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青い少女達の藻掻く先  作者: 小屋隅 南斎


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第18話

「それでね……近々、『角玄会』が『隠地組』の傘下に入ろうとしているって噂があるんだ」

「『隠地組』?」

 碧でもその組織の名前は知っている。というか、知らない者はいないだろう。この辺りで一番大きく影響力のある組織だ。恐らくこの国の中でも五本の指に入る程度には名が知れている。属している人数も多く、実力もある組織である。

「どうやら『角玄会』は、手土産として莫大な額の献上金を献納しようとしているみたいだ。だから多少手荒でも、今はとにかく金が欲しいという状況らしい。『隠地組』の傘下に入ることに成功すれば、『角玄会』は安泰だからね。今でもまあまあ大きい組織だし、他よりお金を上乗せ出来れば、傘下の中でトップにのし上がれる可能性だってある」

 まさか今でも好き放題している『角玄会』が、さらに勢力を拡大させようとしているとは思ってもみなかった。最近『角玄会』の者達の機嫌が悪そうだったのは、『隠地組』の機嫌を窺うことが増えたせいなのかもしれない。『角玄会』の蛮行の噂を耳にする頻度に拍車が掛かったように感じたのも、金を得るのに躍起になっているためだとすれば頷ける。黙り込んでしまった碧を見下ろしながら、姫月は自身の髪を指に巻き付け、すさび始めた。

「でも皺寄せがいくのは、いつだって下の者だ。……あんたの母親、『鐡工業クロガネコウギョウ』に所属してるんだってね」

 碧は姫月を見上げながら、僅かに眉を寄せた。……碧の情報は全て筒抜けらしい。どうやら学校の噂は本当だったようだ。彼女は何食わぬ顔をしている裏で、生徒の情報をなんでも握っている。

「『角玄会』は『鐡工業』を支配下に置いて、潰さないという条件の代わりに定期的に金を上納させていたらしいね。でも、今は状況が変わった。『隠地組』と繋がりが出来れば、金払いが悪い組織に目を掛ける理由はない。これまでは少しでも金を上げてくれれば生かす価値があったけど、これからは燃費を気にする必要がある。潰して臓器を売ったり土地を売ったりした方が金になるなら、残す必要はないからね」

(つまり……母さんが暴力を振るわれる可能性が出てきたのか)

 『角玄会』を取り巻く状況が変わり、『角玄会』は自身が設けた条件を律儀に守る必要性が薄れてきた。そうなると支配下の小規模組織に身を置く以上、『角玄会』の暴虐の手から逃れることは出来ない。

「……」

 碧は悔し気に歯軋りをした。

(なんとかして『鐡工業』を抜けるよう、母さんに説得を……)

 白い髪を巻き付けていた姫月の指が止まり、するすると髪が解けていった。そのまま手は引っ込められ、フリルが幾重にも折り重なる膝の奥へと隠れていった。

「んー……」

 姫月は覗き込むように、碧へ顔を近づけた。モデルのような美しい顔が、よりアップになって碧の瞳に映る。何やら思い悩んでいるようで、見定めるように碧の顔を見下ろしていた。細く描かれた眉が寄り、パッチリとした睫毛に彩られた目が凝らされる。

「……林檎の言うこと、信じるかあ」

 やがてぼそ、と囁きを残して、姫月は顔を引っ込めた。結論が出たらしい。耳に届いた言葉に、碧は怪訝な顔をした。

(ミナモじゃなくて……林檎ちゃん?)

 姫月の表情からして、何か碧について懸念事項があったようだった。碧について悩むことがあるのもよく分からないが、いつも傍にいた水面ではなく、一度会ったきりの林檎の名前が出るのもよく分からない。説明を求めるような視線を投げると、姫月は再び指に髪をくるくると巻き付けだした。

「いやあ……あんたが『角玄会』と繋がってるんじゃないか、って疑ってたんだよね」

「え?」

 碧は予想外の言葉に困惑して、彼方へと視線を逸らす姫月を戸惑ったように見つめた。

「『ACDA』が『角玄会』の仲間になったじゃん? だから『角玄会』は身内の『ACDA』を壊滅に追い遣ったあんたら……特に水面を良く思っていないはず。『角玄会』が『陸路』を潰したのも、水面に関わったからだと思ったんだよね。他に理由も考えられないし。『角玄会』が水面を排除しようと陰で動き始めているのなら、水面の身が危ない。だからうちも動き始めたんだけど……」

 組織に目を付けられた者の末路を、財団のお嬢様である姫月が知らないはずがない。姫月は水面の身を案じてこの件を探り始めたようだった。

「そうだとすると、『角玄会』は『ACDA』を起点として動いていることになるんだけど、それはちょっとおかしい。『ACDA』なんて取るに足らない弱小組織、『角玄会』が気に掛ける理由がないからね。となると『角玄会』が起点としているのは、たぶん水面の方だ。『ACDA』を身内にしたから水面に構ってるんじゃなくて、水面に目を付けていたから『ACDA』を迎え入れた、ってわけ。んじゃあそもそも水面や『ACDA』や『陸路』の情報を一体どこから掴んだんだろうって話になるんだけど、あんたが水面の監視役なら話は繋がるように思わない?」

 『角玄会』と水面に、直接的な繋がりはない。しかし碧は『角玄会』とも水面とも繋がりのある、恐らく唯一の人物だ。もし水面の周りにスパイがいて『角玄会』に情報を上げているのだとしたら、該当する人物は碧しかいない。碧のことを怪しく思った姫月は、どうやら碧を調べ上げたらしい。そのため碧の母親が『鐡工業』という組織に属していること、そしてその組織が『角玄会』の傘下であることを知っていたのだろう。

「ちなみに、水面があんたを怪しんでたわけじゃあないよ。水面に内緒でうちが勝手に調べたの。あいつは仲間を疑うことをしないからさ」

 水面が仲間を疑わないからこそ、姫月が代わりを務めたのだろう。水面に危機が迫っていることを察して、水面に隠れて密かに碧を探ったようだ。姫月は水面が誤解されないようフォローを入れたようだが、もとより碧も水面の意思が絡んでいるとは思っていなかった。水面はきっと、仲間をこそこそと嗅ぎ回るような行為を良しとはしない。

「あんたは『角玄会』の奴に暴力を振るわれているみたいだったし、スパイである他に脅されている可能性もあると思ってた。どちらにせよ、『角玄会』が水面に関わった組織に次々に接触出来たのは、あんたが絡んでいたからと考えれば説明がつく。……でも、林檎が言ってたんだ。『あの人は『角玄会』と繋がっているようには見えなかった』、って」

 林檎とはほんの二言三言話しただけだ。碧と『角玄会』の関係を探れるような取っ掛かりがあったとはとても思えない。

(もしかして、庇ってくれたのか……?)

 紅色の髪に彩られた、幼い少女の顔を思い起こした。

「水面はともかく林檎がそう言うんなら、信憑性はあるのかなって。だからこうして、実際に会って判断してみることにしたんだ」

 姫月は碧の身体に出来た無数の青痣を一瞥した。

「うん。……結論から言うと、うちもあんたは『角玄会』とは繋がってないと思う。話を聞いた時の反応的にもね」

 姫月は淡く笑みを浮かべた。しかし完全に気を許したわけではないらしく、続けて碧へと鋭い口調で質問を投げた。

「今、あんたは何を考えている?」

「……母さんを、組織からどうにか抜けさせられないか考えてる」

「成程。うん、もし『角玄会』と繋がっていないなら、当然それは考えるよね」

 姫月は少し上へと視線を投げたあと、髪に巻き付けていた指を抜いた。結わえられた白髪を、レースに包まれた手で払う。

「でも正直、難しいと思うよ。組織にいた以上、名前や容姿どころか家の場所まで割れているはず。『鐡工業』を支配下に置いていた『角玄会』にも当然その情報は渡ってる。たぶん夜逃げも想定していて、既に家も監視されているだろうね」

「……」

 どこの組織も、獲物を逃がしたりはしない。彼女達は地獄の果てまでも追いかけてくるだろう。

「くそ……」

 どうにもならないもどかしさに、悪態をつく。

(『角玄会』が暴れ出したら、こっちには成す術がない。どうにか母さんを守る手はないものか……)

「あんたの母親を暴力から守る方法ならある」

 はっきりと響いた言葉に、碧は俯いていた顔をあげた。

「『角玄会』を潰せばいい」

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