負けられなかった。身体が悲鳴をあげても、思うように動かなくなっても、息が上がっても、苦しくても。彼女達は、決してボールを落とさなかった。




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