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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第20話

 時計の時を刻む針の音だけが、部屋に響いていた。静寂が支配する空間で、碧はベッドの側面に背を預け、天へと向けた顔を両腕で覆っていた。その体勢のまま、微動だにせずに考え事に耽っていた。未だに家に帰った時の服装のままのため、そのセーラー服はひどく土に汚れている。しかし今の碧には、着替える気力はなかった。頭をぐるぐると巡る、いくつもの思考のせいだ。

「……」

 碧の頭を支配するのは、先程まで会っていた桜卯姫月の発言の数々だった。

(……厄介事に巻き込まれたのは、私の方だと思ってた)

 水面は碧を誘って組織の拠点であったアーケードに乗り込み、あろうことか一つの組織を壊滅させた。さらには襲撃してきた別の組織を共に返り討ちにもした。喧嘩を売ってそれに負け、それで終わるはずの関係がずるずると続いたのは、そんな豪胆な水面に巻き込まれたからだと思っていた。……だが。

(……巻き込まれたのは、ミナモの方だったのか)

 碧を監視していた『角玄会』は、碧と一緒に行動するようになった水面の強さを知り、彼女に目をつけた。『角玄会』が何をしようとしているかは知らないが、間違いなく水面をどうにかして利用しようとしている。『角玄会』は『ACDA』、そして『陸路』に次々と接触し、裏で着実に行動を起こしている。……きっと碧が水面と一緒にいなければ、『角玄会』は彼女の実力を知らないままだった。名前こそ知っていたようだが、学校のお転婆娘程度の認識のままだっただろう。碧を通じてたまたま知った、極上の原石。きっと『角玄会』は、地獄の果てまでも水面を追い掛け続ける。

 『角玄会』が水面を狙っているのは、『隠地組』の傘下に入るという重大な転換期を迎えているためでもあるのだろう。戦力や金、切り札を掻き集めているのならば、きっと水面のことは喉から手が出る程欲しいはずだ。そしてその準備が終わり無事に『隠地組』の傘下に入った暁には、『角玄会』は安泰となり、組織を取り巻く環境も大きく変わる。それに伴い、今まで飼っていた小規模組織を手放し、属する人間を金に換える判断をする可能性は高い。『鐡工業』に所属する碧の母親も、きっとその餌食になってしまう。

 姫月の言葉を頭の中で反芻する。『水面を頼ればいい』。彼女はそう言っていた。

「……」

 確かに、水面の強さはずっと傍で見続けてきた。組織に反抗するのなら、これ以上に心強い戦力はない。それに何より、彼女は碧が頼ったところで、絶対に断ったりしないだろう。彼女はそういう人間なのだ。お人好しで情に厚く、真っ直ぐで、例え強大な組織を敵に回すとしても、碧の力になろうとする。それが、碧には手に取るようにわかった。

(……だからこそ……ミナモを頼っちゃ駄目だ)

 これ以上危険なことに、彼女を巻き込んではいけない。どんなに強くても、彼女はまだただの学生なのだ。大事な友達と、争いなどない平和な世界で生きるべきだ。碧は水面に既に充分助けてもらった。これ以上、彼女の平和を犠牲にして甘えることなど許されない。

(桜卯姫月を頼るのも……止めておいた方がいいな)

 最後に見た、薄い笑みの浮かんだ顔を思い起こす。腹に一物抱えていそうな、怪し気な表情。姫月は碧のことを『角玄会』のスパイではないと信じ、有益な情報を沢山くれた。しかし碧は彼女のことを、噂や水面の話できいた範囲でしか知らない。手放しで信用するには、彼女はあまりにも謎が多く、また胡散臭すぎた。水面からきく以上いい人ではあるようだが、如何せん彼女のバックには財団がついている。彼女の提案が、彼女の意思であるとも限らない。結果的に財団の道具として使われて『角玄会』に突撃することになったとすれば、それこそ碧や母親の居場所は何処にもなくなってしまう。下手をすれば、『角玄会』に利用されるよりもよっぽど質が悪い未来を迎えることになるだろう。それらを考慮すると、彼女に手を借りることは避けるのが賢明な判断だ。

(となると、母さんを守るために『角玄会』を敵に回すとしたら、一人で行動するしかない)

 水面の手も姫月の手も借りないとなると、碧の身一つで現状に対処するしかない。しかし碧にはそんな腕力も政治的手腕もない。つまり、『角玄会』を潰すなど不可能である。

(桜卯姫月は恐らく家は監視されてるだろうって言ってたな。どこかに出かけるフリをしてそのまま逃げるとか……いや、『鐡工業』の建物以外へ向かう時点で止められるか?)

 『角玄会』が母親の所属している組織を切る判断をした場合、怪しい動きをした時点で何かと理由をつけてすぐに殺されるだろう。体裁を保つ理由も躊躇う必要もなくなったら、『角玄会』にとってこちらを生かす理由などない。

(何か……上手く逃げる手段を考えないとな)

 その時、一階の方から物音がきこえてきた。時間帯からして、母親が組織の事務所から帰ってきたのだろう。碧は重い身体を叱咤して、よろよろと立ち上がった。引き出しから湿布を取り出し、痣を覆い隠すように雑に貼り付けていく。そして部屋を出て、一階へと階段を降りていった。丁度段差を降り切った時、玄関から廊下を歩いてきていた母親と鉢合わせをした。

「ああ、碧。ただいま」

 碧は固まって、茫然と自身の母親を見つめた。視線の先の見慣れた母親の姿は、いつもとは異なっていた。正確に言えば、フレアスリーブから伸びた彼女の腕に、赤い痣が広がっているのが見えていた。

「母さん。……どうしたの、それ」

 強張った顔で、母親の手首を取る。フレアスリーブを捲ると、肘に向かって大きな痣が出来ているのが確認出来た。

「あはは……仕事中にドジしちゃってね。でも、見た目程酷くないのよ」

 母親は何でもないように笑顔を作ってそう言った。……そんなわけがない。碧は険しい顔のまま、まじまじと痛々し気な痣を見下ろした。

「そんなことより碧、悪いけど杖持ってきてくれない? ……赤い方。二階に置いてきちゃって」

 母親は杖を使っていたが、それはグリップの部分が白色のものだった。彼女は杖をいくつも所有していて、それぞれの場面や用途で使い分けをしている。その言葉に、碧は金縛りが解けたように顔をあげた。

「ああ……うん。……ちょっと待ってて」

「悪いねえ」

 碧は踵を返し、階段を上がっていった。そのまま杖があるであろう、母親の部屋へと向かう。

(……あの痣。きっと、『角玄会』の仕業だ)

 先程の赤く腫れた腕を思い起こす。母親は誤魔化していたが、母親の足のことは組織側も知っているため、仕事で重労働を任せられるとは思えない。組織に所属してからこれまでの間、仕事で痣を作って帰ってきたことなど一度もなかった。仕事内容が変わったともきいていない。酷い痣が出来るような状況は、殴られでもしない限り考えられなかった。

 二階の一室の扉を開け、部屋の中を見渡した。ベッドの傍に立て掛けられた杖を見つけると、碧は傍に寄ってそれを持ち上げた。その間も、先程見た母親の腕が脳裏に焼き付いたまま離れなかった。

(……悠長な事は言っていられないのかもな)

 杖を掴む手に、自然と力が入った。『角玄会』が既に『暴力を振るわない』という条件を破り出したのなら、逃げる隙を探している時間などないのかもしれない。

「……ん?」

 杖を持って立ち尽くしたまま、碧は横の窓へと視線を移した。空は薄暗くなっていて、夜の始まりを告げている。その下で、何かが動いたのが視界に入ったからだった。仄暗い道の奥へ目を凝らしてみれば、空き家の壁越しに覗く、レザージャケットの一部が見えた。……『角玄会』の者だ。

(……この家を監視してる?)

 壁の奥から隠れていた者の顔が覗き、こちらの方へと向けられた。それに合わせて、その手に持つ拳銃も確認出来た。レースカーテン越しで明かりもつけなかったため、向こうからは碧の姿が見えていないらしい。碧は窓越しに闇に混じる人影をじっと見下ろした。

(……桜卯姫月の予測していたことは、本当だったんだな。暴力を振るったことといい、『角玄会』は既にもう、母さん達を切り捨てる判断をしたってことか。……でも、その割にはすぐには殺してこないんだな)

 逃げないように監視し、殺さない程度に暴力を振るう。用済みのはずなのに、すぐさま始末する気はないようだった。しかし、その気まぐれもいつまで持つかわからない。

(どうにか……しないといけない)

 心に焦りが滲んで、波紋のように感情を揺らして波立っていく。碧は強張った表情のまま窓へ背を向けると、杖を待つ母親のもとへと足を踏み出したのだった。




***




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