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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第25話

「勝負の前に、改めて確認しておこう」

 碧はボールを持ちあげると、左手で地面へ打ち付けた。バウンドして、戻ってくる。ミート感を確認するために、もう一度叩く。まるで試合に立つ選手がサーブを打つ前にするように、ボールの感触を手に馴染ませる。跳ね上がった柔らかなボールを両手で掴んで止めると、碧は言葉を続けた。

「勝負形式は対人パスのラリー。アンダー、オーバー、スパイク、基本的になんでもありだ。ボールを拾えず地面につけたり、二回連続でボールに触ったり、橋の下の範囲外にボールを出した時点でそいつの負け。練習としては相手が拾いやすいパスや真っ直ぐなスパイクを打つのが基本だけど、今回は勝負だからむしろ相手に拾わせないくらいの気概でいい。で、お互い勝利した時の条件の確認だけど……」

 ここが一番大事だ。碧は声のトーンを落とした。

「私が勝ったら、あんたは今後一切、私と『角玄会』の件について関わらないように」

 危険なことに首を突っ込まず、大事な友達に囲まれて平和な一時を過ごすように。碧は心の中でそう付け足した。水面は袖から伸びた細く健康的な腕を曲げ、腰に手をあてた。胸を張って、堂々と頷く。

「いいぜ。その代わりにあたしが勝ったら、『角玄会』を潰す時にあたしも連れていくこと。アオイが一人で抱え込まずに、全部あたしに相談すること。一緒に、『角玄会』を壊滅させること」

「……なんか多いな」

 ボールを手にしたまま、苦い顔をする。

「一つじゃなきゃ駄目なんてルール、なかったからな」

「不公平だ」

「んーじゃあ、一緒に『角玄会』を壊滅させること。これで」

 ただの学生に『角玄会』を壊滅させることを求めるのは、勝利条件にしてもあまりにも荷が重すぎる。しかし水面にとってはきっと、『一緒に』の部分が大事なのだろう。碧はそう思い、口を挟まずに素直に頷いて見せた。

 碧は手にしたボールを、水面へと放った。柔らかな人工皮革の感触が、指から離れる。

「先攻はそっちで構わない」

 五号のボールは、水面の頭よりも大きかった。水面は投げられたボールをキャッチすると、矯めつ眇めつ観察した。水面にとって、人生で初めてバレーボールを手にした瞬間だろう。彼女は両側からボールを押して感触を確認した後、碧がしたように地面へと一度打ち付けた。そして背の高い水面の丈を超えてバウンドするボールを、少々面食らったように目で追った。

「……大分柔らかいな」

 ぼそりと漏らし、彼女は落ちてきたボールをキャッチした。……そう、水面の知識はそのレベルなのだ。どの程度力を入れたらどれくらい跳ねるのか、それを実際に確認出来たのは今が初めてである。これで勝負を挑もうと言うのだから、余りにも無謀だ。水面の身を案じるならこれで良かったと安堵するべきなのだが、勝負の設定という観点のみで言うとちょっと心配になるくらいに意味がわからない。しかも勝利を確信しているのだから、彼女の思考回路は何かに焼かれて切れているんじゃないかと思う。

「よし。じゃあ、始めるぞ」

 水面はボールを左手に持ち直し、碧へと最終確認を投げた。碧は顔を引き締め、一度だけ首を縦に振った。そして腰を落として、重心を前に倒す。両手はオーバーでもアンダーでも受けきれるように、胸の前で構えた。身体の動きでボールの軌道が予測出来るよう、瞳は水面の一挙手一投足を逃さずに追いかける。碧の真剣な顔へ、水面も同じ表情を向けた。鋭い目が細められ、精悍な顔がさらに凛々しい雰囲気を醸し出す。昼前の穏やかな風が、水面の紺色の髪をサラサラと靡かせていった。一瞬の沈黙。

 水面は勢いをつけた左手を、僅かに上にあげた。ボールが手を離れ、宙へ舞い上がる。後ろへ挙げられた右手が、その位置を精確に捉え——そして振り下ろすと同時に、勢い良くボールを叩きつけた。スナップのきいた手首、回転するボール。一直線に、碧のもとへ迫ってくる。

(え)

 心の中で動揺しながらも、碧は即座にレシーブ出来るように手を組んだ。片手をクロスさせて包み、親指を揃えて突き出す。同時に両腕を真っ直ぐと伸ばし、肩幅の中央で受けられるように僅かに横へと動いた。そして迫ってきたボールを、手首と腕の間辺りで受けた。かなり重い衝撃が腕全体に伝わる。きちんとドライブ回転が掛かっているし、打った時の勢いも乗り強さも申し分ない。ボールは碧の腕に当たって上げられ、放物線を描きながら宙を高く跳ねた。

(初めて触ってこれかよ)

 本物の化け物だな、と思う。碧がこのレベルのスパイクを打てるようになるまで、どれだけの時間と回数練習したか。それを、彼女は動画の見様見真似だけでやってのけたのだ。時代が違えば、彼女は天才アスリートになっていたのではないだろうか。

(……たぶん小さい時から、身体の動きの観察が癖になっているんだろうな)

 動画という限られた情報源であっても、彼女はその腕の伸ばし方、指先までの動き、手首の返す角度、どの筋肉をどの程度使っているかに至るまで、全て読みとっていたのだろう。そしてそれを自身の身体で忠実に再現することが出来るくらい、彼女は身体を鍛え続けてきた。幼い頃からトレーニングを欠かさなかった水面だからこそ出来る芸当だ。彼女が喧嘩に滅法強いのは、彼女の望む動きをどこまでも熟せる身体があるからこそだ。それが本領を発揮するのは喧嘩だけではない。バレーボールをはじめとしたスポーツであっても同様なのだ。

(……勝利は確実だと思ってたけど……正直、ちょっと分からなくなってきた)

 碧はその顔を険しくした。その間も目はボール、そして水面の腕や足の動きを追っている。僅かに浮かせた踵、再び胸の前で構えた両手。どこからボールが来てもいいように準備をする。水面は高く返って来たボールに一、二歩後退し、掲げた両手で優しく包むように跳ね返した。手首の反らし具合、指先まで綺麗な正三角形。全身を使った動き、足への重心移動。そして軽やかにあがる無回転のボール。トスも完璧だ。

 ふわりと上がったボールをしっかりと目で追いながら、碧は右手を前へ、左手を後ろへと高くあげた。その間に足を動かし、位置を調整する。ボールの落下地点へ素早く踏み込み、狙いを定めた場所へと左手を思い切り振り抜いた。中指の付け根の辺りでミートさせることを意識し、ボールに当たると同時に手首にスナップを掛ける。勢いを込めて叩きつけたボールは、回転をきかせながら真っ直ぐ水面のもとへと向かっていった。

 水面は動じなかった。初心者ならスパイクを自身に向かって打たれたら多少恐怖を感じると思うのだが、それすらも見受けられなかった。顔面に当たるのではないかという不安の前に、絶対に返せるという自信が先に来るらしい。彼女は顔色一つ変えずに先程の碧と同じように手を組んで、レシーブの体勢を作った。腰を落として構え、重心を移動させる。水面はしっかりとボールの軌道の下に入り、伸ばした手首の上部分へとあてた。ボールはやや角度を付けて、碧の横一人分程右の方へと跳ねていった。

「む……」

 水面は一言だけ唸ったあと、すぐに口を結んだ。どうやら思った場所へ跳ね返らなかったようだ。碧は横へステップをして瞬時に移動し、返ってきたボールをアンダーで受けた。再びボールが水面のもとへと戻っていく。水面はそれをオーバーで受け、ボールは軽やかにあがった。緩やかな放物線を描く軌道。碧は両手をあげ、右手を引き、左手を後ろへと構えた。水面の観察眼や身体を以ってしても、スパイクを上手く受けることは難しいようだった。ならば、積極的にスパイクを狙っていくべきだ。全力で左手を振り抜くのと同時に、乾いた音が高く鳴った。重く勢いの乗ったボールは水面の元へと一直線に迫った。水面はその軌道の下へきちんと入り、そして伸ばした腕で跳ね返した。そのボールは、碧の元へふわりとあがった。

(え)

 ……僅か二回目でこの修正能力。ボールはあらぬ方向へ跳ぶことなく、きちんと碧の上へと返ってきていた。低めだった角度も、緩やかな放物線を描く高い軌道へと修正されている。

(本当、吸収する速度が桁違いだな)

 碧が何千回何万回壁打ちをして習得したことを、僅かな時間でいとも簡単に実践してしまう。きっと体術もそうやって習得してきたのだろう。彼女が喧嘩で無類の強さを誇るのも、思わず納得してしまう。

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