転売ヤーを撃退したら彼女が出来ました
『千円毎のお買い上げでコラボ景品が一つ貰えます』
キャンペーン初日、俺は開店三十分前に目的のドーナツ屋に到着したのだが、既に十人くらい並んでいるのを見て『コイツら暇だな』って心の中で呟いた。
コラボ景品は種類とランクが別れており、俺が欲しいのは二等の上杉ちゃんアクリルスタンド、もしくは三等の兼続ちゃんラバーキーホルダーだ。それ以外は知らんキャラクターだし要らん。当たられても困るだけだ。
列の先頭付近に並ぶ奴らの顔はどう見ても転売厨のそれだった。景品独り占めとかされたらどうしようか。交渉したら一個くらい安めに売ってくれないかな? まあ、無理だよな。
いいよな大人ってヤツは自由で。日曜の朝から何やってんだろなぁ、とか思いながら、スマホをいじって開店を待った。
「お待たせ致しました。開店致します! 本日も宜しくお願い致します!」
ドーナツ屋が開き、列が進みだす。
先頭の国籍不明なオッサンがトレイにドーナツをしこたま乗せるのを見て焦る。
「お会計六千八百円になります」
どんだけ買うんだよ。景品大丈夫か?
列の先をチラチラと伺いながら上杉ちゃんグッズの在庫が心配で仕方ない。
「ドーナツ入りまーす!」
当然店側も想定していたのか、少なくなったドーナツが次々補充されてゆく。
しかし補充される間にも人気のドーナツは次々と国籍不明の転売厨どものトレイへと吸い込まれてゆく。
「お次の方どうぞ」
俺は千円分のドーナツが乗ったトレイ(それでも七個もある。食い切れる気がしない)をレジへと置いた。俺の財力では一回分が限界。そしてドーナツもそんなに食えん。
隣のレジでは、鼻息荒くクジを引くオッサンの姿が見えた。
「四等が二つ、五等が五つになります。こちらの中からお選び下さいませ」
「はぁ!?」
一等、二等がそう簡単に当たるものではないことくらい俺ですら承知しているのに、何故にこうも理解の無い奴らの多いことか……。
オッサンは大量のドーナツの箱と共に怒りながら店から消えた。
「それではクジを一つどうぞ」
「あ、はい」
俺は紙で出来た箱の中へ手を入れ、一つをサッと引いた。
「おめでとうございます! 一等のビチャモン巨大ぬいぐるみです」
「──え?」
うわ! 要らねぇ!
こういう時に余計な運使うなよ俺。最悪だ!
「あ、あの……二等と交換とか……できますか?」
「勿論出来ません」
「ですよね、ハハ……」
眩し過ぎる営業スマイルに頭を掻きながら隣のレジへ目をやると、二等の上杉ちゃんアクリルスタンドを手にした小さな女の子が見えた。うわ、良いなぁ……。
「あーっ! ビチャモンぬいぐるみ!! いいなぁ!!」
女の子に指をさされた。なんか悪い事したみたいで心臓に宜しくない負荷がかかる。
「お姉ちゃん! 大きいビチャモン欲しい!!」
「こ、こらっ! すみません……!」
隣りにいた姉らしき女の子が頭を下げた。
周りの目もあるからあまり騒がないで欲しいぞい。
「お兄ちゃん! こっちと交換してよ!! ねー! ねーってば!」
「こらっ! わがまま言わないのっ! 帰るよ!!」
「うわ〜ん!」
小さな女の子は怒られ泣き始めた。お姉ちゃんに引きずられるように店から出てゆく。
「……ぅぅ」
俺は身に余る巨大ぬいぐるみとドーナツを抱え、店を出た。そして女の子を追いかけた。
「あ、あのっ」
「えっ!?」
声を掛けると驚かれた。小さな女の子は泣きながらドーナツを頬張っている。切り替えはえーな。
「こ、これ……良かったらどうぞ」
「えっ、そ、そんな……!!」
「ビチャモン!」
小さな女の子に向かってグイッと巨大ぬいぐるみを差し出した。その体よりも大きなぬいぐるみを抱え、ドーナツを食べながら笑う女の子を見て、なんとなく良いことをしたと勝手に思った。
「そんなっ、頂くわけにいきません!」
「イヤっ! ビチャモンほちいの!」
申し訳なく思ったのか、姉が女の子からぬいぐるみを引き剥がそうとしたが、俺はすぐに「なら、そっちのアクリルスタンドと交換して貰えませんか?」と、提案した。
「……い、いいんですか?」
「本当は俺、上杉ちゃんか兼続ちゃんが欲しかったので」
「はい! あげる!」
女の子がドーナツでベタベタになったアクリルスタンドが入った袋を渡してきた。……ま、袋だしいいか。
「あ、ありがとう……ハハ」
「ありがとお兄さん!」
ペコリと小さくお辞儀をする女の子。礼儀正しくてお兄さん嬉しいぞい。
「すみません、本当にありがとうございます。妹も喜んでおります。けど……本当にいいんですか?」
「ええ。何も問題ありません」
ドーナツ塗れの口でぬいぐるみに頬擦りをする女の子を見て、俺は笑いながらこたえた。日本は平和で宜しいな。
「では」
女の子に手を振り、二人とは逆の方へ。とりあえず帰ってドーナツ食いながら、上杉ちゃんアクリルスタンドを眺める会を開くとしよう。
薄ら笑いが出てしまい、思わず手で口を隠した。そしてチラリと振り返ると、二人は国籍不明のオジサンに話しかけられていた。やべっ! なんかあったら俺のせいだ!!
「野郎ども、油断も隙もねぇな」
慌てて走る!
「二ジュマン! 二ジュマンダスヨ! ソレナイト クニニカエレナイヨ! タスケテ!」
「そ、そんな困ります……!」
「こらーっ!」
国籍不明のオッサンの前に立ち、両手を上にあげて威嚇のポーズを決めてやった。しかしオッサンは気にも留めず話し続ける。
「ニ、ニジュゴ! ニジュゴマンマデダスアル! ソレイジョダセナイ! クビツルシカナイ!」
「や、やめてください……!」
あまりに勝手な事をベラベラ言うオッサンに困り果てる女の子、妹は姉の後ろに隠れ、自分の背中にビチャモンぬいぐるみを隠していた。めっちゃハミ出てるけど。
「野郎……俺を怒らせたな」
俺はリュックから筆箱を取り出し、太めの黒マーカーのキャップを外した。
「名前、書いちゃおうか?」
「えっ?」
「君の名前は? 何ちゃん?」
「……のあ」
「のあちゃんね。おっけー!」
俺はビチャモンぬいぐるみのタグ部分に【のあ】と書き殴った。
「ノワーッ!! オマエ ナニシテンノカ ワカテルノカ!? ソレウッタラ シンピンナラ ゴジュマンイジョスルネ!! オマエパカナノカ!?!?!?!?」
「知るかよポケ」
──えっ!? このぬいぐるみ転売するとそんなにするの?
幼女にあげずに売ってその金で上杉ちゃんグッズ買えば良かった系? うわぁ、やっちまったぁ……!!
強気に出たけど五十万するんなら転売ヤーがわくのも無理ないわぁ。
「コノヒト アタマ オカシヨ!!」
「よく言われる。足の裏にも書くかい? 無くさない様に」
「うん」
女の子が頷いたのでペンを渡した。
俺より綺麗な字で『のあ』と殴り書き、一安心。
そして国籍不明の転売ヤーは泡を吹きそうな顔をして去っていった。
「ケッ、さっさと国に帰るんだな」
「すみません。ありがとうございます。助かりました」
転売ヤーを撃退したものの、このぬいぐるみが高価な物だと知った以上、このまま二人を帰すのも心配に。
「安全な所まで送りましょうか?」
「母と車で来ているので。すみません」
二人は駐車場の方へ。俺は二人が車に乗るまでその場から見守る事にした。
車に乗る前、姉が俺に向かって深くお辞儀をしてくれた。なんとも礼儀正しい人だ。
クルマが発進し、見えなくなると、俺もようやく帰路に着いた。
帰宅して、皿に広げたドーナツ&オレンジジュース&上杉ちゃんアクリルスタンド。
腕を組み、軽く自分の行動を振り返る。
「五十万か……」
ビチャモンぬいぐるみは五十万円。
しかし、俺はその価値を知らなかった。
だから、名前を書いてなくても書いていても、その価値は俺にとっては関係の無い事だ。
そして何より、ぬいぐるみはあの子にあげた物だ。
だから、いいのだ。
「…………五十万かぁ……」
ため息が漏れた。
たまに見る安い車屋の中古車なら買える値段なんだよな。五十万って……。
「今日は寝れそうにないな、こりゃ」
仕方ないので、その日は積んでいたゲームを寝ないでクリアした。
──朝、いまいちハッキリしない意識で登校していると、同じ制服を着た女の子に話しかけられた。
「おはようございます」
「──えっ?」
眼鏡の、知らない女の子だった。
「昨日はありがとうございました」
「…………?」
とても深いお辞儀。礼儀正しい人なのだろうか?
と、そこでようやくその女の子が誰だか分かった。
「えっ!? お、同じ高校!? 気が付かなかった……」
「学年が違うからかな?」
襟元の校章の色が上級生を示していた。
「あっ! す、すみません!! 失礼しましま! すますたっ!」
短時間に二度も舌を噛み、軽く口の中に血の臭いが広がってゆく。
「昨日はありがとうございました」
「いえいえいえいえいえいえ!!!!」
両手を前に広げブンブン振る。
「五十万円分……コレで返そうかなって」
「…………ぇ?」
そう言って、女の子──先輩様はハンカチで包まれた、どう見てもお弁当を手渡してくれた。
「いやいやいやいやいやいやいや!! そんな悪いですって!! ホント気にしないで下さい!!」
「自分の分を作るついでに。中身は私と同じだから大丈夫」
「え、あ……はぁ。す、すみません……いただきます」
同じお弁当ってところに妙な何か言い難い興奮と言うか、興味と言うか、なんか惹かれる物を感じてしまい、結局受け取る事に。
「じゃあ、明日から学校の日はココで待ち合わせで」
「……えっ?」
その日から、毎日、月曜から金曜まで先輩はお弁当を作ってくれた。
ハッキリ言って、メチャクチャ美味かった。メチャクチャ興奮した。
一年じゃ返しきれないと言って、土日もたまに会うことになった。妹ののあちゃんと久々に会ったらビチャモンぬいぐるみは極太油性カラーペンで七色に染められていた。どうやら彼女は派手目なカラーリングが好きなのだろう。夜に見たら怖そう。ま、まぁ好きにして構わないが、きっとコレを見たら国籍不明のオッサンはショック死するに違いないだろう。アーメン。
高校を卒業し、俺は就職。先輩は大学二年目へ。
先輩の大学に近い職場を探し、なんとか採用にこぎ着けた。
志望動機を聞かれ、素直に「好きな人と少しでも近くに居たいので」と、答えたら、面接官が「若いって良いねぇ」と。それが良かったのかすんなり面接を通ってしまった。
「おかしい」
「何がです?」
二人で肩を並べて料理をする事も増えた。
お揃いのマグカップ。歯ブラシ、パジャマ。
その全てが初めてで、その全てが愛おしい。
「君の方が帰りが遅い筈なのに、とうしてか君の方が私より料理が上手くなっている」
「料理は愛ですから」
「わ、私の愛が君より劣るとでも!?」
「いえいえいえいえ! 優劣とか勝ち負けとかじゃなくて……その……なんて言うんですか? アレですよ、あれ」
「?」
「……き、気合い?」
「ふふ、なにそれ。ははは」
あれからビチャモンぬいぐるみはプレミア化し、今では二百万で取引されるくらいに高額となってしまった。
あのビチャモンぬいぐるみは彼女の家で飼い始めた犬がオモチャにしてしまい、片腕を失い顔も誰だか判別が付かなくなってしまったそうだ。犬の口の中が七色になっていないかが心配だ。
「ね」
「はい?」
「明日、新しく出来た雑貨屋さん見に行かない?」
「お揃いのですか?」
「もちろん!」
こうしてまた、お揃いが増えてゆく。




