第15話
「お前らか。……『ACDA』の雑魚を散らかしていい気になってるガキって」
高圧的な態度で、舐めるように見られる。年はそう変わらないように見えるが、組織に属している者からすれば学生は皆『ガキ』なのだろう。
「お前らは?」
水面は威圧にも全く動じず、堂々とした態度で訊き返した。
「『陸路』だ」
リーダーらしき少女が、言いながら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。その名前を出せば、相手が畏縮するとわかっているのだろう。
(『陸路』……? 組織名なんだろうけど、珍しい名前だな)
碧はピンときていなかったが、横の水面はその単語に鼻を鳴らした。
「西の方の奴らじゃないか。わざわざ遠いところを、『ガキ』を懲らしめるためだけにきたのか? 暇なんだな」
水面はにこりともせず、リーダーの少女を睨みつけながらそう言った。水面の態度と言葉に、『陸路』のリーダーの少女から笑みが消えた。彼女は水面に向けて、片手を伸ばした。その手には、拳銃が握られていた。
「そっちが先に舐めた口きいたんだ。生意気なガキは、別に殺しても構わないよな」
「学生相手に本気出すのか? 大人げない組織だな」
銃口を真っ直ぐと向けられても、水面は微塵も表情を変えなかった。胸を張って、毅然とした態度で組織の集団へと対峙する。その目は引き金にかかる人差し指、そして周りの者達の足、手に持つ武器の先を忙しなく動いた。少しでも動きがあれば、それは隙にもなる。水面はその瞬間を、決して逃しはしない。
「見せしめに丁度いいからな」
リーダーの少女は愉快そうににやりと笑い——引き金に掛かった指が動いた。即座に水面はその身体を動かした。銃弾を避けるように大きく身体を低くし、そしてバネの如くリーダーの少女へ詰め寄った。撃ち殺したと思った相手が瞬きの間に自身の目の前に現れたのだから、リーダーの少女は間抜けな程驚愕を貼り付けて固まっていた。水面が突っ込んだことを皮切りに、愛湖も集団へ突撃していく。水面は銃を持った少女の手首を捻じりながら、さらに鳩尾へ一発重い拳をお見舞いした。利き手とは逆のはずだが、その威力は尋常ではなかったようだ。リーダーの少女は口の中のものを吐き出し、一言も発さずにその場へ崩れ落ちた。その隙に流れるように拳銃を取り上げると、水面は後ろへ向けて銃を放り投げた。弧を描くように宙を舞う拳銃を、碧が手を伸ばしてキャッチする。地べたに手をつくリーダーの後ろで、組織のメンバーの者達は各々武器を振りかぶった。水面を袋叩きにしようという魂胆らしい。振り上げられた中の一つ、使い古された金属バットを、横から愛湖の手が伸びて掴んだ。愛湖は高く上がったバットを、そのまま相手の後ろへと思い切り引っ張った。腕の可動区域を超えて倒れそうになり、バットを持ったメンバーは慌てて片手を離した。その瞬間、愛湖は蹴りを入れてバットを強奪すると、その隣にいた組織員へ思い切りスイングした。水面へ武器を振り下ろそうとしていた組織員は、迫りくるバットの恐ろしい程の重さにあっけなく吹っ飛ばされた。落ちて転がっていった棍棒を、透かさず碧が回収する。愛湖は続けざまに、バットを奪った相手にも一振りをお見舞いした。碧のもとまで骨の折れる音がきこえてくるかのようだった。
愛湖が引き受けられたのは精々二人で、水面の前には武器を振り上げた四人の組織員が襲い掛かってきていた。水面はそれを大きく身体を反らすことで避けると、反撃とばかりに殴りを入れてなぎ倒していった。武器を全力で振り下ろして体重が前へ移動していることを利用し、背中側に回ってそのまま地べたへ押し倒したり、重心を崩して蹴りを入れたりしている。攻撃の際には必ず隙が生まれ、そしてそのチャンスを絶対に逃さずに自分のものとする。水面の無敗を誇る戦い方である。それにはもちろん尋常ではない身体能力と圧倒的な腕力が必要だが、水面にはそのどちらも備わっている。水面は起き上がりかけたリーダーの肩を掴んで無理矢理正面を向かせ、胸倉に掴みかかって引き寄せた。そして下から拳を突き上げ、その顎へと思い切り振り上げた。狙いの場所へ寸分狂わず重い拳が入る。脳を揺らされたリーダーは、あっけなく意識を失った。弱さを嘲笑している暇はない。そうしている間にも迫り来る後ろの組織員達へ、水面はリーダーの身体を豪快に投げつけた。組織員達が怯んだ隙に体勢を立て直し、彼女達が視線を戻した時には水面の姿は既に目の前へと迫っていた。水面は不敵に笑った。その瞳は、愉快そうに細められていた。まるで獲物を喰い尽くす、肉食獣のようだった。
「……また噂になっちゃうな」
室内に戻った三人は、各々先程の戦闘で出来た傷の手当をしていた。傷といっても、ほとんど掠り傷だ。一番酷い怪我だった愛湖でさえ、冷やしたらすぐに治る程度の軽い腫れだった。
「噂?」
水面は鉄棒に掠った傷に絆創膏を貼り終え、碧へと訊き返しながら顔をあげた。
「『ACDA』を追い払った時だって、大分噂になってたじゃないか。学生が組織をほぼ壊滅に追い遣るなんて前代未聞な話だし、噂になるのは半分仕方のないことだと思って受け流してた。でも……」
学校中の話題を攫っていた様子を頭の中で思い起こし、碧は苦い顔をした。自分は無関係ですという顔をしてなるべく気にしないようにしていたが、実はあの件は学校どころか数多の組織を駆け巡っていたらしい。マスコミや情報屋も挙って取り上げたというらしいから、当たり前の話ではある。気付けばこの辺では知らない者はいない程の渦中の人物になってしまっていた。あの時は直にほとぼりが冷めるだろうと思っていたのだが。
「まさか乗り込んできた組織の奴らを一人残らずボコボコにしてしまうとは……。こっちから噂の種を提供しているようなものじゃないか」
碧は半壊した扉の奥へと顔を向けた。外には新しい血だまりがいくつか広がり、その奥には意識を失った組織のメンバー達が転がされている。殴り込まれた三人は、完膚なきまでに襲撃者達を叩きのめした。その結果襲撃者達は降参し、なんとか動ける者はアーケードを逃げるように去っていった。その際伸びているリーダーや仲間を引き摺っていったのだが、如何せんその数には限りがあった。動ける者の方が極端に少なかったためである。そのためまだ迎えが来ずに伸びている者達が転がされたままなのだ。あれだけ威勢よく来たくせにコテンパンにやられたため、もう敵対する意思は残っていないだろう。そう判断し、縄で縛ることもせずに放置していた。各々起き上がれるようになったら勝手に帰っていくだろう。組織に属する者ならばメンツがあるため襲撃者は一人残らず殺すのだろうが、碧達はただの学生だ。命まで奪う必要はない。
「自分達の失態を漏らすわけないし、あいつらが黙ってたら知られることはないんじゃないか?」
水面はそう言って片手を広げた。掠り傷こそ少しあるものの、彼女は指の先に至るまでほぼ無傷だ。健康的な、綺麗な手。抗争慣れした二十人近い人間のほとんどを相手した直後とは到底思えない。
「大々的にはならないかもだけど、組織間では噂になるんじゃない? 『陸路』の上への報告は当然必要になるだろうし、抗争中の組織とか傘下の組織とかの耳には自然に入るだろうし」
愛湖は「あいつらが無様に笑われるのを想像すると、愉快だね!」と続けて、くすくすと忍び笑いをした。碧は「また目をつけられる……」と零して頭を抱えた。一つの組織を壊滅に追い込み、さらに襲撃してきた別の組織まで返り討ちにしたのだ。水面達の存在と強さは、確固たるものとして組織の間に広まるだろう。となると、当然排除しようとする組織が現れる。水面達の名が轟くと同時に、今以上に危険に晒されることになるのだ。
「いいじゃん、どんなに襲ってこようが全員ぶっ倒すから関係ねー」
水面はそう言って爽やかに笑った。
(本当、いつでも自信満々だな……)
水面は誰が来ようが倒せるだろうが、碧はそうではない。碧は乾いた笑みを浮かべた。
「まあ、アコ達に敵なしだよね。抗争慣れした奴らも大したことないってわかったし、もうアコ達の方から組織に乗り込んでもいいんじゃない?」
愛湖はふふん、と得意気に鼻を高くした。完全に調子に乗っている。しかし二人の実力を目の当たりにしてきた碧には、如何せん否定しにくいのも事実だ。彼女達なら、組織に乗り込んでも本当に勝利を収めてしまうかもしれない。
「頼むから、これ以上噂になりそうなことはやめてくれ」
碧はため息を漏らした。愛湖はその言葉を笑顔で聞き流し、「ミナモ、どう?」と水面へと話を振った。水面は少し考えるように視線を上へとあげた。
「んー……。あんまり気乗りはしないな」
「どうして?」
「『ACDA』はお前の妹に危害を加えようとしていたし、『陸路』は明確にこっちを潰そうとしてきてた。だから手を出したんだ。あたしらには確かに『強さ』があるけど……それは使い方に気を付けないといけないものでもあると思ってる」
強さは人を傷つける。無闇矢鱈に振りかざせば、それはただの暴力だ。
「まあ、組織なんてどこも潰すに値する行動をとってるだろうとは思うけどな。……自分の力を誇示する理由だけで殴り込みに行くのは、避けたいんだ」
「なるほどねー。まあ、ミナモの意見もわかるけど……」
愛湖は人差し指をリップの塗られた唇の下へとあてた。
「悪さをする前に芽を摘み取ることも大事だと思うよ? どうせ放っておいたら被害者が増えるだけなんだから、その前に正義の鉄槌を下すことも必要なんじゃない?」
「……成程な。一理あるかもな」
「ないよ。頼むから大人しくしててくれ」
苦い顔で碧が割り込む。二人は素直に口を閉じ、そこでその話題はおしまいとなったのだった。




