表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/58

第21話

 翌日。頭上に広がる空は快晴だった。太陽が高く昇って、眩しく地上を照らしている。土手の広く開けた道を、碧はビニール袋を片手に提げて歩いていた。袋の中で野菜がぶつかりごろごろと音を立てている。碧はポケットの中から手を抜いて、風に靡くウルフカットの先を耳へとかけた。耳元ではいくつものフープピアスが陽の光を反射して白く光っている。緩い袖から覗く指先を下げ、再び大きなポケットの中へと手を突っ込んだ。本日は学校は休みのため、碧の身を包んでいるのは私服だった。パーカーに、ワイドパンツ。派手に飾らない、碧らしいラフなコーディネート。この日はそれなりに温かく、パーカーを脱いで出てきても良かったな、と碧は澄み渡る空を仰いだ。

 事の発端は母親の依頼だった。『玉ねぎが切れちゃってたから、買ってきてくれない?』。朝食を食べ終えたあと、碧はそんなのほほんとしたお願いをされた。母親は足が悪く、スーパーへの遠出は身体への負担になるし、時間もかかる。買い物に出るのは、大抵碧の役目だった。そのため碧は渋々頷き、一人買い物に出かけたのだった。そして、今に至る。……本当は、母親の傍にずっとついていたかった。いつ『角玄会』が監視を止めて乗り込んでくるかわからない。暢気に買い物になんて行っている暇はないと、碧の胸中には焦燥感が渦巻いていた。しかし買い物に行くのを断れば、母親に理由を言わざるを得なくなるだろう。全てを打ち明けて、母親に変に不安感を抱かせるのも良くない。彼女は足が悪く、家に乗り込まれたりどこかで囲まれたりした場合、自分が逃げ果せることは出来ないと彼女自身が一番自覚している。だから『襲われるかもしれない』ときいたとき、きっと碧の何倍も恐怖に苛まれる。碧としてはそれは避けたかった。今は対抗策も考えついていない状況で、安心させられる材料もない。母親を不安にさせないためにも、何も知らせずに傍について守り通すのが最善だろう。とは言うものの、ずっと二人で買い物に出ずに籠城するというのも、また現実的ではなかった。当然、食べる分だけ食糧は減っていく。かと言って足の悪い母親をわざわざ買い物に連れるのも、母親の負担になる。そうなると碧が買い物を済ませて、急いで母親のもとに戻るしかなかった。休日の緩やかな時間が流れる、穏やかな景色が広がる川沿いの道。碧はそれに似合わず、早足で家路についていた。

 いつも壁打ちをしている橋の下の近くまでやって来た時だった。橋の長い影から出るようにして、人相の悪い三人の少女達が突っ立っていた。彼女達は全員、『角玄会』の者達だった。

「あ」

 一人が碧に気が付き、指を指す。それに続いて、三人の注目が一気に碧へと集まった。

(……なんだ?)

 その様子からして、どうやら碧を待っていたらしい。三人はすぐに待ち人のもとへと近寄ってきた。やっと見つけた獲物を逃がさないとばかりに、行く手を阻むように向かってくる。無駄に時間を取られる訳にはいかないと思うものの、ここで『角玄会』の人間に反抗したらまずいことになるであろうことも予測がついた。碧は歓迎しない視線を向けながらも、迫り来る者達を前にしてその場から動くことはしなかった。

 三人は碧のもとまでやってくると、囲うように広がり立ち塞がった。

「……ちょっと面貸しな」

 中央、碧の目の前に立った少女が、睨みを利かせながら言葉を投げた。その直後、横の少女の手が伸びて、碧の首へ巻き付いた。腕でがっちりと固められ、引き摺るように連れて行かれる。有無を言わさずに連れて来られた先は、橋の下のいつもの場所、コンクリート製の太い柱の前だった。ここが目的地だったようで、首から腕が外され離れていく。碧は咳き込んだ後、手や足が飛んでくるのではないかと警戒して反射的に身構えた。しかし痛みがやって来ることはなく、三人は改めて碧の前へ並んだだけだった。どうやらいつものストレス発散ではないらしい。

「うちらから『お願い』があるんだけど」

 中央の少女は、そう切り出した。端の少女達は口を挟まず、碧の動きを監視している。……どうやら中央に立つ少女は、組織内でも上の方の立場らしい。口調や風貌からしても、彼女はリーダーや幹部格クラスのようだった。

(……『お願い』?)

 碧は僅かに眉を寄せた。何を言うか見当もつかなかったが、絶対に碌なものではないことは明らかだった。

「お前、縹水面って知ってるだろ」

 碧はその目を見開いた。まさか、『角玄会』の者の口から水面の名前が出てくるとは思っていなかった。それも、碧に向けて。彼女達が水面を狙っているのだとすれば、それを碧に悟られるような発言はしないと思っていたのに。

「……」

 碧は警戒心を露にし、口を閉じたまま探るように少女を見つめた。目の前の少女は黙ったままの碧に構わずに話の先を続けた。

「『お願い』って言っても、簡単だから安心しな。……縹水面に、『角玄会』に入るようナシつけて欲しいってだけ」

「……『角玄会』に?」

「簡単だろ?」

 リーダーらしき少女は嘲るように笑った。碧は不快になる笑みを、鋭い目で見つめるばかりだった。

「お前、縹と仲いいんだろ? きっとお前の頼みならきいてくれる……まあ、別に頼む以外の方法でもいい。こっちとしては『角玄会』に入ってくれればそれで。手段は問わない」

(やっぱり、『角玄会』はミナモの強さに目をつけていたんだな)

 『角玄会』が『隠地組』の傘下に入ろうとしているのなら、『角玄会』にとって今は組織の将来を左右する重要な時期のはずだ。そんな中、確実な戦力が必要なのだろう。『角玄会』の戦力の地盤を固めるためなのか、『隠地組』に献上するためなのかはわからない。どちらにせよ、水面以上に格好の的はいない。

「……」

 碧は唇を固く結び、『角玄会』の少女を睨みつけた。相手はそれに全く動じる様子はなく、薄く笑んだまま話を続けた。

「言っておくけど、今までお前の母親に傷がつかなかったのは誰のお陰なのか分かってるか?」

「……」

「うちらのこんな簡単な『お願い』もきけないようじゃ、お前もお前の母親も価値がないってことになる。そうだよな? 仕事が出来ない奴は淘汰されて当然だ。どうなるかくらい、想像つくだろ」

 要は、これは『お願い』という名の脅しだ。少女は大袈裟に肩を竦めた。

「いいじゃねえか、あいつに巻き込まれて迷惑してたんだろ? お前は無能じゃないって証明したいなら、あいつに暴れがいのある環境を提供してやりなよ」

 まるで碧や水面のためであるかのような口振りだった。しかし甘い言葉で罪悪感を消そうとするのは、彼女達の常套手段だ。どうせ最初から碧に自由意志などない。未だに黙ったままの碧を見て、『角玄会』の少女はその顔から笑みを消した。そしてその目を鋭くし、口調を荒くした。

「期日は三日後だ。それまでに縹の身柄を『角玄会』に渡せ。いいな?」

 リーダーの少女は碧に迫ると、自身より高い位置にある頭を鷲掴みにした。髪が引っこ抜けそうな程に引っ張られ、碧は痛みに顔を歪めた。

「お前らが三日後も生きていられるかどうかは、全部縹にかかってる」

 目と鼻の先に顔を近づけ、囁くように告げられる。その直後、鳩尾に重い拳が突っ込んできた。思わずビニール袋を取り落とし、その場に膝をつく。

「返事も出来ねーのかよ」

 上から吐き捨てるような言葉が降ってきた。一度拳が引っ込められたと思うと、間を置かずして再び碧の頭目掛けて殴りかかってきた。鈍器で殴打されたような衝撃が走り、その場に倒れ込む。『角玄会』の者達は倒れた碧の様子など気にも留めずにすげなく背を向けた。そして何事もなかったかのようにその場を去っていった。遠くなっていく三つの背中を、碧は土の味を嘗めながら見送るしかなかった。腹が潰れたように痛く、頭が割れそうな程ガンガンと波打っている。三人の影が奥へと消えて見えなくなった頃、碧は傍に落ちたビニール袋へと顔を向けた。中に入っていた玉ねぎが一個、袋から顔を出している。碧はため息をつきそうになるのをなんとか堪えた。まだ揺れる頭を無理やり起こし、ビニール袋へと手を伸ばす。その間も痛みが残る頭の中では、先程の『角玄会』の者の言葉がぐるぐると廻っていた。『縹の身柄を『角玄会』に渡せ』。『お前らが三日後も生きていられるかどうかは、全部縹にかかってる』。

(あいつらの要求を呑まなければ……きっと母さんは無事では済まない)

 『角玄会』のことだ、これは単なる舌先三寸ではないだろう。要求に従わなければ、碧も母親も宣言通り殺される。期日までに『角玄会』から逃げられればいいが、ここまで直接的に要求してきた以上、向こうもこちらに気付かれてでも監視の目を強化してくるだろう。足の悪い母親を連れてその目を掻い潜るのは、至難の業だ。

(……ミナモ……)

 最近は毎日のように顔を合わせている彼女の名前を、心の中で呟いた。『角玄会』から逃げるのは、現実的ではない。『角玄会』を壊滅させるのも、碧の力では不可能。ならば母親を助ける道は、一つしかない。

「……」

 水面の身を差し出せば、母親は助かる。……水面をとるか、母親をとるか。

(そんなの……答えは決まってる)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ